第5話 敷島家の家庭の事情
俺の家、敷島家は大家族である。
両親に俺と弟。長兄とその奥さん――早苗さん、それに二人の息子であり俺にとっては甥にあたる子供が三人……と、数えるのも嫌になる大所帯である。
だが別に大所帯なことが問題なわけではない。大所帯と言えども全員が大人であれば家庭訪問もなんら問題はないだろう。
いや、大人じゃなくたって良い。
現に中学生の弟――健弥は、俺の家庭訪問についてさして騒ぐでもなく、それどころか当日の協力まで買って出てくれたのだ。たとえ未成年であっても、理解を示してくれるのなら問題は無い。
……問題は、そこに至らない存在が敷島家にいるということだ。
それも、二人も。
「いいか、今日は兄ちゃんの学校の先生が来るから絶対に暴れるなよ」
「分かった、倒す!」
「なんでそうなる! だから兄ちゃんの先生だって言ってるだろ!」
「俺の変身ベルトどこ!」
「なんで変身する必要がある! 大人しく子供部屋に籠もっててくれよ!」
と、こういうことだ。
つまり甥っ子にあたる双子があまりにも活発で、これなら猿の方がマシという破天荒ぶり。
更に言えば今の奴らは変身ヒーローものに熱中しているようで、隙あらば必殺技を披露したがっている。いったいドロップキックなんて大技をいつ覚えたのか……と呻きうずくまりつつ思ったのはいつだったか。
あれは痛かった。日に日に技に磨きが掛かっていくのが恐ろしい。
とにかく、敷島家はそんな状態なのだ。
むしろ家と言うよりは動物園に近い。触れ合い動物園どころか猿が襲ってくる動物園である。そこに先生を招けばどうなるか……考えただけでも目眩がしそうだ。
そんな俺を哀れに思ったのか、弟の健弥が慰めるように肩を叩いてきた。
「兄貴、なんとかして俺と早苗さんで止めるから……」
「あぁ、頼む。お前の時も俺があいつらを止めるからな」
同じ敷島家に生まれた俺と弟は謂わば運命共同体。明日は我が身。こういうわけで、敷島家の兄弟仲は深かったりする。
そうして健弥と兄弟仲を深め、変身完了した双子を子供部屋に閉じこめていると、ピンポーンと間の抜けたチャイム音が響いた。
先生が来たのだ。
それと同時に「敵襲だ!」と騒ぐ双子達の恐ろしさと言ったらない。
敵襲なんて難しい言葉、いったいいつ覚えたんだ。小学校で習う言葉じゃないだろ。
頼むから玩具の剣を振り回さないでくれ……。
不穏な空気を感じながら双子を早苗さんと健弥に託し、慌てて玄関へと向かう。
扉を開ければ待っていたのはもちろん担任の先生。黒一色の品の良いコートに普段学校で着ているものより明らかに質の良いスーツ。まさに一張羅といった装いだ。
自宅の玄関先という見慣れぬシチュエーションも相まってか、どうにも普段の先生らしさがない。
少なくとも、生徒のテスト結果に面白みを見出そうとする先生には見えない。
「やぁ敷島、ちょっと待たせたかな」
「いや時間通りですけど……。先生、本当に入るんですか? 今なら引き返せますよ」
「うん? はは、まさかここまで来て帰るわけないだろ。意外だな、敷島も家庭訪問が嫌なのか」
お前なら特に怒られることもないだろ、と笑う先生に、俺はチラと背後を振り返った。
微かに聞こえてくる双子の喚き声。来客の声を聞きつけたのかテンションとヒーロー魂が最高潮のようだ。あと三番目の甥っ子である赤ん坊がぐずりだす声も聞こえてくる。あのぐずり方からすると放っておけば大泣きへと変わるだろう。
最悪の展開を考えると……。
赤ん坊が泣き出して手に負えなくなり、実の母である早苗さんが子供部屋から出てくる。そうなれば子供部屋の監視は健弥一人になり……、双子が客間に飛び込んできて先生を倒す。
「嫌と聞かれれば嫌なんですが、怒られるとかの問題じゃなく……。とにかく、身の安全は保障しません」
「なんだ、大げさだなぁ」
「先に謝っておきます。先生、すみませんでした」
先手を打って頭を下げれば、俺が本気だと察したのか先生が僅かに頬をひきつらせた。
そうして家庭訪問が始まったわけなのだが……。
「敷島君は面倒見が良くて……」
そう母さんに話しながら、先生がチラと俺を見る。その表情は随分と気まずそうだ。
だがそれも仕方あるまい。なにせ今の俺の腕の中には赤ん坊、三番目の甥である浩也がいるのだ。本格的に泣き出す前に寝かしてしまえと抱き上げて今に至る。
改まって家庭訪問の席についたところで、腕の中で赤ん坊がぐずっていれば様になんてなるわけがない。
とりわけ、今の浩也はまるで家庭訪問に参加するかのように「あぶあぶ」とわけの分からない相槌を打っているのだ。この年齢で既に大学進学に興味があるとは、なかなか将来有望な子ではないか。……と、そんな馬鹿な事を考えてみる。
とにかく、いかに俺が真剣な表情で先生の話を聞こうが雰囲気は台無し。
むしろ真面目な話は諦めて浩也を寝かしつけることに集中したいくらいである。
これを面倒見が良いと言わずになんと言う。
というか、これは先生の為でもあるのだから感謝してほしいくらいだ。
だがそんなことを言う気も起きず、俺はぐずぐずと涙目になりながらも腕の中に収まる浩也と先生に交互に視線を向けた。
「敷島君は学校生活でも問題なく、特にしばう……友達の面倒をよく見てくれています」
「先生、今宗佐の名前を言いませんでしたか?」
「志望校はまだ決まっていないそうですが、まぁ敷島君の成績なら焦らなくても大丈夫でしょう。どうだ、最近周りでも進学の話をしてるだろ、そろそろ志望校とか進みたい学科とか出てきたんじゃないか?」
「先生待ってくれ! 浩也が寝そうだ!」
ちょっと俺に話振らないで! と制すれば、先生が目を丸くさせて言葉を飲み込んだ。
申し訳ない、とは思うが赤ん坊を寝かせるのはタイミングが大事なのだ。船を漕ぎだしたら何を放ってでも優先すべきなのは育児では当然のこと。
蔑ろにされたことは辛いかもしれないが、敷島家に足を踏み入れたのだからうちのルールに従ってもらう。郷に入ってはなんとやら。
ゆえに先生の話は後回しにとゆっくりと浩也を揺らせば、うとうととしていた瞳が閉じられた。
どうやら眠ってくれたようだ。それを確認し、顔を上げた。
「で、何の話でしたっけ?」
「いや何でもない……。い、家での生活はどうでしょう? 勉強とか手伝いとかしていますか?」
「この家において『手伝わない』と言う選択肢は存在しない」
そうきっぱり言い切れば、俺の隣で母さんが余所行きの品の良い笑いを浮かべた。
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