第3話 過去最低と過去最高

 

 外にいたのは珊瑚だ。

 制服姿で友達となにやら楽しそうに話している。

 一学期の時は目新しい制服でまさに新入生といった出で立ちだった彼女も、さすがに三学期ともなれば制服の着こなしや立ち振るまいに慣れを感じさせる。

 すっかりと馴染んで、と、いったいどこ目線だと言われそうなことを思う。


 珊瑚はしばらく友達と談笑したのち、視線でも感じたのかパッとこちらを向いた。

 思わずドキリとしてしまう。……のだが、俺よりドキリとしたのは宗佐だろう。「まずい!」という声がなんとも情けない。

 だが珊瑚は宗佐の慌てようには気付かず、友人達と二言三言交わすと軽く手を振り場を離れ、こちらへと小走り目に駆け寄ってきた。


「宗にぃ、帰ろう!」


 と窓辺に来た珊瑚が宗佐を呼ぶ。

 だがどういうわけか宗佐はろくな返事をせず、それどころか「うっ……」と小さく呻き声を漏らした。普段ならば可愛い妹が迎えに来たと大袈裟に喜ぶのに、今日に限っては気まずそうに視線を泳がせ、珊瑚が呼んでも聞こえない振りで彼女の方を向きもしない。

 これには俺も月見も疑問を抱き、宗佐と珊瑚に交互に視線をやった。それどころか通りがかりの生徒までもが「芝浦どうしたんだ?」と声をかけている。


 それでも宗佐は聞こえない振りを続け、果てには露骨に珊瑚に対して背中を向けてしまった。

 誰が見てもあきらかにおかしい。


「おい妹、どうしたんだ。喧嘩でもしたのか?」

「先輩の妹じゃありませんし喧嘩でもありません。今日はテスト返却日ですから、宗にぃが寄り道しないわけがないとお母さんから連行を言い渡されてるんです。帰路でテスト結果を隠蔽改竄するかもしれませんから、しっかりと見張ります」

「なるほど理解した。おい宗佐、往生際が悪いぞ。さっさと帰って怒られろ。このテスト結果を見るに今すぐに帰っても時間が足りないくらいだぞ」

「健吾先輩ってば大袈裟ですねぇ。まさか流石にそんな。お母さんは優しい人だしそんなに怒りませんよ」


 ちょっとお説教くらいです、と苦笑する珊瑚に、俺は彼女の目の前に一枚の紙を突きつけるように差し出した。

 先程返ってきたばかりのテスト結果である。言わずもがな、宗佐の。

 それを見た珊瑚はきょとんと目を丸くさせ、信じられないものを目の当たりにしたと言いたげに数度瞬きをし……、


「こ、これはどういうことですか……!?」


 と、膝から崩れ落ちた。

 この反応、先程の宗佐とそっくり同じ。血の繋がりはないとはいえやはり兄妹だ。


「妹、それもうさっき宗佐がやった」

「うぅ……まさか宗にぃがここまでなんて……。あ、でもまだ二年生だけ何百万人と居て、宗にぃの順位が実は上位という可能性が」

「無いな」

「ですよねぇ……」


 ヨロヨロと立ち上がり、珊瑚が窓辺にもたれ掛かる。

 どうやら宗佐のテスト結果がそうとう堪えたようで、試しにともう一度テスト結果表を突きつければ「きゃっ!」と悲鳴を上げて顔を手で覆った。それほど見たくないらしい。

 可愛い、じゃなくて面白い。じゃなくて……。

 ついその反応を楽しんでしまったが、俺は改めてコホンと咳払いをしてテスト結果を宗佐に突き返してやった。幾度か受け取り拒否をされたが「それじゃあ妹に渡しておく、母親直行便だな」と脅せば奪い取るように俺の手から用紙を引ったくった。

 次いで恨みがましそうに睨みつけてくるのは、俺がこの状況を楽しんでいるからだ。さぞや今の俺は楽しそうな――そして意地の悪い――笑みを浮かべているのだろう。


「そういう健吾は……、いや、止めておく」

「そうだな、止めておけ」


 俺へと飛び火させようとした宗佐が出かけた言葉を飲み込む。

 思うところがあるのだろう。それがあってか余計に俺を憎らしげに睨んでくるのだが、もちろんそんなことで臆するわけがない。むしろ余裕を見せて鼻で笑ってやる。


 そんな俺達のやりとりを疑問に思ったのか、珊瑚が俺と宗佐に交互に視線をやり首を傾げた。

 今の会話、普通ならば宗佐が「そういう健吾はどうなんだ」と言って寄越し、俺のテスト結果を開示させる流れになっただろう。

 だが会話は途中で、それも宗佐が自ら止めてしまった。挙句に宗佐は「ぐぬぬ……」と呻き声をあげて机に突っ伏している。月見は困ったように苦笑を浮かべており、対して俺は余裕顔。


 三者三様の態度に、珊瑚が頭上に疑問符を浮かべるのも仕方あるまい。

 そうしてしばらく不思議そうに首を傾げた後「健吾先輩はどうだったんですか?」と俺の方をクルリと向いた。宗佐が慌てて珊瑚を制止に入るが、それが余計に彼女の興味を増させる。


「健吾先輩はテストどうだったんですか?」

「や、やめておけ珊瑚、健吾のテスト結果なんか見たら間違いなく死ぬぞ。……俺が!」

「お前が死ぬのかよ」


 必死な宗佐を一瞥し、俺は鞄の中にしまったテスト結果表を取り出す。

 寄り道どころか隠蔽改竄まで疑われている宗佐と違い、俺はテスト結果を受け取ったら真っすぐ家に帰り、大人しく親に渡している。重要度の低いプリントなんかは鞄の底で潰れていたり時期外れになって机の中から発見されたりもするのだが、さすがにテスト結果となれば親に報告すべきだろう。


 ……というか、俺の場合はあの家で隠蔽なんて出来るわけがないので諦めているというのもあるのだが。


 そうして取り出した一枚の用紙を珊瑚に渡すと、彼女は最初こそ「へぇ」とそれを眺め……再び目を丸くさせた。

 更には「信じられない」とでも言いたげな表情で俺とテスト結果を交互に見やるのだ。その態度に俺は苦笑を浮かべながらも「失礼な奴だな」と文句を言ってやった。

 おおかた、珊瑚の中で俺は宗佐と同レベル……とはさすがにいかなくても、そこそことしか考えていなかったのだろう。似たり寄ったり、というべきか。

 だからこそ意外な結果を前にし、信じられないと言いたいのだろう。


 実を言うと、俺は結構成績が良い。


 といっても全教科漏れなくというわけではない。

 主要五科目どころかほぼ全ての教科で高得点を出す委員長やどの分野でも安定している月見とは違い、苦手な教科や不得意な分野では平均点を少し上回るぐらいが関の山である。

 だがその反面、得意教科やテスト勉強に時間を費やせると自分でも驚くほど良い点数がとれるもので、今回のテストはまさにその傾向にあった。苦手教科と言えども幸い理解しやすい問題が多く、対策として読み込んでおいた部分がそっくりそのまま問題として出てきてくれたのだ。



 というわけで、過去最低のテスト結果だった宗佐とは逆に、俺は過去最高のテスト結果だったりする。


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