第41話 幕間(後)


 そうして俺が向かったのは校舎裏。

 風通しが良いわけでも日当たりが良いわけでもないこの場所は昼休憩であっても人が少なく、俺が辿りついた時もどこか薄暗い空気をまとっていた。駐輪場とヘドロだらけの池、誰だってこんな場所で飯を食いたいとは思うまい。

 ゆえに、ここは一人で昼食をとる『ぼっちめし』の定番場所でもある。屋上との温度差が激しくて風邪を引きかねないほどだ。


 そんな中、壁沿いにポツンと座る珊瑚の姿を見つけて僅かに安堵の息を漏らした。


「おい妹、どうした。東雲を迎えに行くんじゃないのか?」

「……健吾先輩の妹じゃありませんし、実稲ちゃんは今日は仕事でお休みです」

「やっぱり嘘だったか。それで、なんでこんなとこに……とりあえず場所移動するか」


 周囲からの視線を感じ、とりあえず珊瑚に立ち上がるよう促す。

 前述の通りここは『ぼっち飯専用』である。――といっても看板が下がっているわけでもないのだが、いわゆる暗黙のルールというやつだ――

 静かに、人目に付かず、落ち着いて食事をしたい者の聖地。そこであれこれ騒ぐのはマナー違反というもので、なんとか珊瑚を連れてグラウンドの隅へと移動した。


 そうしてグラウンドの隅にある花壇の縁に座り、いまだ落ち着きなく鞄を抱え持つ珊瑚を宥める。


「えーっと、あれか。弁当忘れたか?」

「……違います」

「失敗したとか? でも宗佐なら焦げてても生でも何でも食えるから大丈夫だろ」

「……それも違います。まぁ、宗にぃは確かに何でも食べますけど。ひとのプリンだって食べちゃうし」

「意外と根に持つタイプか……。でも、それならどうして逃げたんだ?」

「だって……」


 ポツリと呟いて、珊瑚がおもむろに鞄を開ける。

 そうして取り出したのは二つのタッパー。弁当箱ではなく、一般家庭の冷蔵庫によくある大きめのタッパー。一応花柄が描かれているとはいえ、弁当箱とは言い難い。

 片方には唐揚げと、野菜炒め、それに卵焼きとウィンナーが詰められている。彩りなのかプチトマトとスナップえんどうが入っているが、それもタッパーの一角に積まれていてなかなかにボリュームを感じさせる。

 もう一つのタッパーにはお握りと漬け物。シンプルに白飯を海苔で巻いたスタンダートなお握りだが、山の天辺に昆布や鮭の欠片が乗っているのは個々の区別の為だろうか。

 それらがタッパーに詰められている、ギッシリと。


「……これ、お前が作ったのか?」

「わ、私、お弁当はいつもお婆ちゃんが作ってくれてるから、あんな綺麗でお洒落なお弁当作れなくて……。それに、男の子はいっぱい食べるから、こういうのいっぱい作った方が喜ぶんだよってお婆ちゃんが、だから……」


 恥ずかしいのか、俯きながら珊瑚が告げる。

 確かに彼女の手にある弁当は一般的な『女の子の手作り弁当』とは言い難い。

 全体的に茶色いし、月見の弁当箱にあった可愛らしいピックやリボンの飾り付けも、桐生先輩の弁当箱にあった花型の人参のような洒落っ気もない。そもそもタッパーなのだ。量を考えれば当然と言えば当然なのだが、確かにあの華やかな弁当合戦に出せるものではないだろう。


 これも祖母譲りの感覚のずれか。たまに見せる洋食音痴と同じだ。

 そのうえ珊瑚は祖母に、『宗にぃ達と一緒に食べるために作る』と伝えたというのだ。

 祖母からしてみれば『孫が孫に弁当を作る』でしかなく、そこに色恋沙汰の鍔迫り合いを想像しろというのが無理な話。

 きっとピクニックでも想定し、大人数で食べる用にと作ったのだろう。

 珊瑚もそれに従い弁当を用意し、いざ披露となると他の女子達の華やかさに臆してしまった……と。


 だけど想像してみてほしい。


 俺達は登校して授業を受けて、おまけに今日は体育の授業もこなしている。そんなまさに空腹と言った中、目の前にどんな弁当を出されたら喜ぶか。とりわけ男子高校生というのは世界で一番燃費の悪い生き物なのだ、いつだって空腹で飢えている。

 確かに月見や桐生先輩達の弁当は鮮やかで彼女達らしさもあってまさに手の込んだ弁当といった華やかさがあった。自分のために作って貰えたのであればこれ以上喜ばしいことはないだろう。


 だが華やかさで腹は満たされない。

 小さく切られた唐揚げや一口大のお握りでは物足りない。


 というか、はっきり言って彼女達の弁当箱はどう考えても小さすぎるのだ。

 いや、それがもちろん小食だからとか彼女達の体型維持のための努力だとか分かっているのだが、早弁や買い食いが当たり前の男子高校生にはあれは弁当箱ではない。

 あれは一人前の弁当箱とは言えない、ちょっとした可愛い小箱である。


 つまり何が言いたいかと言えば。

 珊瑚がしまおうとしている彼女の弁当こそ、食欲をおおいに誘うものなのだ。


「……食べていいんだよな」

「え?」

「それ、食べていいんだよな」


 空腹の限界点に近い俺から気迫でも感じ取ったのか、珊瑚が目を丸くさせたままコクコクと頷いて弁当箱もといタッパーを差し出してくる。


 それを受け取りようやく俺の昼食が開始されたわけなのだが……これが本当に美味い。

 さすがは祖母と作っただけあり、どれもしっかりと味付けされており一口頬張れば次は白飯が食いたくなり、とエンドレスだ。合間に挟む為なのか卵焼きはほんのりと甘く、それでいて漬け物は少し辛さを感じる程に味が濃く再びお握りに手が伸びる。箸を止める要素が一切ない。


 そのうえこれこそ俺にとっては「好きな女の子の手作り弁当」なのだ。

 宗佐のために作られたと考えれば癪ではあるが、珊瑚は祖母に『宗佐達』と話したと言っていた。つまりその『達』の中には俺も含まれているわけで、つまり俺のためと考えても良いわけだ。

 拡大解釈と言うなかれ。


「ど、どうですか?」

「うまい。やっぱりこれぐらいボリュームが無いと、食った気がしない」


 食べながら褒めれば、珊瑚がほっと安堵した。

 だがはたと我に返るや「食べ損ねる!」と慌ててタッパーから唐揚げとミニトマトを確保しだす。お握りも一つ確保しているあたり、どうやら食欲も戻ってきたらしい。


「さっさと自分の分をとらないと無くなるぞ」

「容赦がないですね……。というか全部食べきるつもりですか!? これ一応、二人分くらいのつもりで作ってきたんですよ!」

「今日は買い食いせずに夕飯まで保ちそうだ」

「これ食べながらよく夕飯の話が出来ますね……」


 呆れた、と言いたげに確保した唐揚げを食べる珊瑚に、俺は思わず笑みを浮かべてしまう。

 文化祭の一件を経て、それでもこうやって以前のように話せることが嬉しい。珊瑚は俺の隣に座り、時に俺の発言に生意気な態度を返したり、楽しそうに笑っていてくれるのだ。

 彼女の中での俺はいまだ『兄の友人』でしかないのかもしれないけれど、それでもあの一件を経ても付き合いを続けようと思えるほどの存在にはなれているのだろう。


 ここからだ、そう自分に言い聞かせ、出されたお茶を感謝と共に受け取った。




 そうして昼休憩も終わって午後の授業も終わり、これといって約束したわけではないのだが宗佐と帰路につく。

 途中何度も「ラーメンを食べて帰ろう」だの「牛丼が食べたい」だのと訴える宗佐に対して、俺は余裕の笑みで「買い食いなんてみっともないぞ」と言ってやった。




 幕間 了





これにて第三章完結です。

お付き合いいただきありがとうございました!

次話から四章、季節はまた一つ進んで冬のお話。芝浦家の家庭の事情(前編)が始まります。


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