第40話 幕間(前)



 文化祭の余韻も一月経てば消え失せ、退屈な日常に戻る。

 そんないつも通りの昼休憩、俺は心地よい風の吹き抜ける屋上で「どうしてこうなった」とボンヤリと考えていた。



「し、芝浦君これ……!」


 とピンクの可愛らしい弁当箱を差し出すのは月見。小さなミートボールには動物のピックが刺さっており、プチトマトをメインにしたサラダも添えられている。形の良い卵焼きは彼女の会心の作らしく、


「芝浦君は、卵焼き甘いのが好きって聞いたから……!」


 と、奥手ながらに必死にアピールしている。

 傍らに置かれたバスケットにはロール状に巻かれたサンドイッチが綺麗に並べられており、一つ一つをサランラップで包み端をリボンで結ぶという手のかけよう。

 一目で可愛いと思える昼食だ。むしろこの弁当そのものが月見弥生という少女を体現しているかのよう。


「ねぇ芝浦君、私のお弁当どうかしら? お茶も合うものを用意したのよ」


 そんな月見に対して、宗佐を挟むように座る桐生先輩の手には和風の弁当。

 小さめに握られたおにぎりはふりかけや炊き込みご飯とカラフルに彩られ、メインを飾るのは唐揚げと肉じゃが。花を模してアレンジされたカマボコや肉じゃがの人参が花の形になっていたりとさり気ない演出が施され、全体的に落ち着いた雰囲気を感じさせる。

 黒塗りの弁当箱を花柄の風呂敷で包むという、徹底した演出もさすがの一言である。

 それを手に宗佐にぴったりと寄り添いお茶を注いでやるという、献身的な一面を見せるアピールだ。


 対して「芝浦君、ちゃんと野菜も食べなきゃ!」と弁当箱を差し出すのは委員長。

 野菜炒めにベーコンのアスパラ巻き、ほうれん草のゴマ和えと野菜多めなのはバランスを考えたからなのだろうか、なんとも委員長らしい。弁当箱の中央に構えるピーマンの肉詰めは程よく焼き目が付けられていて、これならばピーマン嫌いでも喜んで食べるだろう。俺の甥に食わせてやりたいくらいだ。


 この参戦にうまく加われずにいる西園は、少し端が焦げた卵焼きを見下ろしながらどうしたものかと慌てふためいている。

 スポーツ万能な彼女はどうやら料理が苦手らしい。前者三人の弁当に比べると西園の弁当には奮闘の跡が見える。

 いかにも『不器用が頑張った』というレベルだ。だがウィンナーがタコを模していたりゆで卵が花のように切られていたりと奮闘が窺える。

 そのギャップと奮闘ぶりが男からしてみればぐっとくるポイントでもあるのだが、西園本人がそれに気付く様子もましてや有効活用する様子もない。勿体ない。



 そんな三者三様の弁当を手に宗佐に声をかける光景に、俺は溜息を吐きながら己の腹が空腹を訴えるのを聞いた。



 ちなみにどうしてこうなったかと言えば、昨日の昼頃に宗佐が「手作り弁当って良いよな」と発言したからだ。

 それを聞いた月見が意を決したように「私が作ってきてあげる」と名乗り出て――料理の練習だの試したいレシピがあるだのと理由をつけるあたりが月見らしい――、それを偶然聞いていた桐生先輩が自分もと割って入り、今回は居合わせた委員長と西園まで……、


 と、あれよと言う間にこうなって、いつも通りの騒がしさである。

 もちろんだがこの会話を聞いていた男達は嫉妬し、宗佐を磔にせんと攫っていった。そして今も屋上の隅を陣取り、いつ乱入するかと時期を狙うようにジッとこちらを見据えている。

 ちらとそちらを窺えば木戸の姿もあった。どうやら今回はその他大勢の一人として参戦するつもりらしい。

 親衛隊の仲間が居るからだろう。いなければきっと飄々とした態度で割って入り、桐生先輩の弁当を食べていたはずだ。


 そんな爽やかな風が吹き抜ける屋上で、爽やかとは言い難い愛憎を渦巻かせる。

 その渦の中央にいる宗佐だけが愛憎に気付かず「どれも美味しそう」なんて暢気な事を言っているのだが。


 だがなんにせよ、俺としてはさっさと食べ始めたいし、なにより……。


「ところで、お前はどんなの作ってきたんだ?」


 そう隣に座る珊瑚に声をかける。

 昨日は意気揚々と弁当アピール合戦に名乗りを上げていた彼女は、それでもどうしてか弁当を取り出すことなく鞄をギュっと抱き抱えて黙りを決め込んでいる。

 おかしい、普段の彼女ならば「これぞ芝浦家の味! 嫁と同義語の義妹だからこそ作れる味です!」とアピールしてもおかしくないのに。どういうわけか俺の言葉にさえビクリと肩を震わせ、守るように鞄を抱える腕に力を入れた。


「わ、私のは別に……」

「あっちは放っておいて食べ始めようぜ。そろそろ本格的に腹が減ってきた」

「でも、私のは」

「失敗したのか? 食べる前に宗佐に見せたいなら声かければ……」

「わ、私! あの、用事があったんです! 実稲ちゃんがお仕事終えてお昼から学校くるから、その時に教室に居ないと拗ねちゃう……!」


 俺の言葉を遮るように早口で話し、珊瑚が立ち上がる。

 それに対して誰もさして疑問も抱かず残念がる。月見は東雲が来たら一緒に戻ってきて食べようと提案し、西園や委員長も賛成だと頷く。

 それに対して珊瑚は「間に合えば……」と返答を濁し、一礼して去っていった。


 その背を見届け、俺は疑問を抱きつつどうすべきかと宗佐へと視線を向けようとし……、


「月見さん! 俺達も一緒に食べていいかな!? 偶然俺達も弁当を作ってきたんだ!」

「芝浦! ほら俺の自慢の卵焼きも食べてくれよ! それともこっちのコロッケ食べるか! 揚げる時に火傷しちゃってさぁ!」

「いやー、やっぱりみんなで食べるって良いなぁ! 食事は人数が多いほうが楽しいですよね! 俺、パンを焼いてきたんです!」


 と、満を持して乱入してきた野郎共に宗佐が押し潰されるのを目の当たりにした。聞こえてきた「ぐぎゅう」という呻き声はきっと宗佐のものだろう。憐れみを誘う声だ。

 そのうえ口にコロッケを突っ込まれているので、これは当分会話は無理だろう。

 月見と西園がこの乱入と宗佐の無様な姿に慌て、委員長が「食事の場で騒がない!」と叱咤する。桐生先輩は相変わらず楽しそうにコロコロと笑うだけだ。桐生先輩の隣にちゃっかりと木戸が座っているのはもう今更な話。


 そんな賑やかを通り越した面々を横目に、俺は「ちょっと失礼」と誰にというわけでもなく一声かけて立ち上がった。






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