第39話 記念の一枚……



「うちの学校の名物だよ。名物といっても中は写真なんだけど」


 白封筒を手に宗佐が話す。

 それに対して、珊瑚は不思議そうに「写真?」と呟いた後、壁に貼られている写真に視線をやった。


「写真ならいっぱいあるじゃん。どうしてわざわざ封筒に入れるの?」

「そういうのとは違う写真だよ」

 

 蒼坂高校の名物の一つでもある『白封筒』。中には宗佐が話した通り写真が入っている。

 どんな写真かと言えば、事前の展示販売チェックで落とされたものである。


 たとえば、男女のツーショット写真。

 宗佐を中心に美少女が集まるという狂った生態系を築いている現状、宗佐と女子生徒のツーショットや、もしくは女の子達と他の男のツーショットなんて壁に貼れるわけがない。最悪、血の雨が降る。

 それ以外にも、個人だけが写っている写真はこうして白封筒に手渡しされている。プライバシーを考えてのことだ。


 それを聞いた珊瑚と東雲が感心したと言いたげに頷いた。

 とりわけ、モデルとして活動している東雲はそういった手合いには警戒心が強いのか「良かった」と胸を撫で下ろしている。


「ところで、なんの写真なんだ?」


 俺が尋ねれば、促されるように宗佐が封筒を開いて写真を確認し……、慌てて封筒に戻してしまった。

 心なしか宗佐の顔が赤い。それでいてどこか嬉しそうに頬が緩んでいる。本人はにやけそうになるのを隠しているようだがばればれだ。

 見れば宗佐と共に白封筒を受け取った月見も同様。頬を赤くさせ嬉しそうに写真を両手で持っている。まるで特上のプレゼントでも貰ったかのようではないか。

 

 怪しい。

 怪しすぎる。 


 これは見ないわけにはいかないだろう、と、チラと珊瑚を横目に見れば、俺の意思を察したのか頷いている。


「宗佐、そういえば選択授業の希望用紙出したか? 今日提出だったよな」

「あれ、今日だったっけ!? だ、大丈夫だ、机の中に入ってる……はず!」


 力強く宗佐が「多分!」と付け足す。なぜこうも断言できるのか。

 それに対して珊瑚が深く溜息を吐き……、


「あ、あれって宗にぃの担任の先生じゃない!? もしかして用紙の回収に来たのかも!」

「先生!? ちゃ、ちゃんと出します!大丈夫、俺の机の中にはありますから!! 多分!」

「隙あり!!」


 珊瑚が上手いこと宗佐を騙して隙を作り、その隙をついて俺が宗佐の手から写真を奪い取る。

 哀れ妹に騙され俺に写真を取られた宗佐は「なんて巧みな罠!」と膝から崩れ落ちた。溺愛する妹に騙されるのは辛かろう。対して珊瑚は飄々とし、それどころか「希望用紙ちゃんと出して」と言及しているのだが。

 そんな宗佐を横目に、俺は奪ったばかりの写真に視線を向け……、思わず自分の頬が引きつるのを感じた。


 そこに写っていたのは、舞台衣装の宗佐と月見。

 二人の衣装を見るに、あの騒動が起こった時の写真だろうか。月見はシンデレラがドレスになる前の『灰被り』の時の衣装を、対して宗佐もまた舞踏会前の王子の衣装を纏っている。


 そんな二人は手を取り合い、まるで舞台のワンシーンのように踊っていた。

 月見のスカートがふわりと揺れて、微笑ましいダンスの最高潮の一瞬を切り抜いたような写真だ。

 ちなみに、場所は背景から判断して体育館裏手で間違いない。


 となるとこの写真は……


「俺達が舞台に立たされてる時に、こんなに楽しいことしてたんだなぁ……」


 そう。俺と珊瑚が代役として舞台に立たされていた時である。

 それを聞いた瞬間の宗佐と言ったら、口にこそしないが顔が「やばい」と訴えている。月見も同様に慌てだした。


「健吾、これは……その、俺達も舞台には間に合うように戻るつもりだったんだよ」

「そ、そうなの。でもちょっと問題があって……、それで、戻ってきたらもう舞踏会のシーンが始まってて」


 しどろもどろな二人の言い訳に、思わず拳を握り、そのうえ握った拳が震えてしまう。

 つまるところ、俺と珊瑚が無理矢理に舞台に立たされ踊っていたあの時、体育館裏手では宗佐と月見が二人だけで楽しく踊っていたというわけだ。

 これを怒らずに何を怒れと言うのか。あの後クラスメイトに名役者だの第二王子だのと言われ、結局写真が張り出されて正体がバレ、友人達にも冷やかされてと散々だったのだ。


 そんな散々な目に会った俺が、ちょうど同時期に月見と二人だけで楽しく踊っていた宗佐を許せるわけがない。

 ここは一発殴ってやりたいところである。

 ……だが。


「ま、まぁでも劇は成功したから良しとするか!」


 そう笑いながら、俺は握った拳を下ろした。それどころか宗佐の肩を叩いて笑う。

 宗佐がまるで信じられないと言いたげに俺を見ている。月見も同様にきょとんとした表情で俺と宗佐を交互に見やり、暴力沙汰にはならなかったことに安堵の溜息を吐いた。

 東雲も俺を不審そうに眺めているし、対して珊瑚は俺の胸中が分かっているのか居心地悪そうな表情だ。

 なんとも気まずい雰囲気に、俺は誤魔化すように更に乾いた笑いを浮かべた。


「それにほら、宗佐達も大変だったんだろ」


 そう言って誤魔化せば、宗佐と月見が顔を見合わせた。

 俺達が舞台に立たされていた間、なにも二人は遊んでいたわけではない。奪われたガラスの靴を取り返しに行き……そして、何かしらの問題事に巻き込まれていたのだ。

 どうやらなかなかハードな問題事だったようで、一週間経った今も宗佐の口元には絆創膏が貼られている。


 だが問題事は既に解決しているようで、委員長やクラスメイト達に問い質されても宗佐は乾いた笑いで誤魔化して何も答えずにいた。月見も同じく、言い難いのか問われる度に俯く彼女の態度に自然と誰も話を振らなくなっていた。

 何かあったのか気になるが、二人を問い詰めて聞き出す程ではないか……と、誰もがそう考えたのだ。なにより、アクシデントを乗り越え舞台は大成功で終わったのだ。

 ならばと俺もこの話題を口にせず、傷跡を残す宗佐に「間抜け面」とからかってやるだけにした。


 だからこそ「今回は見逃してやる」と笑いながら写真を返せば、宗佐も苦笑しながらそれを受け取った。


 ◆◆◆


 そうして、再び写真を選ぶために各々壁へと視線を向ける。

 真剣な顔付で写真を選ぶ宗佐を放って、せっかくだからと他のクラスや学年の写真を見て回る。――宗佐のあの表情を見るに、きっと月見が映ってる写真を選んでいるのだろう――

 その最中、とんと誰かにぶつかってしまった。どうにも俺は前方不注意の気があるようだ。この場合、前方は壁なので前方不注意なのかは定かではないが。


「あ、悪い」


 謝罪をしてそちらへと視線をやれば……、


「こちらこそ……。えっ、あ、健吾先輩」


 と、真っ赤になった珊瑚がいた。

 彼女も壁の方を見ていてぶつかったのが俺だと気付いていなかったようで、俺の顔を見るや顔を赤くさせ慌てて俯いてしまった。

 その反応に俺まで顔を赤くさせてしまう。


「えーっと、その……か、買う写真は、決まったのか?」

「いえ、まだ……。実稲ちゃんが、小さく映ってるのも全部見つけるから、それで、全然進まなくて」


 ひっきりなしに東雲に声を掛けられ、選ぶどころではないという。

 それほどなのかと横目で見れば、教室の前方に貼られていた写真をじっと見つめる東雲の姿があった。「これ……多分、私と珊瑚ちゃん!」と声をあげているあたり、相当小さくても目敏く見つけているのだろう。虫メガネでも持ち出しかねない勢いだ。


「あれは無視してもよさそうだな。じゃないと何十枚と買う羽目になる」

「で、でも、舞台の写真は選びました。せっかくだし……。それに、お母さんが直ぐに私だって気付いたみたいで、ちゃんと見たいから買ってきてって」


 俺達の代役は、舞台照明の調節もあってばれずに済んだ。

 といっても一部からは「舞踏会の時の王子でかくなってないか?」と疑惑の声があがっており、そしてこうやって写真が貼られることで周知の事となったのだが。委員長曰く「劇の最中にばれなきゃ良いのよ」らしい。

 だがさすがに母親の目は騙せなかったようで、直ぐに気付かれたと珊瑚が話す。その口調は随分と嬉しそうだ。


「俺も親に知られて買ってこいてせっつかれた。それにほら、記念にと思って……」

「そ、そうですよね。記念に……」


 買おうと思ってる、と些かぎこちない口調で話せば、珊瑚が頬を赤くさせたまま同意を示す。


 次いで俺達の間に流れる沈黙。

 といっても傍目には写真を選んでいるだけに見えるだろう。


 ……何か言わないと。

 そう考えた矢先、俺達に声が掛かった。先程の写真部の女子生徒だ。


「あの……。二年の敷島君と、一年の芝浦さん」

「ん? 今度は俺達か?」


 差し出された二通の白封筒を、俺と珊瑚がそれぞれ受け取る。

 といっても思い当たる節は一つも無く、思わず顔を見合わせてしまう。


「舞台の写真なんだけど……」

「舞台? それなら普通に貼りだせばいいのに」


 いくらツーショットの写真が白封筒扱いとはいえ舞台は別。あくまでも演出の一環であり、さすがにこれに嫉妬だ何だと言い出す者はいない。――宗佐に嫉妬する奴はいるだろうが、そういう輩は日頃から嫉妬を拗らせているので今更だ――

 現に宗佐と月見の写真もあれば、西園と並んでいる写真もある。他の男女の写真も例外ではなく、言わずもがな俺と珊瑚の写真もだ。

 だからこそ、どうして舞台の写真が白封筒なのかと疑問を抱いて視線を向ければ、写真部の女子生徒はどことなく言い難そうに視線を外した。


「あの……私達、写真を撮るために演出を教えてもらっていたの。だから……」


 説明をしてくれてはいるものの、随分と言い淀んだ口調である。

 写真撮影のために演出を教えて貰っていたということは、舞台の展開や配役、そしてライトの調節のタイミングなどを事前に知っていたということなのだろう。

 別段それはおかしな話ではない。むしろそこまで考えたうえで撮影してくれたのは嬉しい限りである。

 だがそれが分かっても白封筒の中味が分からず、自然と女子生徒に視線を向け……。


「それ、暗くなった時の写真だから……」


 と、言い残して走り去っていくその背をただ黙って見送った。


 暗くなった時の写真……。


 一瞬言われたことが理解出来ず俺も珊瑚も呆然としてしまう。

 だが次の瞬間、はっと我に返るやほぼ同時に封筒の中の写真を取り出し……そしてこれまた同時に顔を真っ赤にした。



 せっかくだし記念に一枚……どころじゃない。






 第三章 了


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