第38話 戻る日常と記念の写真



 どんなに文化祭が賑やかでも、終わってしまえば以前通りの学校生活が戻ってくる。

 一週間が経つ頃には浮足立った空気も薄れ、話題は次のイベントへと移る。文化部に至っては来年の文化祭を目指して活動し始めていた。

 もっとも、中には……、


「おい、お前、なんで月見さんの写ってる写真を買わないんだ……。もしや!」

「悪いな、実は文化祭の準備期間で告白されてさ。そういうわけだから俺は親衛隊を抜ける。あばよ、みんな!」

「裏切り者だ! 俺達はいつまでも月見さんを見守り続けようと誓ったじゃないか! 文化祭の浮ついた空気に流されやがって!!」


 と、いまだ続く文化祭の弊害で騒いでいる奴らもいるわけなのだが。


 文化祭でカップルが成立する、なんてのは良くある話だ。

 美少女が総じて宗佐を追いかけるという狂った生態系の蒼坂高校でもそれは変わらず、文化祭や体育祭の前後で付き合いだす男女は多い。どうやらそれは各親衛隊達も例外ではないようで、学校行事がある度にこういった会話があちこちで聞こえてくるのだ。


 彼等は慕う女子生徒を『高嶺の花』と考えている。

 だからか手を伸ばすことはせず、親衛隊内で見守り続けようと誓っているのだ。抜け駆け禁止がまさにである。――行動力に溢れた例外もいるが――

 そんな彼等でも、いや、彼等だからこそか。意識していなかった女子生徒から告白をされると、嬉しさと同時に今まで押さえていた恋心がそちらへ移り……なんて事が多々あるのだ。

 

 今までは「またやってる」と呆れながら眺めていた光景が、今は羨ましく見える。




「多いとそれはそれでどれ買うか悩むよなぁ」


 そんなことをボンヤリと話すのは、俺の隣に立って壁に張り出された写真を眺める宗佐。

 その声に俺ははたと我に返り、宗佐に倣うように眼前の写真に視線を向けた。


 場所は三階の空き教室。ちなみにここは写真部の部室でもある。

 教室内には他にも数人の生徒が居り、俺達と同様に壁に貼られた写真を眺めながら買うだの買わないだのと話し合っていた。


 これはなにかといえば、写真部の展示販売である。

 写真部は文化祭の準備段階からあちこちで撮影を行い、文化祭が終わった後に写真を展示販売するのだ。昨今は誰もが携帯電話で気軽に撮影できるとはいえ、やはり写真部が撮ったものは画面の中の画像とは違う。

 おかげで売り上げは中々に良いらしい。制作費と収入がとんとんで儲けもあってないような他の団体より利益が高いかもしれない。


「こっちの月見さんも可愛いし、これも……」

「宗佐、お前月見の写真ばっか買うのか? 普通は友達と写ってる自分の写真とか……」

「なにが悲しくて男だらけの写真を買わなきゃいけない!」

「驚くほどの説得力だな」


 宗佐の熱い語りに思わず頷いてしまう。見れば近くにいた数人の男子生徒達まで同感だと頷いているが、対して女子生徒は不思議そうな表情をしていた。

 こういうところが男女の違いなのだろうか。もちろん俺だって自分の写真を買う気はない。


 ……、買う気はないのだが。


「一枚くらいならな……。ほら、せっかくの文化祭だし、思い出ってやつで……」


 そう自分に言い聞かせ、宗佐と並んで写真を眺めた。


 写真の展示販売といっても盗撮じみたものは一切無い。 あくまで彼等が扱うのは『文化祭の写真』である。

 誤解を招きかねない男女のツーショットや、プライバシーを守って一人だけを写した写真は展示され決まりになっている。そんなルールのもと厳選したうえ更に教師の許可も得ていると、以前に写真部の友人から聞いた。

 

 それでも、俺達のクラスはさすが体育館を使って撮影しただけあり写真が多い。

 舞台上の写真はもちろん、舞台裏、事前の準備段階や練習時の写真もある。

 若干、月見や西園の映っている写真が多い気がするが、これといって問題のある写真ではないので平気だろう。


 そんな中、数枚とはいえ俺が映っている写真もある。

 準備中のものと、当日の準備段階のもの。


 ……そして、舞台上で珊瑚と踊っている写真。


 男女のツーショットは展示販売されないとはいえ、舞台ともなれば別だ。

 宗佐と入れ替わっていることが観客にバレないよう照明を暗くしているため数こそ少ないが、展示されている数枚には俺と珊瑚の姿がばっちりと映っている。幸い衣装の応急処置も写真からは見て取れない。

 これはなかなか絵になっているのではなかろうか。

 そんな事を柄にもなく考えてしまう。もしも俺が一人で映っている写真があったなら、悲鳴をあげて破り捨てていたかもしれないが、


「き、記念だしな……。そうそう、せっかく写真部も撮ってくれたわけだし」


 誰にというわけでもなく言い訳をしながら買う写真を選ぶ。

 宗佐には見られないよう誤魔化しながら選んでしまうのは、こいつのシスコン度合いを知っているからだ。


 あの時の事も、そして俺の気持ちも、宗佐が知ったらどうなるか。

 少なくとも、前者については確実に殴られる。いや、殴られるどころじゃないかもしれない……。


「お、健吾も舞台の写真買うのか?」

「えっ!? い、いや! ほら、記念にな!」


 ひょいと横から宗佐に手元のメモを見られ、思わず露骨に驚いてしまう。声が裏返ってしまった。


「う、うちの家族、ガキがうるさいから舞台観に来なかったんだよ。後で俺が代理で出たって知って、せめて写真買ってこいって言われててさ。それに評判も良かったし、記念に一枚買っておこうかなと思って。あれだけ頑張ったし、ほら、色々と大変だったけどそれも踏まえて文化祭の思い出だろ。やっぱり写真部の技術だけあって映りも良いしな!」

「……そ、そうだな」


 俺の説得に宗佐が頷く。焦りから若干饒舌になってしまったが、まぁ多分大丈夫だろう。誤魔化せている……はず。

 だがこれ以上言及されるとまずいと考え、乾いた笑いを浮かべることで誤魔化した。 

 幸い宗佐も俺の異変には気付いていないようで、「どれにしようか」と雑談がてら壁に貼られた写真に目をやった。良かった……と小さく安堵した次の瞬間、がらと教室の扉が開かれ、賑やかな女子生徒の声が聞こえてきた。


「見て珊瑚ちゃんこの写真、私達が映ってる! 最高の友情を切り取った一枚だわ! A1サイズに引き延ばして額縁に入れて家に飾らなきゃ!」

「それやったら二度と実稲ちゃんちに遊びに行かないからね」

「この写真も良く撮れてる! まさに永遠の友情ね! この写真を元にラッピングバスを全国に走り回らせて私達の友情を世間に知らしめたいくらい!」

「それやったら私二度と外に出られなくなるから、永遠の友情どころか一瞬で関係が終わるよ」


 相変わらずな熱量の違いを見せる二人。言わずもがな珊瑚と東雲である。

 そんなまさに対極的な二人に、宗佐が声をかけた。


 東雲は宗佐を見るや「芝浦先輩、実稲と結婚を!」と飛び掛かり、次いで俺を見るや一瞬にしてその表情を怪訝なものに変えた。その冷ややかさといったら、ゴミ捨て場の虫を見るときだってもう少し暖かな視線を送るだろう。

 そして珊瑚は宗佐を見ると東雲同様に表情を明るくさせ、隣に立つ俺を見ると……、


 慌てるように視線を泳がせた。彼女の顔が一瞬にして真っ赤になる。

 あぁ、その反応の分かりやすさがなんとも言えない……と、俺まで顔に熱を感じてしまう。きっとつられて赤くなってるだろう。


「珊瑚達も写真買いに来てたんだ」

「う、うん。この時間帯は空いてるって、写真部の友達が教えてくれたの。それで……」


 落ち着きのない珊瑚が、それでも宗佐には冷静を取り繕って言葉を返す。といってもほぼオウム返しなあたり緊張しているのは明らかである。

 何に対しての緊張かって? そりゃもちろん……。


「よぉ、妹」

「せ、先輩の妹じゃありません!」


 言わずもがな、俺である。

 先日の一件から今日まで、ぎこちないながらも会えばこうやって以前のようなやりとりをしてくれる。

 それが嬉しくて思わず頬が揺るみかけるが、そんな俺の態度こそ気に入らないのか東雲からの視線がより一層冷ややかになっていく。というか地味に俺の足を踏みつけている。

 まぁ、目の前でああも堂々とライバル宣言したのだから仕方ないだろう。東雲も珊瑚本人には何も話していないようで、今は睨んで俺を警戒するぐらいしか出来ないようだ。


 そんな――傍目から見れば先輩と後輩の長閑であり、内情は複雑な――会話を続けていると、またも教室の扉が開く音がした。


「あれ、芝浦君。……と、それに敷島君達も来てたんだね」


 現れたのは月見。若干だが宗佐と俺達を呼ぶ間に妙なタイムラグが発生したような気がするが、気付かないふりをしていてやろう。

 当の本人も咄嗟のこととはいえ自分の態度に頬を赤くし、それでも一緒に来ていた友人達に背中を押されて俺達の方へと近づいてきた。

 ――彼女の友人達は「行きなよ月見ちゃん、チャンスだよ!」だの「一年の子に取られちゃうよ!」だのと応援しているが、こう言うときの女子の態度ほど露骨なものはない。宗佐じゃなければ気付きかねない程だ。……あくまで宗佐じゃなければ、だが――


「月見さんも写真買いに来たんだ」

「うん、今年はうちのクラスをいっぱい撮ったって写真部の子達が話してて、楽しみにしてたんだ。芝浦君はもう買う写真は決まったの?」

「いやー、それがまだ迷っててさ」


 やはりというか案の定というか、宗佐は月見の変化に気付かず、それでも笑いかけている。心なしか二人のやりとりが以前よりも親しげに感じるが、これもまた文化祭のなせる技か。

 それを見て珊瑚は膨れっ面を浮かべ、東雲に至っては「実稲の方が可愛いわ!」という謎の勝利宣言をしている。


 そんな相変わらずで、それでいて少しだが変化のある会話を続ける俺達に、「あのー」と控えめな声がかかった。

 見れば、一人の女子生徒。様子を伺う様に話しかけてくる彼女に、誰もがいったい何だと首を傾げる。


「二年の月見さんと芝浦君ですよね? あの、これ……」


 そう確認しながら差し出しされた封筒に、俺と宗佐と月見は「あぁ、そういうことか」と揃えて納得した。

 ちなみに、珊瑚と東雲は未だ不思議そうに宗佐達の手元にある白封筒に視線を向けている。

 仕方あるまい、彼女達は初めての文化祭だったんだから。


「白封筒かぁ。俺、これ貰うの初めてだ」


 珍しいものを貰ったと宗佐が封筒を手にする。

 それに対して、珊瑚が不思議そうに首を傾げながら「宗にぃ、白封筒って?」と首を傾げた。



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