第23話 人混みに潜むナンパ男



 先ほどの余韻で頬を染める西園と、そんな西園を不思議そうに見ている月見と、楽しそうに俺達を先導する宗佐。

 そんな三人と共に歩いていれば当然だが目立ってしまう。

 

 なにせ西園と月見は優れた外見から目を引くし、宗佐はやたらとモテるゆえに学年問わず名が知れ渡っているのだ。

 というわけで俺達が歩いていると、西園に黄色い声を送る女子やチラチラと月見に視線を送る男達の熱っぽい視線、そして宗佐に向かう嫉妬の炎……と、多種多様な思惑が絡み合って気持ちが悪い。


 更に問題なのは、月見が人混みに長され離れようものならすぐにナンパされてしまう事である。

 かといって手を繋ぐなんて出来るわけがなく、深い仲には思われないよう、かつ連れだと思わせるよう、保護者アピールの出来る微妙な距離を保つのが意外と難しかったりする。


「ご、ごめんねぇ敷島君……」


 今もまた、人混みに流されたと思えば見知らぬ男に付き纏われていた月見を救いだし、なんとか元の進路へと戻してやった。

 ちなみに、どうやってナンパ男を撃退したのかと言えば、なんてことはない「こいつに何の用ですか」と声を掛けただけである。逃げるように去っていく男の背に、勝利の余韻もなく若干の虚しさを覚えたのは気のせいということにしておこう。……そんなにデカくて怖いのかな、俺は。


「敷島君、さすがだね」

「それは褒め言葉として受けって良いのか……? なんにせよ、あんなのがウロウロしてるんだから気をつけろよ」

「そうだね、気を付けるよ! さっきまでは文ちゃんが追い返してくれたんだけど……。あうっ……!」

「ならこれからは宗佐に守ってもらえ。……って、言ってるそばからどこ行った!」


 冗談混じりに宗佐の名を出し、反応を見ようと月見を振り返れば……いない。

 どうやらまたしても人混みに飲み込まれたらしく、なんだか遠くの方で助けを求める月見の声が聞こえるような聞こえないような……。

 おまけに、気付けば前を歩いていたはずの宗佐と西園の姿まで無いときた。


 絶望的な状況である。


「……いっそ俺一人で妹のとこに行こうか」


 若干自棄になりつつ、とりあえず月見が流されていったであろう方向へと人混みをかき分けて進んでいく。

 午後に入り客は更に増え、人混みを掻き分けるどころか人に道を譲ってばかりの月見がまっとうに歩けるわけがない。


 行き交う人全てに道を譲って、ぶつかっては丁寧に謝って、そうして不安そうに周囲に視線をやる美少女が一人……。

 なるほど、これは声をかけたくなる男の気持ちも分からなくもない。


 もっとも、俺にナンパの趣味はないしそこまでのコミュニケーション能力もない。

 宗佐絡みで月見と親しくなっていなければ、今のように気楽に声をかけることすら出来ずにいはず。桐生先輩やほかの女子生徒とも同様。

 珊瑚に至っては知り合ってすらいなかっただろう。


「そう考えると、宗佐には感謝しないといけないのか。……いやでも、日頃かけられている迷惑を考えると相殺してもおつりがくるよな」


 現実逃避がてら無駄なことを考えながら周囲を見回す。

 だがこの人込みのなか、小柄な月見や、平均的な身長の宗佐を見つけ正すのは難しいだろう。西園も同様、女子にしては高身長ではあるが、大学生や成人男性すら行き交うこの中では彼女とて埋もれてしまう。

 どうすべきか……。と一瞬考え込み、行きかう客達の邪魔にならないよう廊下の隅に身を寄せ壁に寄りかかった。

 そうして、耳を澄まして周囲の声に意識を向ける。


 喫茶店の料理の感想、各部活の発表時間、歩き売りの宣伝……。

 雑談に、呼び込みに、校内放送、それにグラウンドから聞こえてくる音楽……と、聞こえてくる声は様々。

 そんな祭事らしい賑やかさに耳を傾けていると、ちょうど近くを歩く男二人が「なぁ」と互いに声をかけ合うのが聞こえてきた。


「今の子、見た?」

「あぁ見た。すげぇ可愛かったな。モデルとかアイドルやってんじゃねぇ?」

「やばいよな、あの可愛さ。それに胸もデカいし。俺のタイプなんだけど」

「なんか迷ってるぽかったし、戻って声かけてみねぇ?」


 と、随分と軟派な会話ではあるが実に文化祭らしい。

 それを聞いた俺が当事者達には目もくれず、彼らが来た方向へと走り出したのは言うまでもない。

 


◆◆◆



「……で、案の定居たのは良いんだけど」


 どうしたものか……と思わず呟いてしまう。


 場所は月見とはぐれた場所から幾つか教室を通り過ぎた先。

 ここまで流されてきたのか、それとも合流は不可能と判断して自力で辿り着いたのか、どちらにせよ目的であるベルマーク部の店だ。

 調理室を丸々使用しており、他の飲食店と比べてもスペースも広く本格的である。並ぶサンプルも豪華で人気が出るのも納得。現に入り口の前には人だかりができている。


 もっとも、その集まっている者達は店に入る客が半分、店先で行われている騒動の野次馬が半分なのだが。


「お店に入らない人は帰ってください! 営業妨害です!」


 店先で威嚇の声をあげるのは珊瑚。

 黒と白の可愛らしいメイド服に身を包んではいるが、さすがに今はそれに見入っている場合ではない。

 ところで、彼女が手にしている赤いスイッチは何だろうか。脅すように突き付けているあたり、何かしら重要なスイッチだとは分かるのだが。


「ねぇ良いじゃん、携帯の番号くらい教えてよ。それか抜け出して外に遊びにいかない?」


 分かりやすく誘いの言葉を口にするのは見慣れぬ男。

 一般来場者なのだろう。手にするパンフレットは目新しく開いた形跡すらないあたり、目的が女子生徒だと一目で分かる。態度も口調も軽々しいが、月見への誘いには随分と執着心を見せている。

 ――ただでさえ美少女が集まった高校と知れ渡っているのだ、来年からは入場時に検問所でも設置して、こういった男達は門前払いしてほしい――


 そうして、男が向ける視線の先、珊瑚の背後にいるのが……。


「だ、大丈夫だよ珊瑚ちゃん……」


 と、弱々しく珊瑚に守られる月見である。

 泣きそうなその表情は困惑が見て取れるが、同時に儚く保護欲を掻き立てられる。

 現に、野次馬の中には割って入って助けようかと話し合っている男達もいるのだ。もっとも彼等が月見を救出したとして、その後の展開など目に見えて明らかなのだが。


 

 この状況を前にすれば、何が起こっているのかなど考えるまでもなく分かる。

 おおかた月見が男に声をかけられ、見かねた珊瑚が助けに入ったのだろう。

 だが結局のところ珊瑚は一年生女子。どれだけ威嚇したところで男に怯む様子は無く、それどころか未だ執拗に月見に声をかけている。よっぽど好みだったのか、そのしつこさといったら無い。

 それでいて、珊瑚対しては気にかける様子はないのだ。その無視のしようと言ったら、まるで眼中にないと言いたげだ。


 ……ちょっと気分が悪い。

 というか、だいぶ腹立たしい。


「……いや、今はそんな事に腹を立ててる場合じゃないよな」

 

 そう判断し、俺は野次馬達の合間を縫うようにして進み、騒動の現場へと辿り着き……、


「じゃぁメイドの君でもいいや。どっか遊びに行こうよ」


 という、まさに『妥協した』と言いたげな珊瑚へのナンパ発言に、ついカッとなってその場に飛び込み……。


「かかった!」


 という珊瑚の発言と、彼女が手にしていたスイッチをカチリと押す音、そして次の瞬間突如として鳴り響くサイレンの音に目を丸くさせた。



 高らかに鳴り響く警告音、それに合わせて赤い光が回転しながら周囲を照らす。

 たとえるならばパトカーのパトランプである。それを狭い廊下で行えば当然だが周囲の音楽を掻き消し、辺りを赤く染め、ここいら一帯が一瞬にして緊急事態の現場へと変貌する。

 

 だがさすがは文化祭である。

 周囲の客は最初こそ驚いていたものの、「何が始まるの?」だの「見ていこう」だのと口にしている。中には携帯電話で写真を撮ろうと構え出す者もいるあたり、これも余興の一つと考えたのだろう。

 もっとも、渦中の真っ只中にいるナンパ男は例外である。突然のことに怪訝な表情で周囲を見回し、ついには珊瑚に問い詰め出した。


「お、おい、なんだよこれ」

「メイドに声をかけたのが運の尽きです!」

「……はぁ?」


 意味がわからない、と言いたげにナンパ男が首を傾げる。まったくもって同感だ。

 だが珊瑚は詳しい説明をする気もないのか、それどころか妙に自信たっぷりに片手を上げた。

 まるで何かを呼ぶように……。となれば、自然と周囲の視線も彼女に注がれる。

 次の瞬間である。


 ガラッ!!


 と扉が勢いよく扉が開かれ、隣にある調理準備室からレスリングのユニフォームを纏った屈強な男達が群れをなして現れ……、


 そして、あっという間にナンパ男を担いで走り去っていった。


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