第22話 スポーツ少女の隠した本音
「よぉ敷島、呼び出しくらってたな」
「ちゃんと迷子センター行ってきたか?」
楽しそうな友人達の冷やかしを睨みつけて返し、俺は足早に教室へと向かった。
その間にも二度聞き覚えのある名前の迷子放送が流れたわけだが、当然だが俺がそれに対して行先を変えるわけがない。まったくもって無関係、赤の他人の迷子放送だ。
そう自分に言い聞かせ、外野の声を一切遮断しながら教室へと戻り、扉に手をかけガラと開き……。
「きゃっ……!」
と上がった悲鳴と、着替え途中の西園の姿に慌てて扉を閉めた。
「はっ!? え、なんで!?」
どういうことだ!? と扉を背に慌てる。
きっと今の俺は頭上に「!?」マークを幾つも浮かべているのだろう。古典的な表現ではあるが、それほどまでに混乱しているのだ。
なにせ西園が着替えていた。
ドレスを腰元まであげ、上半身は下着のみというあられもない姿だったのだ。
その光景に、いや正確に言うならばその美しさに、不意打ちをくらったのだから混乱するのも仕方あるまい。
スラリとした体に、バランスよくついた筋肉。
スポーツ選手らしいしなやかさのある身体つきに、日焼けした手足とはっきりとした境目を見せる白い肌。それを覆う水色の下着。
健康美とは、まさに彼女の事を言うのだろう。
……というか、そんな冷静に分析している場合ではない。
「わ、悪い西園!!」
勢いよく閉めた扉を背にして、中にいる西園に声をかける。
周囲に居るクラスメイトや他クラスの生徒達が不思議そうに俺を見ているが、今はそれらに説明していることも出来ず、それどころか追い払う余裕すらない。
なにせ一瞬だけとはいえ見えてしまった西園の下着姿があまりに『女の子』すぎて、俺自身混乱しているのだ。
普段は異性を感じさせない、それどころか男の俺ですら嫉妬してしまうほど爽やかで男前な西園が、さっきはまさに『女の子』そのものだった。
咄嗟に上がった可愛らしい声。
水色の下着はなだらかな曲線を描き、一目で分かる均整の取れたスタイルの良さ。
着替え途中だったのだろう、ドレスがその体を包み…………。
……ドレス?
「……あれ?」
なんで西園がドレスを? と、ようやく今になって違和感に気付き首を傾げる俺の腕が、背後からグイと強引に掴まれ引っ張られた。
となれば当然、身構える余裕すらなかった俺は引かれるまま、教室へと引きずり込まれる。
そこに居たのは、当然だが西園である。
俯いているために表情こそ見えないが、この展開と状況なのだから通常通り爽やかで気さくな……なんてわけがないのは言われなくとも分かる。
むしろ顔が見えないからこそ今の彼女がどういう状況にあるのか分からず、更に恐怖と不安が募るわけで、俺は恐る恐る西園の顔を覗き込んだ。
「西園……?」
「……敷島」
「は、はい」
怒鳴るでもなく喚くでもない西園の声は妙に落ち着いていて、それが更に俺を焦らせる。
これならいっそ羞恥で泣いたり、もしくは怒鳴って暴力にでも走ってくれた方がまだマシというもの。沈黙が何より恐ろしい。
だが非は完璧に俺にあるわけで、彼女が黙っているからと言って俺まで黙りこくっているわけにはいかない。
不慮の事故とはいえ着替えを覗いてしまったのだから、男ならここは潔く頭を下げるべきだ。
「あの、西園……俺が悪かっ」
「敷島! このことは黙ってて!」
悪かった!と謝罪の言葉と共に頭を下げようとした瞬間、それに被さる様に西園が声をあげた。
それに驚いて顔を上げれば、そこには覗かれたことを怒る西園の顔……ではなく、真っ赤にそまった顔があった。
一瞬、覗かれた事への羞恥で赤くなっているのかと思ったが、どうやらそれとも違うらしい。
しきりに「これはちょっと興味があって」だの「深い意味はないから」だのと言い訳染みたことを呟いている。
いったいどういうことだ……? と、そう疑問を抱いて首を傾げた俺の視界に、西園が着ているドレスが映り込んだ。
月見が着るはずのドレス。
王子様と踊る、シンデレラのドレス……。
「あ、あぁ……そういうことか」
なるほど、と思わず呟けば、西園の顔が更に赤くなった。
いよいよをもって湯気が出そうなほど真っ赤なその様は、普段のイケメンスポーツマンとは程遠い。
むしろ女の子らしくて可愛いな……なんて思ってしまった。耳まで真っ赤になって、俺と目を合わせることさえ出来ずに視線を泳がせる西園は女の子そのものなのだ。
なにより、隠れて一人ドレスを纏うその姿が健気で情を誘う。
「……その、これはちょっと興味があっただけで」
「あぁ、うん。そうだな……」
「べ、別に月見ちゃんが羨ましいわけじゃないんだけど。ただ、入るかなって……」
しどろもどろになりながら、西園がバレバレな言い訳をする。
もっとも、言い訳をすればするほど泥沼状態で、その態度と合わさるとむしろ肯定しているようなものなのだが、流石にこの状況でそれを指摘出来るわけがない。
なにより、日頃イケメンだのスポーツマンだの言われ、男からは同性扱い女からは理想の王子扱いされている西園なのだ、ドレスを着たいと思っても言い出すことすら出来ずにいたのだろう。だから隠れて……と、その心境を思えば一途さに胸が痛むほどだ。
だからこそ、俺は彼女の一言一言にしっかりと頷いて返しつつ「誰にも言わないから落ち着け」と西園を宥めた。
それを見て落ち着いたのか、西園がほっと一息ついた。
そうして今度は自分の恰好を見下ろし苦笑をもらす。
自虐めいたその笑みに疑問を抱けば、俺の視線に気付いたのか照れ臭そうに笑った。
「変なとこ見られちゃった……。似合って無いよね」
「西園……?」
「正直言えばちょっと憧れてたんだけどさ、でもあたしが着ても全然似合わないし、なんか女装してるみたいで笑えてきちゃう」
ね、と西園が苦笑を浮かべて肩を竦めた。
だがその表情は眉尻が下がり、今にでも泣き出してしまいそうなほど痛々しい。高身長の西園が、どうしてか小さく弱々しく見える。
そんな彼女を前に、俺は何と言っていいのか分からず、ただ誤魔化すように頭を掻いた。
こういう時、咄嗟にどう声をかけて良いのか分からない。気の利いた台詞の一つぐらい言えればいいのに……と自分の不器用さを恨みながらも、それでもチラと西園のドレスに視線を向けた。
確かに、西園がドレスを着ている姿を見ても俺は今一つピンと来ないでいた。
なにせこのドレスは月見が着ることを想定して作られているのだ。ふんだんにあしらわれたレース、スカートはふんわりと大きく広がり、全体的に可愛さを押し出したデザインになっている。
これは小柄で柔らかで可愛らしい月見が着るためのドレスなのだ。
長い手足としなやかな身体つき、目鼻立ちのはっきりとした凛々しさを伴う美しさの西園のためのドレスではない。
彼女ならもっとシンプルで、そのスタイルの良さを引き立たせるデザインのドレスの方が引き立つだろう。海外女優がレッドカーペットで着るような、シルエットからして豪華さと気品を感じさせるようなドレスだ。
だがそう思えども伝える術が思い浮かばず、俺はどう言ったものかと唸るような声をあげるしかなかった。
ここは可愛いと言うべきなのか。
似合っていると言うべきなのか。
それとも、西園にはもっと似合うドレスがあると言うべきなのか。
いや、むしろ今の西園は月見に負けじと女の子らしいと、それを言ってやるべきなのかもしれない……。
そんなことをグルグルと頭の中で考えつつ言い淀む俺を、似合わないことへの肯定と思ったのか西園が苦笑を強めた。
「やっぱりこういうのは月見ちゃんみたいな女の子が似合うよね。あたしなんかじゃ……」
「い、いや! 西園だって十分っ」
「あれー、二人ともまだここに居たんだー!」
十分綺麗で可愛いんだし、と、そう言おうとした俺の言葉に、まるで狙ったように能天気な声が被さった。
その声の主など確認するまでもない。
こういったタイミングで割り込んでくる人物、空気も読まないどころか空気をぶち壊す人物、おまけに俺達の状況に疑問すら抱かず「珊瑚のとこに行こうよ」なんて言ってのける人物……。
言わずもがな、宗佐である。
対してそんな乱入者に、俺と西園は固まったのちゆっくりと扉の方へと視線を向けた。
能天気な宗佐が、俺達の視線を受けて不思議そうに首を傾げている。キョトンとした目がまるで「どうしたの?」とでも言いたげで、これ以上ない程に憎たらしい。
「……宗佐」
「二人とも探しちゃったよ。そろそろお腹すいたし、珊瑚のとこに行かない?」
「……宗佐、お前な…………」
「あれ、西園さんドレス着てどうしたの?」
緊張と気まずさの入り混じった空気をぶち壊し、ズカズカと教室に踏み込んできた宗佐が西園に気付いておやと足を止めた。
おまけに「どうしたの?」という一言付き。
その無遠慮な言葉に西園がビクリと体を震わせ、不安げに視線を泳がせた。彼女の心境を思えば今すぐに逃げ出したいほどだろう。
だが相手は宗佐だ。
空気を読まない、状況を読まない、人の気持ちに気付かない宗佐だ。
当然、この状況においても西園の行動理由など察するわけがなく、勿論だがそこに隠された恋心など汲むわけがない。
だからこそ、何と答えて良いのか分からずにいる西園に対して、宗佐は相変わらずの能天気さで
「西園さん、ドレスも似合ってるね」
と笑いかけた。
その瞬間の西園の反応と言ったらなく、ボン!と音がしそうなほど一瞬にして耳まで真っ赤になってしまった。
俺としては、照れるでもなく悩むでもなくサラッと言いのける宗佐に尊敬を抱きそうなほどだ。
「え、に、似合ってるって……で、でも、変だよ!」
「そうかなぁ、俺は似合ってると思うけど。でも、西園さんならもっとシンプルで大人っぽいドレスの方が似合うかもね」
「……シンプルって言ったって、あたし男みたいだし。どんなドレス着たって……」
「そんなことないよ! 西園さんスタイル良いし美人だし、護衛役も良いけどシンデレラ役だって似合ってたはずだよ!」
正面切ってはっきりと言い切る宗佐に、真っ赤になった西園が耐え切れないと視線を外した。
流石に恋焦がれている相手からこれほどまでに言われれば誰だって限界が来るだろう。真っ赤になった耳が彼女の心境を物語っている。
それでも最後に勇気を出したのか、視線を泳がせた後「もしも……」小さく呟いた。
「もしも、あたしがシンデレラでも……芝浦は一緒に踊ってくれた?」
そう呟くように尋ねる西園の、なんと健気なことか。
それに対して宗佐はと言えば、多分――むしろ確実に――何も考えていないであろう能天気な――だが女子には魅力的な――笑顔を浮かべ、はっきりと頷いた。
「俺で良いなら、もちろんだよ!」
と。
そこに恋愛感情は無く、あるのは友情。
それでも西園は嬉しそうに表情を明るくさせた。
宗佐は空気を読まない、状況を読まない、人の気持ちに気付かない男だ。
だというのに、空気を読まなくても、状況を読まなくても、女の子の心を掻っ攫う男である。
これはお見事と言う他ない。
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