第17話 運命のガラスの靴
一般開放が始まり、次から次へと客が校内に入ってくる。
廊下は客達と生徒でごった返し、グラウンドはおろか昇降口周りさえも人で賑わっている。
そんな中、俺は体育館裏に来ていた。
今は映像部が自作した作品を上映しており、その裏で次に控える団体が準備をしている。
俺達のクラスが使うのは数時間後だが、先に小物を入れておこうと運び入れていた。
「しかし、体育館の使用権を勝ち取るあたりさすが委員長だよなぁ」
蒼坂高校の文化祭において、何より先に決められるのは体育館の使用権である。その理由は簡単で、競争率が激しいからだ。
吹奏楽部や軽音楽部の演奏、演劇部・合唱部の発表、ダンス部のパフォーマンス。一年の集大成として体育館を発表の場に選ぶ部活は少なくない。
そのうえ俺達のようにクラスで使いたいという希望も有れば、有志で集まったバンドなんかも名乗り出てくる。
おまけに、何をするか未定だがとりあえず申し込もうと考えるクラスまで居るのだから、まさに何でもありだ。
そういった希望者が山のように出てくるので、毎年体育館の使用権は抽選となっていた。
各団体の代表者がくじを引く。時間が限られている以上当然だが殆どの団体が外れ、中には当たった団体に頼み込んで合同にしてもらうところもあるらしい。
それほどまでに、体育館使用権の倍率は高いのだ。
「そんな中で使用権を勝ち取る。しかも早すぎず遅すぎずで理想的な時間枠。委員長ほどの出来る女になると、運の使いどころもコントロールできるのかな」
「ふみちゃん凄いよね」
「月見」
いつのまにか月見が隣に立ち、俺の話に同感だと頷いている。友人を褒められたからか、まるで自分の事のように嬉しそうだ。
そのうえ、まるでタイミングを見計らったかのように委員長が誰かに指示する声が聞こえてくるのだから、これには二人で顔を見合わせ思わず笑ってしまった。
「今回の功労賞は委員長で決まりだな」
「でも敷島君も頑張ってくれたよね。最終確認したけど、芝浦君台詞もダンスも完璧だったよ。凄く素敵だった」
「そう言って貰えると俺の努力も報われるよ」
ギリギリではあるが宗佐も立派な王子になれたようで、本番がまだだと言うのに安堵の溜息が出てしまう。それを見た月見が「ご苦労様」と労いの言葉をかけてくれた。
それを気恥ずかしさを感じつつ受け、次いで彼女の手元に視線をやった。白い箱。それを後生大事に持っている。
「それ、ガラスの靴が入ってるんだっけ」
「うん。もうこっちに運んじゃおうと思って」
大事そうに箱を抱えながら話し、月見がそっと蓋を開ける。
差し出してくる箱の中を覗けば、一対の靴が揃えてしまわれていた。
淡い水色が映える綺麗な靴。
さすがにガラス製ではないものの、淡い色合いと品の良い輝きがガラス製のような繊細さと美しさを醸し出している。女性の靴に無頓着な俺でさえ、この靴はセンス良く綺麗な品だと分かる。
「そういえば、この靴って誰が持ってきたんだ? よくガラスの靴のイメージに合うものがあったな」
「これね、お母さんから借りたの」
「お母さんって、月見の?」
「私のお母さん、大学の時に演劇サークルに入ってて、その時にシンデレラ役をやってこの靴を履いたんだって。それで……その時の王子様役がお父さんだったの」
両親の馴れ初めを語る月見は、どこか気恥ずかしそうで、そして嬉しそうだ。
はにかんだ頬がほんのりと赤くなっている。
両親が演じた『シンデレラ』を、今、想い人である宗佐と共に……、彼女が嬉しそうに話すのも頷ける。
「なるほど、これが運命ってやつか」
冷やかし半分に告げれば、月見が「運命……」と呟き、元より赤かった頬をより赤くさせた。
なんて分かりやすい反応なのだろうか。思わず笑いそうになるも鋭く睨みつけられてしまった。
そうして他愛もない会話を続けていると、通路の奥から月見を探す声が聞こえてきた。
見れば照明係とメイク係の両方がこちらに向かって手招きをしている。
「あっちこっちから呼ばれて大変だな」
「最終確認だからね。あ、でも珊瑚ちゃんの部活に遊びに行く時間はあるから、みんなで行こうね」
どうやら律儀に時間調整をしたようで、楽しみだと月見が笑う。
それに頷いて返せば、「また後でね」と一言残
して走り去っていった。
◆◆◆
俺の役割は宗佐の管理であり、舞台照明や音響にはノータッチだ。おかげで体育館裏に居ても手伝うことがなく、むしろ慌ただしさの中で突っ立っていれば邪魔になりかねない。
なので教室に戻ってきたのだが、扉を開けた瞬間に誰かが突進してきた。
それも勢いよく腹に。おまけに絶妙な身長差により、見事なまでに鳩尾に直撃である。これは痛い。
「うぐっ……だ、誰だ……」
「敷島君! ありがとう!!」
「とりあえず痛いから離れて…って、委員長!?」
突撃された勢いで咳き込みながらも誰かと確認すれば、俺の胸に抱きつくのは……委員長。
間違っても異性に抱きつくような真似をするはずのない彼女が、どういうわけか俺に抱きついているのだ。只でさえ理解が追いつかないこの状況、更に抱きつかれることで身体に押しつけられる柔らかな感覚に俺の思考回路がまっとうに働くわけがない。
まずい、これはまずい……背中に回された腕がギュウと身体を締め付けてくる感覚が生々しく、朝から忙しかったからかそれともよっぽと興奮しているのか委員長の体は妙な暖かさがあり、触れているところに自然と意識が集中してしまう。
「い、委員長……とりあえず離れてくれ……!」
「敷島君凄いわ! ありがとう!」
「な、何が……ていうか、いったん離れようって!」
女の子を乱暴に扱えるわけがなく、かといってこのままで居られるわけがない。仕方なく委員長の両肩に手を添え、出来るだけ加減しながら彼女を引き剥がした。
それでようやく我に返ったのか、委員長は一瞬キョトンと目を丸くした後「ごめんなさい、私ったら……」と気恥ずかしそうに笑った。
どうやら、我を忘れるほどに興奮していたらしい。
「戻ってくるなりこれって、いったどうしたんだ?」
「それがね、芝浦君が完璧だったのよ。台詞もダンスも間違えることなく演技も文句の着けようがなくて、もう、本当に完璧だったの! 凄い成長よ!」
話しているうちに再び興奮してきたのか、委員長の語尾が徐々に強まっていく。
瞳が輝き頬が赤く染まり、なるほどこの興奮ぶりなら感極まって抱きついてきてもおかしくない。
「完璧って、そういや月見も同じこと言ってたな」
「最終確認のために衣装を着たまま演じてもらったんだけど、本当に完璧で、まさに王子様って感じだったのよ!」
「そりゃ良かった。管理したかいがあるってもんだ」
「芝浦君、素敵だった……」
王子役を演じている宗佐を思いだしたのだろう、溜息混じりにポツリと呟く委員長の言葉はどこか熱っぽい。
それを聞くに、やはり彼女は宗佐のことが好きなのだろう。宗佐争奪戦のメンバーと考えれば「どうしてあんな奴が好きなのか」と聞きたくもなるが、普段は大人っぽくそれでいて常に冷静な委員長がこうやって年相応の表情を浮かべているのは可愛くも思える。
そんなことを考えながら委員長を見つめていると、俺の考えを察したのか一瞬にして彼女の頬が赤くなった。その勢いと言えば、古典的ながらボン!と音がして頭上に湯気が立ちそうなほどだ。
分かりやすすぎる反応に逆にこちらが驚いていると、慌てて委員長が自分の頬を押さえて顔を背けた。
おおかた、どれだけ真っ赤になっているか自覚し見せられないと考えたのだろう。
「し、敷島君! これは……これは違うの!」
「大丈夫だって。誰にも言わねぇよ」
「……だから違うんだって。でも、言わないでね?」
彼女の性格を考えれば『好きな人を知られる』というのは『弱点を知られる』に近いのだろうか。大丈夫だと念を押して安心させる。
人の恋路を言いふらす趣味はないし、宗佐本人に伝える気もない。
宗佐を囲む愛憎劇に、第三者の俺が勝手に終止符を打ってはいけない。
……今の俺が、第三者、と言い切れるかは定かではないけれど。
「しかし、委員長も物好きだな。宗佐のどこが良いんだか」
「なんだか放っておけないのよ。つい心配しちゃうって言うか、何かしでかしそうで気になって、目で追ってるうちに、ね……」
「苦労するぞ、その性格」
「敷島君に言われたくないわ」
冷やかすつもりが逆に言い返され、その的確さに思わず言葉を詰まらせてしまう。だが事実、日頃誰より宗佐の騒動に巻き込まれている俺は、我ながら損な性格をしていると思う。
そんな俺の反応が面白かったのか、してやっったりと笑う委員長の表情は普段通りだ。俺にやり返したことでいつもの調子を取り戻したのだろう。
まさに女の子と言ったあの可愛らしさが消えてしまったのは惜しくもあるが、その反面やはり委員長はこうでなくてはとも思える。
恋愛感情を感じさせないきびきびとした態度もまた彼女の魅力なのだ。
そう再認識していると、はたと我に返った委員長が慌てて掛け時計を見上げた。
「大変! 舞台配置の確認しなきゃ!」
「忙しいなぁ、なんか手伝うか?」
「頼みたいことはいっぱいあるんだけど、説明してる暇がないの! もう行かなきゃ!」
「委員長らしいよ。なんか手伝うことがあるなら言ってくれ。俺、しばらく暇してるから」
「ありがとう! でも出来れば敷島君はゆっくりしてて、それだけ芝浦君が完璧だったの!」
どうやらよっぽど俺を労いたいらしく「何だったら寝てても良いわ!」とまで言って委員長が足早に去っていった。
しかし昼寝まで許可されるとは、根っからの働き者で手抜きやサボりを許さない委員長の台詞とは思えない驚きの発言である。
だがそれだけ宗佐が立派な王子になったということか……と、そう自分自信で功績を感じ満足げに頷いていると、グイと腕を引っ張られた。
今度はいったい誰だ……と、そう考えなら振り返れ
ば、
「つまり、敷島君は私とお茶する時間があるってことね」
と、優雅に微笑む桐生先輩が、拒否は認めないと言わんばかりに俺の腕を強く抱きしめていた。
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