第10話 小悪魔様あらため悪魔様


 

 どうにも最近、珊瑚相手だと調子が狂う……。


 そんなことを考えながらいまだ戻ってこない宗佐達を探そうと教室を出れば、廊下の先で桐生先輩と木戸が話していた。


 相変わらず桐生先輩は美人で、遠目からでも優れた容姿と抜群のスタイルが見て分かるから流石である。そしてそんな桐生先輩を相手に平然と話している木戸もある意味で流石と言えるだろうか。

 桐生先輩相手だと、親衛隊達はもちろん他の男子生徒達も美しさに見惚れて緊張し、自分を良く見せようとやたらと取り繕う傾向にある。対して木戸はたまに過剰な褒め方をするものの、対峙していても緊張せず、かといって過剰に取り繕う様子もない。素で接しているようにも見える。

 これが抜け駆け効果というものか。

 

 そんな木戸も、やたらと桐生先輩に纏わりつくストーカーという一点を除けば良い男と言える。

 運動神経抜群で、体育の授業で活躍しているところを何度か見た。それに見た目も悪くない。それどころか男らしさと爽やかさを合わせた好青年と言えるかもしれない。――こいつに関しても素直に褒めるのは癪だが――

 桐生先輩と並んでいる姿は、お世辞抜きにさまになっている。


「あら、敷島君」


 そんな二人を観察していると、桐生先輩がこちらに気付いて軽く片手を上げた。

 さすがに無視するわけにはいかないと近付けば、二人きりの会話を邪魔された木戸が「邪魔者」と睨んでくる。失礼な物言いではあるが、やたらと厭味ったらしい口調と意地の悪い笑みを浮かべているあたり本気で邪険にはしていないのだろう。

 お返しにと俺が「親衛隊にチクってやろうか」とカウンターを放てば、これは不味いと思ったのか笑いながら謝ってきた。


「そういえば、敷島のクラスって劇やるんだっけ」

「あぁ、『シンデレラ』な。お前のとこは……」

「女装喫茶。聞いて驚け、俺はセクシーでキュートなバニーの姿だ」


 きっぱりと言い切る木戸に、俺は一瞬でもその姿を想像してしまい……、慌てて首を振って想像を掻き消した。

 いくら見目が良いとは言っても、木戸は男らしい顔付きと運動神経が良いのも頷ける体躯をしている。まさに男子高校生そのもので、それが女装、しかもバニー姿となれば無残の一言。


「……よくそれで営業許可が出たな」

「当日を楽しみにしてろ、お化け屋敷より悲鳴があがるぞ」


 クツクツと楽しそうに木戸が笑う。よっぽどの惨事になると自覚はしているらしい。

 嘆くどころかむしろ誇らしげで、それどころか「敷島も遊びに来い」とまで言ってのけた。


「どうしてそれで誘えるんだ。誰が行くかよ、見るのすら嫌だ」

「あら、敷島君は遊びに行かないの? 私は行くわよ」

「桐生先輩、行くんですか!?」


 桐生先輩の発言に驚いて尋ねれば、「来てくれってしつこいのよ」と参ったと言いたげに肩を竦めた。

 どうやら今まさにその話をしていたらしく、しつこく誘ってくる木戸に桐生先輩が根負けして応じることにしたという。

 粘り勝ちというものか。仕方ないと言いたげな桐生先輩に対して、木戸はやたらと嬉しそうにしている。「楽しみにしていてください」と告げる声色は随分と明るい。

  

 ……だが女装だ。

 女装喫茶だ。

 しかもバニーだ。

 

 むしろ俺がそんな格好をさせられたら、死んでも見られまいと逃げまわるだろう。

 

「お前、なんで誘えるんだよ……」

「そりゃあ、文化祭でも会いたいと思って当然だろ」

「バニーの姿でも?」

「むしろ見て笑い飛ばしてもらわなきゃやってられねぇ!」


 妙に高らかに断言する木戸の姿は開き直りや自棄といった色が強い。やっぱり精神的に無理がたたっているようだ。

 だが同情したところで何が出来るわけでもなく、せめて俺も笑い飛ばしてやろうと考え「俺も行くよ」と肩を叩いてやった。

 こうなったら盛大に冷やかして、後々の笑い話にしてやろう。そうじゃないと浮かばれない。


 そんなやりとりをしていると、ふと桐生先輩が妙に楽しそうな笑みで俺を見つめているのに気付いた。

 まるで天使のようで見惚れてしまう麗しい笑みだが、その裏に悪戯気な思案が渦巻いているのは言わずもがなである。彼女の性格を知って、尚且つ散々遊ばれている俺からしてみれば、麗しさに見惚れるより警戒心が勝ってしまう笑みだ。

 いったい何事かと身構えながら尋ねれば、桐生先輩はより一層笑みを強め「そういえば」とわざとらしく口にした。


「敷島君は、誰に投票したのかしら?」

「投票って……な、なんのことですか……」


 桐生先輩の直球な問いかけに思わず言い淀んでしまう。白を切ったはいいがバレバレだろう、己の不器用さが恨めしい。

 彼女の言う投票とは男達がこそこそと行っている隠れミスコンのことに違いない。一年生の珊瑚でさえ勘付いているのだから桐生先輩が把握していないわけがない。

 それを踏まえたうえであえて明確な単語を口にしないのは、余裕の表れというものか、それとも俺の反応を見て楽しんでいるのか。しどろもどろになる俺に向けられるこれ以上ないほどの楽し気な表情を見るに、後者の可能性が高い。


「……さすがは桐生先輩、全部知ってるんですね」

「あら、敷島君の言う『全部』ってどこまでかしら?」

「どこまでって、ミスコンのことを……」


 それが開催していることを知っている、そう言いかけ口を噤んだ。

 隠れミスコンは男子生徒のみで開催され、緘口令が敷かれている。だが男達の努力虚しく、ほとんどの女子生徒が勘付いているのが現状だ。

 現に西園もバレバレだと笑っていたし、一年生の珊瑚でさえ「コソコソとやってるけど、それが逆に宣言してるようなもの」と呆れていた。俺達は秘密裏に開催しているつもりだが、実際は温情で見逃してもらっているだけである。


 普通の女子生徒でさえ開催を知っているのだから、情報通の桐生先輩ともなれば……。


「まさか、全部って……」

「買いかぶりすぎよ敷島君。さすがの私も全部なんて分からないわ」


 そう笑って、桐生先輩が胸元のポケットから二枚の用紙を取り出した。

 ヒラヒラと見せびらかすかのようにはためかせ、唖然とする俺の様子が楽しいと言わんばかりに笑みを強める。


 まさかあの紙は……全部ってもしかして……。


「私が知ってるのなんて、二年生と三年生の集計結果だけだもの」

「ど、どこからそれを……!?」

「それは言えないけど、集計結果の写しを手に入れるくらい簡単よ」

「……木戸、お前が売ったのか」


 もしや、と視線を向けるも、木戸は首を横に振っている。

「俺は無罪だ」と訴えるその表情から見るに、集計結果を桐生先輩に渡したのは木戸ではないようだ。日頃の盲信具合からやりかねないと考えたのだが……。

 ならばどうやって、と桐生先輩に視線を向ければ、彼女は優雅に集計結果をはためかせ、


「木戸以外にもルートはたくさんあるのよ」


 と、優雅に言い切って微笑んだ。その笑みの美しさと言ったらない。

 やっぱり桐生先輩には敵いそうにない。小悪魔どころか小悪魔様と考えていたが、もはや悪魔だ。『小』なんてつかない。


「でも二年と三年ってことは、一年のは流石に入手できなかったんですね」

「そうなのよ。まだ・ ・一年生のは手に入れてないの」

「ですよね。いくら桐生先輩でも一年までは……。まだ・ ・?」

「えぇ、まだ・ ・。一年生の男の子って可愛いわね。女の子に気付かれないように隠れて集計して時間かかっちゃうなんて」


 まるでバレバレな子供の悪戯を見守るように笑いながら、桐生先輩があっさりと告げてくる。

 年上の余裕を感じさせる笑みだ。


 つまり、桐生先輩は一年生の集計結果を入手できなかったわけではなく、ただ一年生が手間取ってまだ彼女の手元に届いてないだけ。

 きっと集計が終わり次第彼女のもとに結果の写しが届けられるのだろう。

 それも多分、俺達が結果を知るより早く……。


 一年生の中にも彼女に盲信し集計結果を売る奴がいるのか。

 可哀想に。中学校を卒業したばかりの純粋な男子高校生には、桐生先輩の魅力と性格は色々な意味で刺激が強いだろうに……。

 そんな哀れみに似た気持ちすら抱いていると、桐生先輩が用紙を眺めながら退屈そうに溜息を吐いた。


「入手したは良いけど、結果は殆ど予想通りなのよね。あんまり面白くないわ」

「面白くないなら入手しなくても良いんじゃ……。いえ、なんでもないです。まぁ確かに予想は出来ますよね」


 彼女の言う通り、この隠れミスコンの結果は予想がつく。桐生先輩や月見を始めとする美少女達に票が集まり、多少順位に変動が出るくらいだ。

 そもそもが匿名の人気投票。

 中には密かに思う相手の名前は隠してカモフラージュとして人気どころに投票する奴もいるし、他校に恋人がいる奴は「友達が親衛隊に所属していて協力を頼まれた」なんて理由で票を入れたりもするーーそれもどうかと思うけどーー。

 恋愛感情を一切抜きにして、まるで画面の中の人気投票のように名前を挙げる奴だって少なくない。

 となれば、いっそう票は偏り分かりやすくなる。


 それを話せば、桐生先輩も同感だと頷き……次いで、にんまりと笑みを深めた。

 これ以上ないほどに「楽しい」と言いたげな表情ではないか。


「な、なんですか……」

「確かに私の予想通りなのよねぇ。票が入ってるのは殆ど知ってる名前ばっかり。……私の、知ってる、名前」


 物言いたげに話す桐生先輩に、俺はいったい何が言いたいのかと尋ねようとし……、


「たとえば『芝浦珊瑚』とかね。珊瑚ちゃんに入ってる一票、これ敷島君がいれたんでしょ?」


 そう悪戯っぽく笑う彼女の言葉に、「え……」と掠れた声が漏れた。




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