第9話 見返りの約束



 思わず珊瑚のメイド姿を想像すれば、先程までの考えが一瞬で吹っ飛んでしまう。

 

「待て妹、メイドってあのメイドか!?」

「突然どうしました? でもそのメイドですよ。可愛いメイドが美味しい料理を提供して、男性客のハートと胃を掴むんです!」

「そんなのお兄ちゃんは許しません!」

「健吾先輩はお兄ちゃんじゃありません!!」


 あまりの展開にわけが分からなくなる俺に対し、珊瑚が冷静にツッコんでくる。

 だがメイド服だ。これは慌てたって仕方ないだろう。


 といっても、変わり種の店を計画しているクラスや部活が多いのは知っている。むしろスタンダードな飲食店の方が少ないかもしれない。

 自由性があり多種多様と言えど所詮は文化祭だ。出来ることは限られており、おおもとのネタが被ればそういった点で他と差を付けるしかない。それにただ飲食店を開くより、変わり種や何か一点に特化した方が運営する側としても楽しい。

 それは分かっているし、ならばメイド喫茶となるのも理解できる。


 理解はできるけど……。


「い、良いのかそんなの着て……」

「いったいどんなメイド服を想像してるんですか。メイド喫茶って言ったって、ただの飲食店ですよ」

「そりゃそうなんだけど……。そうだ、宗佐は許可したのか?」


 妹が所属している部活の出し物に兄の許可が必要とはおかしな話だ。

 だが日頃の宗佐のシスコン具合を考えれば、可愛い妹がメイド服で給仕なんて許すわけがない。あいつは馬鹿だが妹馬鹿でもあるのだ。

 それを問えば、珊瑚が眉間にしわを寄せた。


「宗にぃに話したら『王子様のメイドか。それならお茶でも淹れて貰おうかな』って光の速さで調子にのりました」

「……さすが宗佐」

「もちろん大人しく従ったりなんかしません。机の引き出しに赤点テストを隠してるのをお母さんにばらすって脅して、お茶を淹れさせましたけどね!」


 得意げに珊瑚が語る。

 このメイド、王子相手にも容赦がない。


「でも本当に普通のメイド服ですよ。でもみんな少しだけデザインが違うように作ってもらうんです」

「へぇ、そりゃ結構凝ってて……。って、服を作ってもらう?」


 珊瑚の言葉に違和感を感じて聞き返せば、何やら誇らしげに頷いた。


「そうです! メイド服は手作りなんです!」

「なんでまた手作り? ベルマーク部だからってのは無しで説明してくれ」

「ベルマー部だかっ……先手を打つのをやめてください! というか、ただ家庭科部とも提携するからですよ」


 あっさりとした珊瑚の説明に――俺に先手を打たれたことは少し不服そうだが――、俺はなるほど理解したと頷いて返した。

 今回の文化祭でベルマーク部は調理部と提携している。そこに家庭科部が加わってもおかしな話ではない。


 曰く、家庭科部は毎年制作物の販売を行っているが客入りは少なく、どうにかせねばと悩んでいたらしい。

 その打開策として考えたのが、他の部活との提携だ。提携すれば出来ることも増えるし、規模も大きくなる。

 ベルマーク部は調理部と協力して飲食店を開く予定で、そこに給仕用の服を提供するという形で加わり、同時に飲食店の傍らで制作物の販売も行う……と。なるほど道理にかなっている。


「でも、服作るのって大変じゃないのか?」

「キットから作ったり既存の服をいじったりもするし、調理部もベルマー部も皆で取り組んでるから順調ですよ」

「そっか、確かに手作りのメイド服となると良い宣伝になるな」


 俺が褒めれば、珊瑚が嬉しそうに頷く。その表情を見るに随分と楽しみにしているのだろう。


「お洒落なメイド服を作る家庭科部、美味しい料理を作る調理部。そしてそれを着こなし給仕に務める美しく可憐なベルマー部。完璧な布陣ですね」

「はいはい、そうだな。最後の一つに異論を唱えたいところだが言わないでおくよ」

「はっきり言ってますよ!」

「でも冗談抜きに人気が出そうだな。変な奴が来るかもしれないから気を付けろよ」


 蒼坂高校の文化祭は来場者数が多く、それも年々右肩上がり。

 その大半が、在校生の家族や友人、卒業生、もしくは賑やかさに惹かれて訪れた近隣住民といった平和な客達である。だが中にはナンパ目的で来る輩が居ないわけでもない。

 とりわけ、ここ数年は月見や桐生先輩といった美少女が多く在籍しているため、彼女達見たさに来る男が増えている。

 それを忠告してやれば、珊瑚が不敵な笑みで「大丈夫ですよ」と言い切った。


「可憐なメイド達は対策もしっかりしています。もしも仮にしつこくメイドに言い寄る人が居たとします。そこを颯爽と助けるのが……」

「助けるのが?」

「提携している男子レスリング部の皆さんです! メイドにセクハラするような輩はご主人様にあらず!『男子レスリング部による一日レスリング体験』に強制参加です!」

「なにそれ怖い」

「一日体験のフィナーレはあのユニフォーム着用で記念撮影です!」

「しかも止めを刺すか」


 思わず、男子レスリング部の部員達が満面の笑顔で――もちろんあのユニフォームで――ナンパ男を囲んでいる光景を想像してしまった。

 種目が種目だからか、男子レスリング部員は体格の良い男揃いで、同性の俺からしてみれば暑苦しいことこのうえない。それに囲まれて、しかも一日レスリング体験とは……。

 もちろん真面目なスポーツだと分かっているが『地獄だ』とも思えてしまう。


 そんなことを考え、ふと気付いた。

 調理部に家庭科部、おまけに男子レスリング部が提携しているとなると、人数も規模も相当なものでは……?


「もしかして、結構多忙だったりするのか?」

「多忙? 私がですか?」

「だって四つの部活が合同でやるなら規模もでかいし忙しくなるだろ。それにクラスの活動もあるし」

「クラスの活動は殆ど終わりましたよ。あとは前日に展示の準備するだけです」


 展示物の制作は終えており、あとは前日に設営をするだけ。

 その設営も机を片したり模造紙を張る程度で、一・二時間あれば余裕で終わるらしい。


「でも展示って面白味がないよな。俺の時も高校周辺の歴史とか調べて終わりだし」

「私のクラスも似たようなものですよ。遠出するわけにもいかないし、どうしても小規模になっちゃいますよね」

「そうそう、それで休憩所になるんだよな。で、お前のとこは何を調べたんだ?」


「蒼坂高校周辺の訳あり物件についてと、住人へのインタビューです」


「……なにやってんだよ、お前のクラス」

「当日は展示と共に募金箱を設置し、集まったお金でインタビューに協力してくれた方々に塩を贈ります!」


 得意満面に答える珊瑚に、俺は呆れてまともに返事も出来ずにいた。


 高校生の展示となればネタは被りがちで、せめてと変わり種を考えるのも分かる。休憩所になると開き直っても、やはり調べる以上は見て欲しいと思うのも当然。

 だが訳あり物件ってどういうことだ?

 よく担任が許可したな……。というか住人もよくインタビューに答えたな。


「あぁ、なんかメイド服とかどうでも良くなってきた……」

「なんだか失礼な反応ですね。良いですよ、別に健吾先輩に見に来てもらわなくったって、宗にぃやお母さんが来てくれますから」

「いや、行く。絶対に見に行く」


 わけのわからない展示だと思いつつ、興味がわくのもまた事実。

 俺は心の中で珊瑚のクラス訪問を優先事項に置き、改めてその多忙ぶりを考えてみた。


 クラス活動としての展示準備。それに加えて、ベルマーク部としてのメイド喫茶。

 とりわけ後者は大掛かりだ。メイド服制作に関して『皆で協力している』と言っていたし、試食と感想を聞いて回っているあたり調理にも関わっているのだろう。 

 容赦無い対策ことレスリング部との提携だって打ち合わせが必要だ。四つの部活が合同となれば打ち合わせだけでも大変そうである。

 

 そんな中で更に宗佐の管理を頼んでしまったのだから、いくら家での協力とはいえ負担になるはず。

 それを詫びれば、珊瑚は一瞬きょとんと眼を丸くさせた後、表情を明るくさせて笑った。


「別にいいですよ、楽しいですし」

「楽しいのか?」

「はい。呆れちゃうくらい宗にぃは覚えが悪いけど、お芝居の練習相手は楽しいです」


 嬉しそうに笑う珊瑚の表情を見るに、気を遣って嘘を吐いているわけでは無さそうだ。

 思い返せば、彼女からの報告にも練習を楽しんでいる節があった。宗佐相手に怒ったり呆れたりするが、それだって絵文字や顔文字を使っており文面は明るい。たまに飼い猫の写真だけを送ってくるが、わざわざ写真を撮るあたりは楽しんでいるのだろう。


 ならばこのまま甘えて協力してもらっても良いのだろうか……。

 そんなことを考えれば、珊瑚がニヤリと笑った。相変わらずな小生意気で悪戯気な笑みだ。どうにもこの表情には弱い。


「な、なんだよ……。なに企んでるんだ?」

「企むとは失礼な。でも、こーんなに多忙な私が協力してるんだから、少しくらい見返りを求めようかと思いまして」


 わざとらしく多忙さを強調してくる珊瑚の口調に、俺は己の失態を心の中で悔やんだ。自ら借りをアピールするとは、我ながら迂闊すぎる。

 はたしてどんな見返りを要求してくるのか……。

 思わず身構えるように続く言葉を待てば、珊瑚が楽しそうにクスクスと笑いだした。

 どうやら警戒する俺の様子が面白いらしい。それが気恥ずかしくて「さっさと言えよ」と返すも、更に笑みが強まるだけだ。


 そうして珊瑚は俺の態度をひとしきり楽しむと、、


「健吾先輩も、うちのお店に食べに来ること!」


 そう明るい声で命じてきた。


「……え?」

「宗にぃはもちろんだし、月見先輩と麗先輩も来てくれるって言ってたし。だから健吾先輩も来てください」


 ね、と珊瑚が同意を求めてくる。

 対して俺はと言えば、いったいどんな要求をされるのかと考えを巡らせていただけに拍子抜けしてしまい、まともに返せずにいた。

 

 もっとも、文化祭に関する頼み事なのだから、その見返りを文化祭関係で求めるのはおかしな話ではない。

 とりわけ彼女が所属するベルマーク部は飲食店を開くのだ。他にも飲食店をやる団体は多いだろうし、となれば事前に一人でも客をと考えるのは当然の流れ。

 だけど……。


「そんなので良いのか?」

「そんなのとは何ですか。お客さんの確保は重要ですよ」

「まぁそうなんだけど……」


 予想だにしなかった要求に俺が唖然としていると、外から珊瑚を呼ぶ声が聞こえてきた。

 見れば、女子生徒がこちらに向かって手招きしている。それを見た珊瑚が手を振り返し「今行くね!」と大きめの声で返した。

 

「それじゃあ、私は部活に戻ります」

「あぁ、頑張れよ」

「健吾先輩も、宗にぃ達の回収頑張ってくださいね」

「……そういや、戻ってきてないな。裏庭か体育館裏でも見てくる」


 いまだ戻ってこない宗佐達のことを考え、思わず溜息が漏らして肩を落とす。

 それを見た珊瑚が楽しそうに笑い、改めるように「頑張ってください」と鼓舞してきた。

 そうして自分を待つ先輩の元へと向かおうとし……、ふと思い立ったように足を止め、

 

「さっきの件、ちゃんと覚えていてくださいね。約束ですよ!」


 と、明るい声で念を押し、小走りめに去っていった。


 その背を見送り、小さく息を吐く。



 ……見返りもなにも、

 最初から行くつもりだったなんて、言えるわけがない。




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