第3話 お似合いな先輩と後輩
今の今まで窓の外で大人しくしていた珊瑚が、今が好機と言わんばかりに身を乗り出してきた。
そのドヤ顔と言ったらなく、タイミングを見計らっていたのだとしたら悪意すら感じられる。というか悪意しか感じられない。
「……妹、その失礼な発言はどういうことか詳しく聞こうか」
「宗にぃみたいな下心の無い純粋な優しさは健吾先輩には無理ってことです。どうやったって下心が滲み出ますよ! 下心が!」
「女の子が下心を連呼するな! で、なんで無理なんだよ」
「だって宗にぃのあれは無自覚なんですもん。宗にぃにとって、女の子は誰であれ守るべきものですから」
兄自慢なのか惚れた相手を語る惚気なのか、どちらにせよ宗佐を語る珊瑚の表情は得意気で、まるで己のことを誇るかのようだ。
だが確かに、彼女の言う通り宗佐の周囲に対する優しさは全て無自覚で、本人も『優しくしよう』なんて意識は持っていないように見える。
あいつはいつも『困っていたから』という理由だけで他者を助ける。校内に限らず外でも同様、困っている人を見つけるとすぐさま駆け寄って声を掛けるのだ。そこには珊瑚のいう通り下心も無ければ、『良い事をしよう』という正義感すらない。ただ当然の行動でしかないのだ。
以前に咄嗟に動ける宗佐を凄いなと褒めたことがあるが、それに対しての返事は「何が?」だった。自分が親切であることに気付かず、だからこそ褒められた理由が分からずにいるのだ。
「つまり本能で優しくて、そして本能で優しいからモテるってわけか……。なんかますます腹立つ奴だな。よし三発ぐらい殴ってくる!」
「三発は多いです、二発が妥当です!」
「それなら二発と蹴り一発でどうだ」
「……ふむ、それなら。……というのはさておき、宗にぃは本能っていうか、今までの生活でそう考えるようになったんです」
拳を握りしめ立ち上がりかけた俺を、珊瑚が慌てて――さり気無く二発と蹴りまでは許可しつつ――宥める。
それに応じて座り直すが、同時に首を傾げてしまう。
「そう考えるようになった」とはどういうことだ?
そんな俺の反応に、珊瑚はしばらく眉間に皺を寄せたのち「どう説明したものか……」と悩む素振りを見せた。
「お父さんが出張で滅多に戻ってこないから、芝浦家の男は宗にぃだけなんです」
「そういえば、以前にそんなこと言ってたな」
「それに、宗にぃは元々お母さんと二人で暮らしてて、今も半分そんな感じだし」
入り組んだ家庭事情ながらあっさりとした声色の珊瑚の話に頷けば、西園が不思議そうな表情を浮かべたのが視界の隅で見えた。
きっと彼女は芝浦家のことをあまり知らないのだろう。
そもそも、彼女は宗佐に対してそこまで積極的に接することができずにいる。接点と言えば数人で集まって外でスポーツをする程度で、言ってしまえば『クラスメイトの一人』でしかない。二人きりで話すなど、それこそ授業に関する伝達事項がある時くらいか。――男勝りと自称しているが、そういう点では奥手なのだろう――
そんな中で、あっさりと説明される家庭事情。
話が話なだけに尋ねても良いものか迷っているのだろう、窺うように西園が珊瑚を呼んだ。
「横から割り込んでごめんね。話を聞いてたんだけど、芝浦と珊瑚ちゃんって本当の兄妹じゃないの?」
伺うような西園の言葉に、対して珊瑚はあっさりと「あれ?」と顔を上げた。
〝珊瑚ちゃん”?
「麗先輩に話してませんでしたっけ? 私達が小学生の時に、私のお父さんと宗にぃのお母さんが再婚したんです」
……ちょっと待て、〝麗先輩”……?
「そうだったんだ。二人とも仲が良いから気付かなかったよ。それで『今もそんな感じ』って、珊瑚ちゃんは一緒に暮らしてないの?」
「おばぁちゃんの家が新居の隣にあるんです。お父さんが出張で日本に居ないから、私はずっとそこで預けられてて今もその流れで。自分の部屋もそっちにあるし」
「そっか、じゃあこのあいだ一緒に帰った時の家はおばぁちゃんの家だったんだ」
なるほどね、と言いたげに西園が頷く。
どうやら芝浦家の事情をおおかた理解したらしく、そこから珊瑚の言わんとしていることを察したのだろう。
それはもちろん俺だって理解できる。
宗佐は幼い頃に両親が離婚し母親と二人で暮らし、再婚後も父親は留守にしがちで、母親・妹・祖母と暮らしているのだ。ゆえに女性の扱いや接し方に長け、家族を守る男としての自覚を抱き、そして異性に対する優しさが培われてもなんらおかしな話ではない。
が、問題はそこじゃない。
この際、宗佐がどういう経緯で女性に優しくなったかなどどうでも良い。
あいつの話なんて後回しどころかゴミ箱に捨ててしまっても良い。
俺が気になっているのはただ一つ……。
「そういや、珊瑚ちゃんこの間はありがとうね」
「いいえ、麗先輩相変わらずかっこよかったですよ!」
ニッコリと爽やかな男前スマイルを見せる西園と、それを見上げて珊瑚も純粋な笑顔を向ける。
滅多なことでは見られない、珊瑚の純度100%の笑顔だ。そこには悪戯気な思惑も無ければ茶化すような色もなく、生意気なしたり顔でもない。正真正銘『先輩を慕う後輩の純粋な笑顔』である。なんて眩いのだろうか。
だがその笑顔を向けられているのは俺ではなく西園。爽やか好青年でも通る見た目の西園……。
そんな二人が親しげに呼び合い微笑み合う光景はまさに……。
お似合い、なんて思ってしまった。
「ちょ、ちょっと待て、二人とも知り合いなのか!?」
慌てて尋ねる俺に、珊瑚と西園が不思議そうにこちらを向いた。
そりゃそうだ。俺はあくまで『宗佐の友達』なのだから、二人の関係に口を出すとしてもせいぜい「知り合いなんだな」ぐらいだろう。
意外だからと言ってここまで驚き慌てて尋ねる理由は無い。
……無い、のだが、やはり落ち着かない。
「どうしました、健吾先輩」
「い、いや、別に。ただ意外だっただけだ。うん、それだけ……」
「変なの」
落ち着きない俺の様子を怪しんでいるのか、珊瑚が怪訝そうな表情を浮かべる。
どうしたか、だって?
そんなの俺の方が説明してほしいくらいだ。
二人がどれだけ親しかろうが、俺が気にするべきことではない。
そもそも、学年こそ違えども同じ学校に通っているのだ。どこかで知り合い仲良くなったってなんらおかしな話ではない……。
そう自分に言い聞かせるも、どうにも気になってしまう。
回答を求めるように二人に交互に視線を向ければ、仕方ないと言いたげに珊瑚が小さく肩を竦めた。
「麗先輩の試合によく行くんです、それで」
「試合? 西園の試合ってバレー部だろ。なんで妹が?」
「ベルマー部だからです!」
ドヤ!と自慢げな表情で珊瑚が胸を張る。
また出てきた、ベルマーク部ことベルマー部。
どうやら珊瑚は『ベルマー部だから』と言えば粗方の説明が省けると思っているようだ。説明を省けるどころか未だ謎多き部活なんだが、己の部活の知名度への絶対的な自信はいったいどこからくるのだろう。
思わず文句を言いかけるも、それより先に西園が苦笑しながら「手伝ってもらってるんだ」と話し出した。
「手伝いって、バレー部のか?」
「うん。合同試合の時とかベルマーク部に来てもらってるの。それにあたし他の部活の試合にも助っ人に行くし、そこでも会うよ」
「そういえば、よく助っ人頼まれてるな」
さすがだと褒めれば西園が照れくさそうに笑った。
葵坂高校の部活は豊富で、ゆえにピンキリ。
西園が所属している女子バレーボール部は大会に出場したりと活躍しており部員も多いが、弱小部は常にギリギリの人数で活動している。入部したての素人同然の一年生を入れても人数が足りないという部活もあるらしい。
そこでスポーツ万能の西園が助っ人に駆り出され、そして部活の試合を手伝いにきたベルマーク部と顔を合わせる。
なるほど、と思わず頷いた。
「意外に顔が広いんだな、雑用部」
「ベルマー部!」
怒りながら訂正を入れてくる珊瑚を茶化せば、西園がつられるように笑った。
「何回か顔を合わせてるうちに芝浦の妹って紹介されて、そこから仲良くなったんだ」
ね、と西園が珊瑚に同意を求めれば、俺に対して膨れっ面をしていた珊瑚が途端に笑顔に戻り「そうです!」なんて嬉しそうな声色で返す。
その光景はまさに『仲の良い先輩と後輩』だ。
西園の性別を知らない第三者が見れば『仲のいい男女』にも見えるだろうか。
……と、そんな事をふと考えるとまた焦りに似たなんとも言えない気持ちになる。これは疎外感か?
いったいどうしたんだ、とはっきりしない己の胸の内に悩んでいると、宗佐が「あれ?」と間の抜けた声で割って入ってきた。
「珊瑚、どうした?」
「どうしたもなにも、宗にぃ、今日は買い物するから一緒に帰ろうって言ってたじゃん」
約束を忘れられていたからか、拗ねるように珊瑚が頬を膨らませる。
対して宗佐はと言えば、まさに「しまった」と言いたげに口を半開きにさせていた。忘れていたのだろう。これでもかと顔に出ている。
次いで誤魔化すように白々しく笑うと、改めて教卓に向き直り、
「みんな、雑談なんかしている場合じゃないだろ! さぁ、すぐに配役を決めよう!」
と、高らかに言い切った。
その白々しい真面目さと言ったらなく、クラス中から宗佐に向けられる視線は冷ややかで鋭い。その視線の言わんとしていることは一つ。
『今の今まで呼び出されて居なかったお前が何を言う』
これである。
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