第4話 シンデレラと王子様


 

 確かに決めるべきことを決めなければ帰れないのは事実。

 それを宗佐に指摘されたというのは些か情けなくもあるが、本題に入ったのはいい加減に帰りたい俺にとっては有難くもある。

 現に、今の今まで好き勝手雑談していた奴らも改め、誰が王子役をやるべきかと個々で話しだしている。

 そんな中、議長が注目を集めるべくドンと教卓を叩いた。自然と誰もがそちらに視線を向ける。


「それじゃ、王子役やりたい奴いるか?」


 ……。

 …………。


 一瞬にして教室内が静まったのは仕方あるまい。

 高校二年生というこの多感な時期、舞台に立つことすら避けたいというのによりによって王子役である。衣装を着ても冷やかされ、熱演しても冷やかされ、後々まで笑い話にされるのは明白。おまけに、王子役は台詞にダンスにと覚えることが多い。

 誰もが『恥ずかしい・面倒臭い』と拒否のオーラを漂わせ、押し付けられないようにと不自然に俯き視線を泳がせていた。


 そんな中、委員長が呆れたように盛大な溜息を吐き、気まずい静けさの漂う教室を一瞥すると、


「ちなみに、シンデレラ役は月見さんに決まったから」


 と告げた。



 次の瞬間、殆どの男子生徒が手を上げたのは言うまでもない。



「……お前ら」

「だって月見さんだぞ!? 彼女がシンデレラをやるなら俺が王子だろ!」

「馬鹿言うな! 月見さんの王子は俺だ!」

「あの人とダンスを踊れるなら白タイツだって余裕だろ!」


 先程までの静けさはどこへやら。シンデレラ役が月見と知るや男共の主張は一転し、自分こそが王子役だと次から次へと名乗り出る。

 その薄情さと手のひら返しの素早さは見事と言うほかなく、委員長や西園を始め居合わせた女子が盛大な溜息を吐いたのが見えた。

 ちなみに、俺は王子役に名乗り出たりなどしない。

 王子役なんて恥ずかしくて御免だし、台本を覚えるのも面倒。そもそも端役だろうと舞台に立つ気は無い。こういう時は裏方を選ぶに限る。


 それに、月見がシンデレラを演じるなら……。


 と、そう考えてチラと宗佐に視線を向けた。

 宗佐もまた意気揚々と名乗り出ている。月見に惚れているのだから当然の行動とも言えるだろう。


 俺の本音を言えば、月見がシンデレラを演じるのなら王子は宗佐がやるべきだ。

 二人は――本人たちこそ気付いていないが――両想いなわけで、この場に居ないが月見だってそれを望んでいるだろう。絵的にも悪くない。

 そんなことを考えながらふと視線を逸らせば、複雑な表情で宗佐を見つめる西園が視界に映った。


 普段は凛々しさすら感じられる表情が、今はただ切なげで痛々しい。

 想いを寄せている相手が、自分ではない別の女の子の王子役に名乗り出ている。はっきりと見せつけられる光景に目を背けられず、宗佐が意気込むほど胸が痛むのだろう。眉尻が下がり、苦しそうに唇が固く閉じられている。見ていられない。

 きっと珊瑚も同じ心境なのだろう……。そう考えて視線を向ければ、彼女は宗佐を物悲しそうに眺めながら、


「宗にぃが王子なんて、国が亡ぶ未来しか見えない……」


 と国の行く末を憂うように呟いていた。


 相変わらず変な所で冷静な奴だ。

 ……いや、冷静とは言えないか。

 

「お前はそれで良いのか?」

「何がですか、宗にぃが王子ってことですか? 良いわけないですよ、亡命します!」


 きっぱりと兄の不出来さを言い切り、それどころか早々に見限る珊瑚に溜息しかでない。

 そりゃ確かに、現実的に考えて宗佐が王子なんてお先真っ暗だ。たとえストーリーに沿って月見と結ばれたとしても、実質国を治めるのは宗佐なわけなのだから滅びるのは目に見えて明らか。魔法が解ける十二時の鐘が、国が亡びるカウントダウンに変わりかねない。


 だが今はそんなことを話している場合ではない。

 というか考えることでもない。


「そうじゃなくて、月見がシンデレラで宗佐が王子ってのがだな」

「べつにぃ、やれば良いんじゃないですかぁ?」


 ニヤニヤと珊瑚が笑う。妙に語尾を伸ばした、暗に何かを言いたそうな口調だ。

 その悪意すら感じかねない態度に疑問を抱けば、そんな俺の態度が面白いのか珊瑚がクツクツと笑い出した。


「やりたいならやれば良いんです。……出来れば、の話ですが」

「な、なんだよ妹……宗佐が王子役をやって何か問題があるのか……?」

「問題? 健吾先輩ってばそんなことも分からないんですか?」


 珊瑚の笑みが強まる。悪戯気なその笑みといったらなく、西園と楽しそうに話していた『純粋に先輩を慕う後輩』はどこへ行ったのか不思議でならない。

 そんな俺の困惑など露知らず、珊瑚は「いいですか」と勿体ぶった言い回しと共に、まるで決めポーズかのように人差し指を立てた。


「宗にぃが王子役なんて、そんなの無理な話なんです!」

「無理だと……なぜそこまで言い切れる!」

「なぜなら、宗にぃが台本を覚えられるわけがないからです!!」


 さながら名探偵が犯人を指し示すかのように、明確な証拠をつきつけるかのように。劇的な効果音さえ聞こえてきそうなほど自信満面に珊瑚が断言する。

 彼女の話に俺は一瞬言葉を詰まらせ、そして今まさに目が覚めたと言いたげに己の額に手を当てた。ちょっと演技くさい仕草になってしまうのは珊瑚につられたからである。


「確かにそうだ、どうして気付かなかったんだ……。バカで記憶力皆無でアホの宗佐が台本を覚えられるとは思えない。むしろ読めない可能性すらある」

「ご理解いただけたようでなによりです」

「なぁ、本人がここに居るんだけど」

「「知ってる」」


 切ない表情と声色で宗佐が割って入ってくるが、これには珊瑚と声を揃えて一刀両断しておく。

 非情と言うなかれ、言いすぎとも言うなかれ。日頃の宗佐を知っている俺と珊瑚だからこその対応だ。

 王子役は台詞も多く、ダンスシーンもある。それを全て覚えて舞台上で披露するとなると、なるほど確かに宗佐には務まらない。

 諦めろ、と俺が肩を叩いて宥めてやるも宗佐は俺の手を叩き落とした。


「失礼だな二人とも、俺にだって王子役くらいできるよ! 西園さんもそう思うよね!?」


 援護を期待してか、宗佐が西園に同意を求める。

 それを受け、西園が一瞬ビクリと肩を震わせ顔を赤くさせた。不意打ちで名前を呼ばれて驚いたのだろう、好きな相手であれば仕方ない。


「え、あ、うん……。あ、あたしも芝浦なら出来ると思うよ」

「だよね! よかった、西園さんなら応援してくれると思ったんだ!」


 言葉の裏に隠されている気持ちなど知る由もなく、宗佐が屈託のない笑顔を西園に向ける。

 西園がそれに耐えられるわけがなく、傍目から見ても丸分かりなほどに頬を赤くさせた。なんて分かりやすいのだろうか。普段は凛々しく時にはわざと男らしい態度を取ってみせる彼女も、惚れた相手には取り繕えないらしい。

 だというのに相変わらず宗佐は鈍感で、西園の変化に気付くことなく「ありがとう!」なんてお礼を言って、賛同者を得たことにより自信を取り戻し再び名乗りを上げた。


 宗佐に悪気はない。それは分かってる。


「……妹、毎晩少しずつでいいから宗佐に火薬を飲ませることは出来ないか?」

「コツコツと地道な積み重ねの果てに爆発させられる!」

「出来ないこともないです」

「珊瑚、そこは否定しよう! 大事なお兄ちゃんが爆発しちゃうから!」


 俺と珊瑚のやりとりに不穏な――不穏どころか大爆発な――空気を感じ取ったのか、宗佐が慌てだす。

 俺としては、地道な積み重ねの果てどころか今この瞬間にでも爆発してほしいくらいだ。


「それで、宗佐の爆破計画は置いといて、結局王子役は誰にするんだ? 俺そろそろ帰りたいんだけど」


 呆れたように溜息をついて、改めて教卓に視線を向ける。

 そこでは王子役を名乗り出た男子生徒達が熱く言い争い、俺と同様に呆れた表情の委員長が溜息と共に首を横に振っているのが見えた。

 埒が明かないと言いたいのだろう。そうしてパン!と一度手を叩くと、その場の注目を一身に集めた。


「静かに! これじゃいつまで立っても決まらないでしょ!」


 騒ぐ男子生徒達を一喝し静まらせる委員長はまるで教師のようだ。

 次いで彼女がスカートのポケットから一枚の紙を取り出せば、西園を含めた女子生徒達がたちが「やっぱりこうなった」と苦笑と共に肩を竦める。


「どうせこんなことになるだろうと思って、私達で決めさせてもらったから」


 どうやら俺達の愚行は女子生徒達には見透かされていたらしく、委員長が手元の紙を見せつけるかのようにヒラヒラとはためかせた。

 そこに彼女達が決めた王子役候補が書かれているのだろう。それを察した男子生徒達に緊張が走り、議長が代表するかのように委員長に食って掛かった。……無駄なあがきを、と思ったのは言わないでおく。


「なんだよ、勝手にそっちで決めるなよな」

「あんた達がいつまでたっても決めないから悪いんでしょ」

「……はい」


 反論をしたは良いがものの見事に返り討ちにあい、議長が項垂れる。挙句に委員長に場を譲るように一歩下がってしまった。

 即座に白旗を上げた彼に一部男子生徒達からブーイングが上がるが、かといって誰一人として委員長に反論しないあたり、ここで奮い立ったところで議長の二の舞になるだけだと自覚しているのだろう。そんな悲しい男子生徒の訴えをものともせず、委員長は男子生徒全員の視線を一身に受けつつも平然と手元の紙を開いた。


 そうして読み上げた名前は……。



「芝浦君、お願いできるかしら?」



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