第2話 王子様系女子高生



 足音と女子生徒達の声を聞きつけ、議長達が慌てて投票用紙を隠し始める。「やべ、隠せ!」だの「来るぞ早くしろ!」だのと焦る声がまた情けなく、それと同時になんとも馬鹿馬鹿しく男子高校生らしい。

 開票が気になって潜り込んでいた他クラスの男子生徒達も慌てて窓から逃げていく。木戸も「じゃぁな!」の声と共に軽々と窓を飛び越えていった。颯爽としたその動きは流石ではあるが、今までここにいた理由が理由なだけに格好良いとは言い切れない。


 そうして残されたのは、白々しく本来の議題に戻るクラスメイトと、それら一部始終を見ていた珊瑚。

 ……俺に向けられる珊瑚の視線が随分と冷め切っているあたり、色々と察しているのだろう。


「あの、妹……このことは出来れば女子には言わないでほしいんだが……」

「……別に言いませんよ。それにうちのクラスの男の子達もコソコソやってましたし。隠せてると思ってるのかもしれませんけど、女の子は勘が良いからみんな気付いてますよ」


 呆れきった珊瑚の言葉に、誤魔化す術もなく乾いた笑いしか出てこない。

 一年生である珊瑚が『みんな気付いてる』というのだから、これが二年三年の女子ともなれば筒抜けだろう。それでも今年も開催しているあたり、見逃されているのか泳がされているのか。

 高校生と言えども女子は大人だ。……いや、俺達が子供なだけか。

 そんな――きっと相手も迷惑な――感謝と感心の気持ちを抱いていると、ガラと音たてて扉が開かれた。


 そこに居たのは女子生徒数名と……それに宗佐だ。


「ねぇ、もう決まった?」


 尋ねてくる委員長に、集計表をズボンのポケットに隠した議長が白々しく首を横に振る。

 それを見た女性陣から呆れに似た野次が飛んでくるのだが、むしろこの程度で済んで良かったと思うべきだろう。本当は何をしていたかを知られたら、下手すれば職員室に密告されかねない。


「もう、王子役だけで良いからさっさと決めてよ!」


 まったく、と言いたげな様子でチョークを奪い取り必要事項を黒板に書き出していく委員長に、哀れ議長は平謝りだ。

 そのうえじろりと横目で睨まれ「いったい何を決めてたんだが」と鋭い一言をくらえば、もはや平謝りの余裕もないのだろう引きつった笑みを浮かべている。露骨にポケットを両手で隠す様のなんと情けないことか。……というか、やっぱり気付かれているんだな。

 

 そんな光景を、女性陣への申し訳なさ半分、矢面に立った議長への同情半分で眺めていると、一人の女子生徒が楽し気に笑いながら俺の隣の席に腰を下ろした。


「集計はもう終わったの?」

「……なんだ、やっぱバレてんのか」

「そりゃね、うちのクラスの男子って分かりやすいから。もちろん敷島もね」


 悪戯っぽく笑い、俺を指さしてくる。


 彼女の名前は西園にしぞのうらら

 裏表の無い気風の良い性格にショートカットの髪形が似合っており、屈託の無い笑顔が爽やかの一言。高い身長と長い手足、更に目鼻立ちのはっきりとした顔立ちも合わさって中性的な魅力を感じさせる。いわゆるボーイッシュというタイプだろう。

 更に運動神経抜群で所属する女子バレーボール部のエースでもあり、他の運動部の助っ人として駆り出されることも多いという。


 そんな魅力の持ち主ゆえか、西園は女子生徒からの人気が高い。というより女子生徒からモテている。

 噂では「お姉さま」と呼ばれて本気のラブレターを貰ったり、屋上に呼び出されて告白されることも一度や二度ではないという。彼女が部活の試合に出る時は黄色い声援が飛び交い、わざわざ差し入れを持っていく女子生徒も居るというではないか。羨ましいぐらいのモテぶりだ。


「女子からの票も受け付けてたら、西園が断トツで優勝だったかもな」

「いやぁ、モテて困っちゃうな。あ、嫉妬は止めてね」

「……くそ、若干嫉妬しかけていただけに言い返せない」


 華麗に言い返され、それどころか痛いところを突かれて胸を押さえれば、俺がダメージを食らったと見て西園が楽しそうに笑う。

 屈託のない笑顔。更には他の男子生徒相手にまで「来年は女子票有にしない?」だの「それとも男子の部を開く? あたしエントリーするから」だのと言ってのけているのだ。己のモテぶりを自慢する彼女の発言に、言われた男子生徒達は悲鳴と嫉妬の声をあげ……そして両者同時にふきだして楽しそうに笑いだす。


 そこに異性を相手にする時の気遣いは無く、西園の中性的な見目も合わさって一見すると男同士のやりとりに思われかねない。

 彼女は美人ではあるが異性として意識させるタイプの美しさではなく、気さくな性格も合わさって気兼ねせず接することができる。当人も己の性格を男兄弟に囲まれて育ったからだと話し、男だらけの中にも気兼ねなく入り、そして休み時間や体育の自由時間には男子生徒に混ざって野球やサッカーをしている。――そこで女子生徒の黄色い声援を掻っ攫っていく――


「冗談抜きで、男子の部があったら西園の一人勝ちになりそうだな」

「あれ、嫉妬はやめて負けを認めたの? もしそうなったら敷島に投票してあげようか。友情票も有なんでしょ」

「それは友情票じゃなくて同情票って言うんだ」


 絶対王者からの同情票なんているもんか。そうぼやくように話せば西園がより楽しそうに笑う。


 次いで彼女はふと教卓へと視線を向けた。

 一部の男子生徒と宗佐がコソコソと話し合っている。おおかた、先程の投票結果を聞いているのだろう。

 それを眺める西園を横目に俺は溜息と共に肩を竦めた。

 友情だろうと同情だろうと、俺に投票する気なんてないくせに。と、そんな言葉が浮かんだが流石に口には出さずにおく。


 彼女の視線は熱っぽく、細められた目は胸の内を隠すように切なげ。

『恋する少女』そのものだ。


 そうして、西園は一度深い溜息を吐くと、まるで独り言のように、


「芝浦は、やっぱり月見ちゃんに投票したのかな……」


 と呟いた。


 ここまできて説明する必要があるだろうか。

 それでもあえて言うのであれば、



 西園にしぞのうららもまた、芝浦宗佐に惚れているのだ。



 西園曰く、宗佐は男を感じさせず、それが良いらしい。

 高いとも低いとも言えない無難な身長。細身ではあるが細すぎず、かといって見て分かるほどに鍛えているわけでもない体躯。それに見合った爽やか系の顔付き。いわゆる今どきの好青年と言った風貌。

 男から見ると『男らしくない』と感じるが、きっと女性からすると『男くさくない』となるのだろう。

 そのうえ宗佐は親切で、とりわけ異性に対して優しい。そこに下心は一切無く、単純で――たまに馬鹿がつくほど――根から親切なのだ。 


 そんなところが男として意識させず、逆に男としての魅力になる……。


「分かるような、分からないような……」

「あたし男くさい兄弟に囲まれて育ってきたからさ、逆に芝浦みたいなのに弱いのかもね」


 西園が照れ臭そうに笑う。

 頬を赤くさせて話すその表情はまさに年頃の女の子そのもので、普段は凛々しさすら感じられる顔つきも今だけは可愛いの一言に尽きる。

 男を意識させない宗佐が、誰より西園の女らしさを引き出すとは不思議な話ではないか。


「男の俺からしてみれば、なよっちぃとも思えるんだけどなぁ」


 思春期真っ盛りの男子高校生からしてみれば、やたらと女子に優しい男は軽い奴ともとれる。八方美人というやつだ。

 もちろん宗佐がそんな男では無いことは分かっている。だが現に宗佐のまわりには女子生徒が集まり、そして月見という本命が居てもなお皆に親切に接している。宗佐の性格を知らぬ者がその光景だけを見れば、女に甘い軽い男と勘違いしてしまっても仕方あるまい。


 しかし、言い換えれば宗佐がモテる要因はそこにあるというわけだ。


「さすがに外見まで真似るのは無理だが、俺も宗佐を見習って女子に優しくしてみるか」

「なに、敷島もモテたいの?」

「そりゃ男だからな。それに、宗佐ぐらいの親切さなら俺にだって」


 出来る、と言い掛けた俺の言葉に、


「残念ながら無理だと思います!」


 という容赦のない声が被さった。

 出鼻を挫かれるとはまさにこのことか。




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