第三章 二年生秋
第1話 誰が一番
『三人寄れば文殊の知恵』ということわざがある。
凡人でも三人集まれば素晴らしい知恵が出る、という意味だ。
だが集まる三人が男子高校生ならどうなるか?
いや、三人どころか一クラス分。それどころか他クラスの男子生徒まで集まればどうなるか……。
答えは、まったく馬鹿馬鹿しく脱線する。
素晴らしい知恵どころか真っ当な考えも出てこない。ただ馬鹿らしい話が続くだけだ。
◆◆◆
「二年で集計すると
「でも他の女子も負けてないぞ。特に一年は
「いや、やっぱり
妙な賑わいを見せる教卓に向け、俺は自分の席に座りながら何度目かの溜息をついた。
男子高校生とは馬鹿の代名詞なのか、まったくもって彼等の会話は時間の無駄で聞いているのも嫌になる。
いったいどうして、貴重な放課後にこんな会議に付き合わされなくてはならないのか……。と、そう考えれば時間が惜しくなり、俺はいい加減に終止符を打つべく手を上げた。
「お、
「てめぇらいい加減にしろ、今が何を決める時間か分かってるのか」
さっさと本題に戻れと告げるも、正論のはずの俺に対して集計係が「お前は何を言ってるんだ?」と言いたげな視線を向けてきた。いや、怪訝に俺を見てくるのは集計係だけではない、その周りにいる男達もだ。
それどころか顔を見合わせて「敷島はどうしたんだろうな」とまで言っているではないか。
その態度に呆れが募り、むしろ苛立ちにすら変わる。
時計を見れば放課後に入って随分と経っており、そろそろ日が落ち始めるだろう。それだけ長い時間この馬鹿馬鹿しい話をしていたのかと考えると眩暈さえ起こしかねない。
クラスの女子生徒達はさっさと決めるべきことを決め、帰宅するなり部活に行くなりしているのに……。
そう、俺達には決めなくてはならないことがある。それが決まらない限り帰れないのだ。
その決めるべき事とは……
「何を決める時間かって、そりゃ校内一の美少女が誰かだろ?」
「ちげぇよ! 文化祭でやる劇の配役だろ!!」
俺の怒声と共に、ようやく馬鹿な男子高校生達もようやく本題に戻り……。
「確かにそれも大事だ。だが教室に女子が居ない今、校内一の美少女を決める方が大事だろ!!」
戻りはせず、むしろ俺を説得しにかかってきた。それどころかクラス中から賛同の声が上がる。
あぁ、これは当分帰れそうにないな……。
「それで、演目はシンデレラだろ? とりあえず王子を決めればいいのか」
「そうだな、あとは護衛とかだし適当でいいだろ。でも二年の集計だとやっぱ一年は低いな。お、西園に一票入った」
「王子かぁ……誰かやりたい奴いるかー? お、こっちも西園だ」
「桐生先輩に二票追加、一年の東雲に一票、月見さんに二票……。で、シンデレラの王子役は……」
「お前ら、よく開票作業と同時進行できるな」
器用に二つの議題を進行させる議長達に思わず感心してしまう。いや、見習いたくはないんだけど。
そこまでして決めたいのか、と呆れつつ集計が終わるのを待つ。
いったい何を集計しているのかと言えば、先程集計係が言ったように『校内一の美少女』である。
蒼坂高校の全男子生徒達が匿名で一番魅力的だと思う生徒の名前を紙に書き、それを集計して結果を出す。いわゆるミスコンというものだ。しかも女子生徒には秘密裏に行っているので『隠れミスコン』とでも言うべきか。
といっても決まったからと言って何があるわけでもない。そもそもが匿名投票だし、結果が出ても上位陣の生徒の名前しか知らされない。その結果だって「あぁ、やっぱり彼女は人気だな」で終わるものだ。
だが毎年文化祭の時期に行われている恒例行事で、蒼坂高校の――男子生徒達のみの――伝統と言われているらしい。
……これほどまでに威厳も何もなく即廃れて構わない伝統もそう無いだろう。
「だいだいなんで集まって開票作業なんでやるんだ。とっとと集計して結果だけ教えてくれりゃいいのに……」
「なんだ、やっぱり敷島も結果は気になるのか」
「……そりゃ、まぁ多少は興味ある。というか木戸、お前普通に居るけど隣のクラスだよな」
いつの間にやら俺の前の席には木戸が座っており、さも当然のように俺に話しかけてくる。
ちなみに、本来ならそこは
席替えのくじを引き終えた後、互いの手にあるくじと席番号が掛かれた黒板を二人して交互に見たのは記憶に新しい。
そんな席の主こと宗佐はどこかと言えば、今日も今日とて呼び出しである。
「ちょっと行ってくる」とコンビニ感覚で職員室へと向かう宗佐に反省の色は欠片もなく、事あるごとに呼び出して更生させようとしている教師陣が哀れに思えてくるほどだ。
先生、もう諦めたらどうでしょうか、あいつは手遅れですよ……。
「で、敷島は誰に入れたんだ? やっぱり月見さんか?」
「俺はまだだけど……。別に月見のことを特別とは思ってないからなぁ」
馬鹿らしい議題ではあるが、改めて『誰が一番だ』と問われると難しい話でもある。
可愛らしい外見とおっとりとした温和な性格が魅力の月見や、絶世の美貌と小悪魔な性格で男を手玉に取る桐生先輩。
他にも、同じクラスの
蒼坂高校には月見や桐生先輩をはじめ美少女が多く、その魅力は十人十色。ゆえに誰が一番かと決めたくなるのだろう。
……もっとも、
「誰に投票したって殆どが宗佐に惚れてるんだぞ。結局宗佐への恨みが増すだけだろ」
というわけなので、俺としてはあまり投票に異議を感じないのだが……。
そして俺のこの発言に、教室内が水を打ったように静まり返った。
「敷島、お前水をさすようなこと言うなよ」
とは、投票用紙を手にしていた開票係からの訴え。
そのうえ周囲の男子生徒達までも「遊び心の分からない奴だ」と冷ややかな言葉を浴びせてくる。やれやれと首を横に振る奴までいるのだから腹立たしい。
「そう本気になるなよ。ちょっとした人気投票だと思って、一番可愛いと思う子の名前を挙げればいいんだ」
曰く、中には本当に好きな相手の存在を隠すため人気処の生徒の名を挙げる者や、色恋の感情はなく友人として投票する者もいるという。
単なる人気投票。それも月見や桐生先輩の親衛隊達に至っては、自分が慕う子こそ一番であれと考えているらしい。そこに嫉妬の色はなく、もはやこれはアイドルの人気投票に近い感覚かもしれない。――もっとも、その話の最中にちらと視線をやった木戸は何とも言えない苦笑いをしていたが――
その話に、俺は肩を竦めつつ「分かった」とだけ返した。
そこまで真剣に考えないで良いのであれば、俺だって答えるくらいは出来る。
俺にとって、一番は……。
「それなら俺は、さん……」
「
「さんっねんせいの大人の魅力が良いと思うな! うん!!」
絶妙だ、絶妙すぎる登場だ!
突如窓辺から飛び出してきた
やばい、心臓が跳ねあがらんばかりに暴れている。心臓が口から出そうとはまさにこの事。
だが咄嗟ながらによく誤魔化せた、ナイスだ俺。
「よ、よぉ妹!」
「健吾先輩の妹じゃありません! けど、どうかしました? なんか様子が変ですよ?」
「そ、そ、そうかぁ? 宗佐ならまた呼び出されてるけど、そろそろ戻ってくるんじゃないか」
パタパタと下敷きで己を扇ぎながら平然を装う。咄嗟のことに心拍数が跳ねあがり、いまだ落ち着かない身には下敷きで作られる風が気持ちいい。
しかし我ながら上手く誤魔化せたと思う。もっとも、三年生とは言ったものの具体的な名前を挙げてないので受理されてはいないのだが、あのまま言い切って面倒なことになるよりマシだ。
というか、俺は誰の名前を言おうとした?
あのままだったら、誰の名前を言っていた?
只の人気投票なら友情票で月見あたりにでも入れたって良いのに、それでも俺が言おうとした名前は……。
冷静を装いつつ自問自答をしていると、廊下から聞きなれた声が聞こえてきた。
この声はクラスの女子のものに違いない。おおかた俺達の進捗具合を確かめに来たのだろう。
なにも決まってないけど。
むしろ、校内一の美少女が決まりつつあるけど。
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