第11話 燃えるファッション魂

 


「屋上は夏の間だけビアガーデンなんだって。昼もやってるから今度皆で行こうって話しててさ、健吾も行くだろ?」

「行くけど、お前達なんでいつも楽しそうなんだ」


 そんな話をしつつ、助け出した宗佐と共に水着売り場へと戻る。

 ちなみにビアガーデンだの何だのと話をしているが、宗佐達は楽しく会話をしていたわけではない。俺が木戸を追って屋上に辿り着いた時、宗佐はしっかりと嫉妬集団に捕らわれていた。

 日が一番あたる場所の地面に座らされていたのは、嫉妬に狂う男達と言えどもさすがに公共の場で高所に吊るすわけにはいかないと考えたのか。痛みさえ覚えかねないほどの陽射しのもと、「溶ける!」という宗佐の元気な悲鳴がよく響いていた。



 そうして再び水着売り場へと戻れば、先程まで試着ブースの中にいた桐生先輩がブースの外で立っていた。もちろん水着ではなく制服に戻っている。

 こちらを――というより宗佐を――見ると表情を明るくさせた。


「おかえり芝浦君。大丈夫だった?」

「すみません、途中で抜けちゃって。ちょっと日に晒されてきました。焼けたら少しは男らしくなるかも」


 宗佐が冗談めかして笑えば、桐生先輩も楽しそうな笑みを浮かべた。

 次いで「あれ」と声が聞こえ、先程まで桐生先輩が使っていた試着ブースから珊瑚が出てきた。

 水着……ではなく、こちらも制服。手に水着を持っているあたり試着を終えたばかりだろうか。


「宗にぃ、戻ってきたんだ。屋上どうだった? 涼しいなら後で屋上でお茶しようって先輩達と話してたの」

「地獄のような日射しだった」

「絶対に行かない」


 珊瑚が見事なまでに即答する。それどころか「涼しい屋内こそ正義」とまで断言する。

 そういえば、以前に宗佐が珊瑚は暑さに弱いと話していた。なるほど、かなり苦手なのだろう。


「そういえば、珊瑚はもう試着したのか?」

「うん、桐生先輩と月見先輩に見て貰った」


 既に決めたと話す珊瑚に、宗佐が残念そうな表情を浮かべる。それどころか「俺も選びたかった」とぼやく。

 といってもそこに下心は一切無く、男としての願望もない。兄として妹の水着を選びたかったのだろう。夏の暑さに負けない暑っ苦しい妹溺愛である。……妹溺愛でしかない、とも言えるか。

 そんな宗佐に対して桐生先輩がコロコロと品よく笑い、近くにいる珊瑚の腕をとって擦り寄った。


「ごめんなさいね、芝浦君。でも珊瑚ちゃんの水着を選ぶの楽しかったわ」


 見惚れるほど上品に、それでいてどことなく悪戯っぽく桐生先輩が笑い、見せつけるように珊瑚の頭を撫でる。珊瑚も満更では無さそうで、大人しく撫でられつつもお礼を言っている。

 二人の姿はまさに『仲の良い先輩と後輩』だ。その光景に絆されたか残念そうに肩を落としてた宗佐も納得し、それどころか自らも桐生先輩にお礼を告げた。


「意外だな」


 と、思わずポツリと呟いてしまった。

 それを聞かれたのだろう、珊瑚と桐生先輩が同時にこちらを向く。しまった声に出ていたと慌てて口元を押さえるも遅い。

 二人が意地の悪い笑みを浮かべ――おおかた、俺の考えを察しているのだろう――じりじりと近付いてくるではないか。珊瑚も桐生先輩も見目のタイプは違うのに、同じくらいにあくどい笑みを浮かべている。

 ちなみに宗佐はと言えば、俺の言葉を聞いていなかったようで「小さい頃の珊瑚は大きい浮き輪に嵌ってて可愛くて」とすっかり思い出に耽っている。相変わらずだ。


 そんな中、「桐生先輩、これどうでしょう?」と声が掛かった。

 またもカーテンを開ける音が聞こえ、新たな水着を纏った月見が姿を現し……。


「せっかく選んでいただいたけど、ちょっと大胆すぎる気が……。あ、あぁー!今度は芝浦君が帰ってきてる!!」


 と、悲鳴をあげた。

 さすが月見。無意識でもクラスメイトを救うとは、なんて慈悲深いのだろう。親衛隊が彼女の純粋さに拝むのを冷ややかに見ていたが、今だけは彼等の気持ちに同意できる。救いの女神だ。

 もっとも彼女自身は俺を救った気など一切なく、慌ててカーテンを閉めてしまう。それも含めて月見らしいとも言えるだろう。

 姿を見せたかと思えば悲鳴をあげてカーテンに隠れる、そんな月見の慌てように誰からともなく顔を見合わせる。どうやら珊瑚も桐生先輩も毒気を抜かれたか、俺への言及は中止し、水着について話し出してくれた。



 そうしてしばらくすると、落ち着きを取り戻した月見が制服に着替えて出てきた。

 手には数着の水着を持っているが今一つ表情は浮かない。どうやらまだ悩んでいるらしい。桐生先輩も同様、何着かに絞るまではいったのだが、これといった決定打が無く決めかねているのだという。

 そんな中、桐生先輩が閃いたと言いたげにパンと手を叩き、次いで宗佐の腕をとると身を寄せた。


「せっかくだし、芝浦君に選んで貰おうかしら」

「えっ、俺ですか?」

「やっぱり男の子からの意見を大事にしたいし、それに芝浦君は珊瑚ちゃんの水着を選んでいたんでしょ? 適任だわ!」

「そ、それは……確かに珊瑚の水着は選んでたけど……」

「実はね、私、誰かと水着を買いに来たことが無いの。友達は海もプールも誘ってくれないし……」


 漏らされた溜息は切なげで、伏し目がちの表情は儚さすら感じさせる。

 それを見た宗佐が「桐生先輩……」と呟くように彼女を呼んだ。



 宗佐が惚れているのは月見だ。一途な男で、他の女子生徒達から想いを寄せられていても他所を見るような事はしない。――そもそも自分がモテていることに気付いてすらいないのだが――

 ゆえに宗佐にとっても桐生先輩は『学校の先輩』でしかない。綺麗だ素敵だと褒めることはあってもそこに恋心も下心も無く、あるのは尊敬と友情だけ。

 たとえここで桐生先輩が絶世ともいえる美貌をフルに使って迫っても、宗佐は陥落しないだろう。


 ……だが、宗佐は親切だ。

 それも馬鹿が着くほど。

 つまり、元々馬鹿なうえに、馬鹿が着くほど親切なのだ。


「ねぇ、駄目かしら。このままじゃ決められないわ。人助けだと思って選んでくれない?」

「桐生先輩、そこまで悩んでいたんですね。俺で良ければ選ばせてください!」



 使命感に燃えた宗佐の返答に、桐生先輩が「本当? 嬉しい!」と勝利の声……もとい、喜びの声をあげる。

 なんて見事な手腕だろうか。思わず拍手を送りたくなってしまう。というか宗佐が単純すぎるのか。

 そんなやりとりを見ていた月見が「わ、私も!」と慌てたように宗佐と桐生先輩へと駆け寄っていった。さすがに腕を取って擦り寄ったりはしないが。


「私も、芝浦君に選んで貰いたい!」

「つ、月見さんの水着を俺が……!?」

「そうなの、私も……。私もプールとか海に誘ってもらえなくて、だからこうやって皆で水着を買いに来た事って無いの。だから、せっかくだから芝浦君に選んで貰いたい!」


 桐生先輩に遅れを取るまいという焦りがあるからか、月見のアプローチは中々に大胆だ。『芝浦君に選んで貰いたい』と、はっきりと宗佐を名指ししている。

 ここで宗佐が月見の焦りや嫉妬に気付きでもすれば、宗佐を中心に展開される色恋沙汰にも終止符が打たれそうなものなのだが……。


「俺のファッションセンスが試される……。任せて二人共! 一番良い水着を選ぶよ!!」


 と、斜め上にやる気を高ぶらせてしまった。

 キリリとした凛々しい顔付き。それは使命感に燃える男の顔。

 本来ならば男として少女二人のアプローチの裏に隠された気持ちに気付くべきなのに、なぜかファッション魂を燃え上がらせたようだ。本当になぜだろう。斜め上どころの話ではない。


「宗佐……お前、さすがにそれは……」


 それは無いだろ、と言いかけるも、使命感に燃える宗佐には俺の落胆の声は届かない。

 キラッキラに輝いた瞳で俺を見てきた。


「健吾、お前も協力してくれるか」

「お断りだ」

「そうか。確かにお前は男兄弟育ちだもんな」

「あぁ、その通り。俺は役に立たないから他所を見てくる。小学生男児向けの水着を選ぶことになったら呼んでくれ。得意分野だ」


『俺を巻き込むな』どころか『付き合いきれない』という思いを込めて告げるも、宗佐は何を理解したのか「その時には呼ぶからな」と真剣な顔付きで答えてきた。

 そんな時が来てたまるか。



 そうして月見と桐生先輩を連れて宗佐が試着エリアから去っていく。

 傍から見れば美少女二人を連れたモテ男に見えるだろう。事実その通りなのだが、まさかそのモテ男が下心を一切無くしてファッション魂に燃え上がっている等と誰が思えるだろうか。

 馬鹿馬鹿しい、と呆れの溜息を吐き、どこかで時間を潰すかと歩き出し……、


「ん?」


 と、隣を着いてくる珊瑚へと視線をやった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る