第28話 怖がりな後輩(仮)
わざわざ誰もいない場所に呼び、宗佐のネクタイが欲しいと告げる。
それが何を意味するのか。鈍感な宗佐ならまだしも、珊瑚が分からないわけがない。
現に彼女は深刻な表情を浮かべ「そうですか」とだけ呟くと自分の胸元に視線を落とした。
そこにあるはずのネクタイを思い出しているのだろうか。
だが今の珊瑚はジャージに着替えており、彼女の胸元にはネクタイが無い。そもそもネクタイを囮にしているのだ。
それが妙なもの悲しさを感じさせる。
「月見は俺に打ち明けた。でもそれが周りに筒抜けで、月見の親衛隊どころかそれ以外にも動き出してる」
「健吾先輩は月見先輩の協力者だと思われてるんですか?」
「あぁ、そういうことだ。誰も月見がどこで告白しようとしてるのかを知らないから、俺が唯一の情報源として捕まってるわけだ」
「……ご苦労様です」
珊瑚が労ってくる。
まったくもって無関係なのにこの様なのだから、宗佐絡みは本当に苦労させられる。
「妹は宗佐側の協力者として捕まったのか?」
「そうみたいです。何も知らないって言ってるのに聞いてくれなくて……。日頃宗にぃとの仲の良さを見せつけ、私が一番の宗にぃの理解者であり伴侶と言わんばかりの関係であることが裏目に出ました」
「とりあえず余裕がありそうで何よりだ。でもここから抜け出さないと、ネクタイが盗られるかもな」
周囲は俺達が月見の告白に関わっていると思っているようだが、まったくの無関係。俺と珊瑚には別件がある。
それが今まさに動いているのだ。今この瞬間も珊瑚のネクタイはベルマーク部の部室に残されている。……いや、もしかしたら既に誰かの手に渡ろうとしているかもしれない。焦燥感が胸に湧く。
「だけど、どうやって抜け出すか……」
「健吾先輩、私が合図したらまた暴れてくれますか?」
「構わないけど、あいつらもさすがに警戒してるからうまくいくかな」
先程の前科もあって俺への警戒は強い。教室内の人数も増え、今は六人体制ときた。先程はうまく油断を突くことが出来たが、今は不審な行動を取れば全員で押さえに掛かるだろう。
そのうえ珊瑚もいるのだから、この状況で彼女を守りながらの立ち回りは不利である。
そう話せば、珊瑚もそれが分かっているのか一度頷き「任せてください」と返した。
次いでおもむろに俯き……そして目元を手で拭った。
……泣いてる!?
「い、妹、どうした!?」
慌てて声を掛けるも、珊瑚はいまだ俯いたままだ。目元に手を当てて拭う姿は誰が見ても泣いていると分かる。
その姿にぎょっとしたのは俺だけではない。俺を警戒していた男達も驚き、あたふたと慌ててこちらに近付いてきた。
「どうした、なんで泣いてるんだ!?」
「……だって怖くて、こんなところで……囲まれて……」
「さ、さすがに俺達も女子相手に何かしようなんて考えてないからな!?」
俺達を捕らえる過激派な親衛隊とはいえ、結局のところは男子高校生。さすがに一年女子に泣かれると焦る。
完全に俯いてしまった珊瑚に対して「大丈夫だから」だの「怖がらなくていい」だのと声を掛けている。
だが珊瑚はいっこうに顔を上げず、片手で涙を拭い、片手は俺の服の裾を掴んでいる。
……そう、俺の服の裾をぎゅっと掴んでいるのだ。
これはちょっと、いや、かなり可愛い。
もっとも、不安で掴んでいるわけではなく、「まだ待て」という意味なのだろうけれど。
「……こ、こんなに囲まれて、怖いです」
「そうか……。それなら少し出て行くか。敷島さえ注意しておけば大丈夫だろ」
「あぁ、そうだな。俺達は外で探しまわってる奴らと合流するから、こっちは頼む」
珊瑚に泣かれて居た堪れなくなったのか、男達の半数が教室を出ていった。話し声と足音が次第に小さくなり聞こえなくなる。
残ったのは三人。これなら怖くないだろうと、一人が珊瑚に声を掛け、顔を覗きこむ。
その瞬間、俺の服の裾を掴んでいた珊瑚がぱっと手を離した。
そして次の瞬間、再び俺の蹴りが炸裂したのは言うまでもない。
それも先程と同じ奴に。これは意図したわけではなく、たまたまこいつが珊瑚に近付いた瞬間、彼女からゴーサインが出たのだ。
運の悪い奴だなぁ、と思いつつ、容赦ない俺の一撃に呻く姿を見下ろす。
次いで二人が慌てて取り押さえに掛かってきたが、それは立ち上がりがてらに蹴り飛ばしておいた。
「うん、やっぱり三人は楽勝だな」
「健吾先輩、もしかしていつも喧嘩してるんですか」
「ち、違うからな。別に喧嘩慣れしてるわけじゃなくて、これは大家族男兄弟の必須項目というか、これぐらいの強さが無いと敷島家だと生きていけないと言うか」
「……修羅の家」
俺の話に、珊瑚が怪訝そうな顔で呟く。さすがに修羅ではないと訂正しておいた。
確かに大家族ゆえ荒々しいが、逆に大家族ゆえの良さもあるのだ。
いや、今は敷島家の話をしている場合ではない。
「行くぞ、妹。まだ間に合うかもしれない」
「……行くって、月見先輩の助けにですか?」
珊瑚が俺を見上げて尋ねてくる。
それに対して、俺もまた彼女を見つめて返した。
「なに言ってるんだ。ネクタイを盗んだ犯人を捕まえに行くんだろ」
「でも、月見先輩が宗にぃに告白するって。それをみんな邪魔しようとしてるんですよ。……健吾先輩、そっちを助けに行かなくて良いんですか?」
「どうせ校内のゴタゴタだし、そこまで酷いことにはならないだろ。それより、二本目のネクタイまで盗られるわけにはいかないからな」
だから行くぞ、と告げれば、珊瑚がじっと俺を見つめた後に深く一度頷いた。
そうして、二人で空き教室を出て、ベルマーク部の部室へと向かって走る。
「……ところで、ベルマーク部の部室って技術室で良いんだよな。いや、俺はちゃんと分かってたけど。分かってたけど一応確認しておこうと思って」
そう苦しい誤魔化しをしながら走れば、珊瑚が怪訝そうに眉を顰めてこちらを見てきた。
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