第27話 空き教室の大乱闘

 


「仕方ない、かくなるうえは……!」

「お、ついに腹を括ったか。安心しろよ、お前が情報漏らしたことは誰にも言わないから。で、どこなんだ?」

「かくなるうえは、停学覚悟でお前達をぶっ潰す!」


 座った状態から滑るように体を捻り、目の前にいた一人を右足で蹴り上げる。

 俺が諦め情報を吐くと考えて油断していたのだろう、蹴りは見事に目の前にいた男子生徒の腹に決まり、くぐもった呻き声と共に頽れていった。

 教室内にいた数人がぎょっとし、警戒の姿勢をとって俺を囲む。


 教室内にいる人数は四人。内一人は今潰したので残りは三人。

 きっと廊下にも見張りが数人いるだろう。貴重な放課後に揃いも揃って何をやってるんだという気持ちにもなるが、ここは深く考えるまい。


「とりあえず同時に三人までならいけるな。まず教室内を倒して、そのあとに廊下にいる奴らを潰そう」

「な、なんだよ冷静に物騒なことを言うなよ。もしかして、敷島、お前けっこう喧嘩好きなのか……?」


 教室内にいる奴らが警戒し、それどころか一触即発の空気を察して身構えている。中には怯えの表情さえ見せ始める者もいた。

 俺は身長が高く、体格も良い方だ。この教室内において、きっと身長に関しては俺が一番高いだろう。

 ただでさえ威圧感がある外見で、先程の俺の容赦のない一撃と物騒な発言。多対一だと余裕を感じていた者達が危機感を抱くのも無理はない。


 ……だけど、俺に対して喧嘩好き?

 この、平和主義で、出来れば宗佐絡みの騒動にだって巻き込まれたくないと日々考え、平穏と穏やかな時間を誰よりも欲して朝早く登校しているような俺が、よりにもよって喧嘩好きだって?


「馬鹿言え、喧嘩好きなわけ……。ない、だろ!」


 手近な一人に駆け寄り、捕まえようと伸ばされた手を避けると同時に回し蹴りを放つ。さすがに頭を蹴るわけにはいので脇腹をねらえば、吹っ飛びこそしないが痛々しげな声をあげて膝をついた。

 とりあえず一人撃破。よし、いい感じだ。さっさとしとめよう。


「攻撃に躊躇も容赦もなさすぎだろ! どんだけ喧嘩慣れしてるんだ!」

「俺はあくまで平和主義だ。……だけどな」

「だけど?」

「男四人兄弟生まれ、いまだ小学生男児育成中。毎日が乱闘騒ぎだ!」


 幼少時から兄達とやりあい、兄弟間での喧嘩やじゃれ合いという名の乱闘騒ぎは日常茶飯事。さすがに今は落ち着いたとはいえ、今度は小学生男児の戦いごっこに付き合わされる日々。

 小学生相手に喧嘩はしないが、はしゃぎ回るのを取り押さえ、片方を捕まえたかと思えばもう片方に攻撃される。挙げ句に二人揃って襲いかかってきて……と、敷島家はいつだって荒々しい。


 家での想像しさと比べれば、今の状況など恐るるに足らず。


 ……けっして自慢できる事じゃないのは分かってるけれど。


「だけど俺は平和主義者だからな。大人しく解放するか、潰されて逃げられるか、選ばせてやろう」

「目が本気だ……。仕方ない、解放してやる」

「最初からそうすれば被害も出なかったものを。それじゃ、せいぜい頑張れよ」


 腕を縛っていたネクタイを解かせ、さっさと教室を出ようとし……、

 教室の扉を開けた瞬間、俺の胸元にぼすんと何かがぶつかった


「きゃっ」


 と小さな声があがる。高い、女性らしい声だ。


「あ、わ、悪い。……妹?」

「いたた……。ごめんなさい、ぶつかっちゃって……。……あれ、健吾先輩?」


 俺にぶつかったのは他でもない珊瑚だった。

 打ったのか鼻を押さえつつ、俺を見上げてきょとんと目を丸くさせている。


 ……なんでここに珊瑚が。


 そう考えた瞬間、俺の背後にふっと人影が掛かり……。


「いまだ、敷島を捕まえろ!」

「押さえろ! 全員で行けば押さえ込める!」

「あ、きみは危ないからちょっと離れててくれ。よし押さえた、腕を縛れ!」


 と、教室内と廊下にいた全員が俺に飛びかかってきた。

 しまった、油断してた……。




「なんで妹はここに居るんだ?」

「ベルマーク部の仕事を抜けて部室に戻ろうとしたら、この人達に捕まったんです」

「捕まった? 大丈夫だったのか? 乱暴なことはされなかったか?」


 何もされなかったかと尋ねれば、珊瑚が無事だと頷いて返してきた。

 ちなみに俺は、教室から技術室へと向かう最中こいつらに取り押さえられて今に至る。四人で羽交い締めという強引さで、第三者が居合わせていたら事件と思われていただろう。

 だがさすがに過激派な親衛隊とはいえ、一年女子を取り押さえることはできなかったようだ。珊瑚の時は、手荒な真似はしない代わりに大人しく着いてきてくれと同行を願ったという。


「俺の時とは大違いだな。見ろよ、ネクタイ三本で縛られてる」


 先程よりきつくなった腕の拘束を見せつければ、珊瑚が「あらまぁ」と呟いた。


 ちなみに、場所は先程と変わらぬ空き教室。これまた先程と同様、床に座らされている。

 変わったことと言えば、俺の隣に珊瑚が座っている事だけだ。


 だがその変化は俺にとって安堵でもある。

 少なくとも、これで珊瑚が一人になる事は免れた。


「でも、となると部室にはネクタイが残されたままか……」

「そうなんです。まさかこんな事になるなんて……。そもそも、なんでこんな事になってるんですか? どうして私と健吾先輩が捕まってるんですか? というかこの人達は?」


 現状がまったく理解できないのか、珊瑚が不思議そうに教室内を見回す。

 捕らわれている自分と、それより更に頑丈に拘束されている俺。それを囲む数人の男子生徒……。

 理解出来ず怪訝な表情を浮かべるのも無理はない。


 そうか、珊瑚は知らないのか。


「……月見が、宗佐を呼び出して話をするつもりなんだ」

「話? 何を話すつもりなんですか?」

「宗佐のネクタイが欲しいって。ただのネクタイじゃなくて、宗佐のネクタイだ」


『宗佐のネクタイ』と強調して話せば、珊瑚が一瞬言葉を詰まらせ……、


「それって……」


 と、小さな声で呟いた。




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