第26話 妨害工作
帰りのホームルームが終わるやいなや、俺は鞄を掴むと勢いよく立ち上がった。
宗佐が驚いたと言いたげにこちらを見上げてくる。
「どうした、健吾」
「えっと……ちょっと急ぐ予定があるんだ。というわけでまたな!」
適当に返事をして、大急ぎで教室を飛び出る。
なぜこんなに急ぐのかといえば、巻き込まれたくないからだ。
月見の意を決した話は小声ではあったものの、殆どの者が聞き耳をたてていたためばっちり聞かれていた。ほぼ筒抜けと考えて間違いないだろう。
迂闊と言う無かれ。月見は自分がモテている事に気付いていないのだ。ゆえに、自分が話している時に周囲が耳を澄ませているとも考えていない。
宗佐も相当鈍感だが、月見も同じレベルの鈍感である。
そんな月見の、あの宣言……。
となればどうなるか。
もちろん邪魔が入る。
まず考えられるのは月見親衛隊。こいつらが大人しくしているわけがない。
他にも、宗佐を慕う女子生徒や、彼女達に頼まれれば各々の親衛隊達も動く可能性がある。
蒼坂高校は月見に負けず劣らず魅力的な美少女が多く、それぞれに親衛隊があり、そして中には自分の魅力を自覚し男達を巧みに操る者もいるのだ。
それらが一斉に、宗佐と月見の邪魔をすべく動き出す……。
確実に波乱になるだろう。
「悪いな、宗佐、月見。俺も予定がなければ、妨害を阻止するぐらいはやってやれるんだが……」
肩入れしないとは言ったが、かといって万事すべて傍観に徹するというわけでもない。
月見が告白を決意し、それを他の者達が邪魔しようとするのであれば、俺は邪魔をしようとする者達の足止めぐらいはする。
これは色恋沙汰とは別、友情と義理というものだ。それに他人の恋路を邪魔する奴は気に入らない。
……だけど、
「今回は別だ。巻き込まれる前に抜けさせてもらう!」
いち早く教室を出る事により、これから起こるであろう宗佐と月見絡みの騒動から離脱する。
いまはとにかく珊瑚の協力だ。優先順位は明確。いくら友人達に関係しているとはいえ、別件に巻き込まれるわけにはいかない。
……そう思っていたんだけどなぁ。
◆◆◆◆
「だから俺は無関係だって言ってるだろうが!」
怒鳴る俺の目の前にいるのは、珊瑚……ではなく、数人の男子生徒。
場所はベルマーク部の部室……ではなく、空き教室。
俺の手首はネクタイでぎっちりと結ばれており、教室の床に座らされている。
その姿は誰が見ても捕まっていると分かるだろう。
「何度も言ってるが、俺は月見の事には関与する気はない。そっちで勝手にやってくれ。別件で急いでるんだからさっさと解け!」
目の前に立つ一人に喚くも、多対一だからか、もしくは俺が拘束されているからか、話半分であまり真剣に聞いている様子はない。
「そう言って、解放したら月見さんの告白を手助けしに行くんだろ? それで月見さんはどこで芝浦に告白するつもりなんだ?」
「知らないって言ってるだろ!」
「強情な奴だな。あそこまで急いでたってことは、何かしら大役を任されたんだろ。ほら言えよ、どこで何をするつもりだったんだ? 告白のための人払いか? それとも雰囲気作りか?」
「だーかーらー、今回の件は俺は無関係! 手助けする気もない! 俺が急いでたのは別の用事があったんだ!」
「じゃぁその急ぐ用事って何なんだよ」
「ぐっ……」
思わず言いよどんでしまう。ここで言葉を詰まらせるのは疑いを深めるだけだ分かっているのだが、珊瑚と彼女のネクタイに関して説明するわけにはいかない。
きっと彼女は他言されることを嫌がるだろう。それに嫉妬のあまりに俺を捕縛するような奴らだ、事実を知れば「それも芝浦絡みか」と首を突っ込んでくる可能性もある。
そしてなによりの理由が、教室内に居るのが月見親衛隊だけではないということだ。ここで俺が話せば、月見の告白を、彼女の決意を、他の女子生徒にばらされてしまう。
「……お前、たしか月見の親衛隊じゃないよな」
じろりと正面に立つ男子生徒を睨みつければ、満面の笑みで「ご名答」と返された。腹の立つ返しだ。
見覚えのある顔。確か隣のクラスに所属していて、熱心に慕っているのが……。
「桐生先輩の親衛隊か……くそ、一番手強い相手が動いてる……!」
「そう言うなって。俺達も桐生先輩から『月見さんが告白成功したら泣いちゃう。誰か邪魔してくれないかしら。敷島君あたりなら情報知ってそうなのよねぇ』って言われて動いてるだけだから安心しろ」
「安心要素が欠片も無いが」
睨みつけて返すも、あっけらかんと笑って返された。
ちなみに件の『桐生先輩』とは、蒼坂高校の三年、桐生楓のことである。
月見と双璧をなすほどの美貌の持ち主であり、彼女もまた宗佐に惚れている。
そして月見と違い己がモテることを理解し、親衛隊の存在も把握し、それどころか使いこなしている。一言で言うなら魔性の女だ。
現状、動いて欲しくないひとナンバーワンと言ってもいい。
それが動いているとなれば、俺が肩を落とすのも無理はない。
「というか、お前達はそれでいいのか? 月見が告白成功したら、宗佐という最大のライバルが居なくなるんだぞ」
「まぁそれも確かなんだけどな。でも頼まれると断れないもんなんだよ。惚れた弱みってやつだな。……というわけで、月見さんがどこで告白するのか教えてくれ」
「だから知らねぇって何度言えば分かる!」
埒があかない、話にならない。
思わず怒鳴り両腕に力を入れるも、ぎっちりと結ばれたネクタイはびくともしない。ご丁寧にネクタイを三本使って念入りに縛られており、きつくて痛みすら覚える。
それを捻るように動かすも、ぎちぎちと布が擦れるだけだ。苛立たしい。
こんな事をしている場合ではないのに。
早くベルマーク部の部室に行かないと、着替え終えた珊瑚がネクタイを残して教室を出ていってしまう。
その後、彼女は再び部室に戻ってくる手筈になっている。俺と合流し、無人の部室を見張り、ネクタイを盗みにきた犯人を取り押さえる算段だ。
……戻ってきて、俺の姿が無かったら、彼女はどう思うだろうか。
俺が協力すると断言したときの、珊瑚の笑顔が脳裏に蘇る。日頃小生意気な彼女の、純粋な笑顔、不覚にも可愛いと思ってしまった。
あれを傷つけることは出来ない。
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