第11話 ベルマーク部とは


 


「ベルマーク部……?」


 月見が不思議そうな声色で聞き返してくる。

 次いで隣に立つクラスメイトに「知ってる?」と声を掛ければ、彼女もまたふるふると首を横に振った。どうやら知らないようだ。

 もしかしてベルマーク部は知名度が低いのかもしれない。宗佐が眉根を寄せ「まさか秘密裏に活動してる怪しい部活なんじゃ……」と呟いた。

 今更になって妹を託すことに不安を抱いたようだが、いかんせんベルマーク部なので緊迫感は皆無だ。怪しい部活と言われても想像すらつかない。


「普通に学校生活送ってりゃ縁のない部活なんじゃないか? わざわざ報酬だの決めて頼み事するようなことも無いし。もしたちの悪い部活なら先生の指導が入ってるだろ」

「だけど珊瑚が所属するからにはきちんと調べないと。もしもベルマークを代償に危険な仕事をさせるような部活だったら、俺が珊瑚を救いだしてやらないと!」

「そうだな。その場合は救い出した後に妹の危機管理能力を正してやる必要があるな。でも所詮は部活だぞ、顧問が小坂先生だから、危険な仕事っていったって半田ごてか電動のこぎりぐらいじゃないか?」


 やたらと危機感を抱く宗佐を冗談めかせば、月見達も苦笑を漏らす。

 唯一宗佐だけがいまだ真剣な表情を浮かべているが、溺愛している妹が謎の部活に入部しようとしていればこうなるものなのだろうか。それにしたって宗佐のシスコンぶりはよっぽどだ。

「大丈夫だろ」と俺が一言で片づけてやれば、宗佐が「他人事のように」と恨めしそうに睨んできた。


「そりゃ他人事だからな」

「そうだな、確かに健吾からしたら他人事だ」

「……あれ、敷島君の妹さんの話じゃなかったの?」


 話していたクラスメイトが不思議そうに俺を見てきた。

 どうやら会話の中で俺が珊瑚を『妹』と呼ぶのを聞き、勘違いしたらしい。月見がそれを察し「芝浦君の妹さんだよ」と訂正をした。

 確かにややこしく、勘違いしてしまうのも仕方ない。誤解させたことを謝れば、宗佐が得意げに「珊瑚は俺の妹だよ」と胸を張った。そのうえ「優しくて可愛い世界一の妹だから」と過剰に補足しだす。

 ここに珊瑚が居れば、きっと「恥ずかしいからやめて!」と宗佐の足を踏んで黙らせただろう。


 そんな会話をしていると、横から他のクラスメイトがひょいと顔を覗かせ「ベルマーク部なら知ってるぜ」と割って入ってきた。

 チラチラと月見を横目に見るあたり、月見と話をするチャンスと考えて声を掛けてきたのが丸わかりである。

 だが今はそんな下心よりベルマーク部だ。


「俺バスケ部なんだけど、よく部活の時に手伝ってもらってる。運動部は結構利用してるところ多いだろ」

「運動部が?」

「あぁ、試合の時とか。あと吹奏楽部のやつらも合同練習の時に依頼してるって言ってたな」


 その話に俺達は揃えたように首を傾げた。

 ベルマークを報酬に活動する謎のベルマーク部と、運動部の中でも王道はバスケ部。いったいどんな繋がりがあるのか。


「他校を呼んで試合の時とか、ベルマーク部に頼んで手伝って貰うんだよ。試合相手が来たら案内してくれるし、空き教室とか備品の準備もしてくれるから助かってる」

「へぇ、そんなこともしてくれるのか」

「裏方をやってくれるから、こっちはギリギリまで練習できるんだ」


 感謝してる、と話すクラスメイトに対し、先程まで首を傾げていた俺達は今度は納得したと頷いた。

 どうやらベルマーク部は部活動をしている者達の中では知名度があるらしい。それもお世話になっている部活は意外と多いようだ。

 確かに、ベルマークを報酬に裏方をこなしてくれる存在は有り難いのかもしれない。金銭ならば悪用する者が出たり教師側からの指導が入りそうだが、いかんせんベルマークだ。

 なぜ報酬をそれにしたのかという疑問は残るが、珊瑚が言っていた『明確な目標、確かな実績、数値で見える成果』というのは納得だ。


「そうか、人助けする部活を選ぶなんてやっぱり珊瑚は偉いなぁ」


 宗佐が嬉しそうに話す。

 うんうんと深く頷き、まさに感慨深いと言いたげだ。挙げ句に「昔は小さくていつでも俺の手を繋いで歩いていた珊瑚が……」と成長ぶりを実感し感動までしだす。相変わらずのシスコンぶりである。

 そのうえ、ベルマーク部をより深く知ろうと、他に何か情報はと求めだした。それを切っ掛けに、月見と話す機会をと狙っていた男達が「俺も知ってる」「俺の部活も世話になった」と次から次へと湧きだした。


 そんな中、ふと俺は離れた場所からこちらを見る女子生徒の姿に気付いた。


「おい宗佐、あれって……」


 声を掛ければ宗佐が振り返り、月見達までもが俺の視線を追った。

 自分に視線が向けられたと察したのか、遠目で眺めていた女子生徒が慌てて頭を下げる。それを見て、


「早瀬さんだ」


 と、宗佐が呟いた。

 次いで宗佐が軽く手を振ると、早瀬が控えめに手を振って返し、そのままパタパタと走って去っていった。少し離れた場所で待っていた友人達のところに行き、なにやらキャッキャとはしゃいでいる。


「そういえば今日もお菓子を作ってきてくれたんだよ」

「今日も?」

「うん。俺はもう充分だって言ったんだけど、明日も持ってくるって。自分が食べる分のついでだからって言われてさ。なんだか逆に申し訳なくなるよな」


 あっさりと宗佐が言い切り、早瀬達が去っていった先を眺める。


 そこに彼女の真意を探るような色はなく、単なる善意としか感じていないようだ。相変わらずの鈍さである。

 一発ぐらい殴った方が、早瀬を含め宗佐を想う女性達のためになるのかもしれない。そう考えて思わず拳を握れば、男達の視線が「いまだ、やれ」と無言の圧力を掛けてくる。


 だが俺の一撃が放たされる直前、「あ、あの!」と上擦った声があがった。

 月見だ。らしくなく声を上げ、早瀬達が去っていった先と宗佐を交互に見ている。見るからに慌てている。


「さ、さっきの子、芝浦君にお菓子を作ってるの?」

「うん。自転車が壊れたのを助けたら、そのお礼にって」

「そうなんだ……」


 月見がなにやら言い淀む。

 次いで意を決したと言わんばかりに「あのね!」と声をあげた。またも声量が大きい。


「あ、あのね、私もよくお菓子を作るの。それで……その、今度作ってくるから、芝浦君、食べてくれる?」

「月見さんが俺に!? も、もちろん喜んで食べるよ!」


 上擦りつつな月見の提案に、宗佐もまたいつもより声量を増して返事をした。瞳が輝いており、今にも立ち上がり月見に詰め寄りかねない勢いだ。

 それを聞いた月見が嬉しそうに笑う。横から見ていても見惚れそうな可愛らしい笑み。

 次の瞬間はたと我にかえると、慌てて「敷島君達も食べてね!」と俺達に声を掛けてくるのも分かりやすくて可愛い。


 普段は消極的な月見だが、時には今のように意を決して宗佐にアプローチをする時がある。

 その時の彼女は元々の愛らしさに健気さが加わり、なんと可愛らしいことか。


 ……だが、今の俺にはそんな月見に見惚れている余裕は無い。

 もちろん、月見の手作り菓子が楽しみだなんて考える気にすらならない。


 なにせ背後からひしひしと憎悪の念を感じるのだ。

「また始まった」と俺が呟くのと同時に、教室の一角から毎度おなじみの呪詛が奏でられはじめた。


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