第12話 愛憎渦巻く平和な教室
月見が宗佐にお菓子を作ると言い出すと、教室内が一気にざわつきだし不穏な空気で満ちあふれた。
恋敵である月見の大胆なアプローチに戸惑うのは、宗佐に想いを寄せる女子生徒達。不安そうな表情と視線は片思い特有の切なさを漂わせている。
対して男達は嫉妬と憎悪を色濃くさせ、「月見さんの手作りだと……」だの「芝浦は一年女子からお菓子を貰ってるのか……?」だの囁きあっている。挙げ句に、今日もまた男達の恨み辛みの呪詛が始まる。
先程まで穏やかに雑談してベルマーク部について教えてくれたクラスメイトまでもが、途端に呪詛を口にし出すのだ。
だが確かに、頬を染め嬉しそうに話す月見と宗介を見れば、誰だって呪詛の一つや二つ口にしたくなるというもの。
宗佐の無自覚なもて具合から始まり、月見とのやりとり、そしてそれに嫉妬し呪詛……と、ここまで含めていつも通りと言えるかもしれない。
だがそんな呪詛の中、一人がガタと勢いよく立ち上がった。
「芝浦、許すまじ……。今日こそ奴に天誅を! みんな立ち上がれ!」
と、荒々しい発言が教室内に響いた。
それに続くのは先程まで呪詛を口にしていた男達の威勢の良い声。さながら狼の咆哮のごとく。
次いで彼等は我も我もと立ち上がり、宗佐へと駆け寄ってきた。鬼気迫る表情だ。
「吊せ! 芝浦をグラウンドの一本杉に吊せ!」
「こんな男に月見さんの手作り菓子を食べる権利など無い!」
「五寸釘は用意した! 藁人形用だが、いっそ芝浦に直接打ち付けてくれる!」
皆が口々に怒声をあげ、宗佐を取り囲む。
その勢いと圧と言ったらない。これには宗佐も逃げる余裕すら無く、哀れ男達に担ぎ上げられ教室から連れ出された。
男達の怒声と足音、そして宗佐の「待って、皆どうしたの!? 健吾たすけて!」という情けない悲鳴が聞こえ、次第に小さくなっていった。
「ついに爆発したか。二年になって記念すべき一発目だな」
「し、芝浦君……!」
俺がのんびりと宗佐達が去っていった教室のドアを眺めていると、しばし呆然としていた月見が我に返りあたふたと慌てだした。
追いかけようとするのを呼び止める。
「授業が始まる前には戻ってくるだろうし、大丈夫だろ。それにあいつらも本気で宗佐に危害を振るおうってわけじゃない、ちょっとした冗談だ」
大丈夫だ、と俺が宥めれば、月見がぱちんと瞬きをした。
彼女は宗佐が浚われるといつも慌てて助けに行こうとする。目の前で想い人が担がれ連れ出されたのだから、冷静ではいられないだろう。
そのたびに俺は大丈夫だ落ち着けと諭してやっていた。
馬鹿な男達の馬鹿馬鹿しい騒ぎに月見を巻き込むわけにはいかない。というか、これで月見が宗佐を助けに行ったら男達の嫉妬が加速するだけだ。
一本杉に吊されるどころか、杉の木の天辺に突き刺されかねない。
「そ、そうだよね。冗談だよね。私、いつもびっくりしちゃって……。だってみんな杉の木に吊すなんて言うんだもん。物騒でびっくりしちゃうよ」
「宗佐は頑丈だから、多少吊されてもびくともしないから心配することない。前に興味がてら見にいったら、吊されて儀式みたいになってたけど平然としてたからな」
「大丈夫って、吊されたうえでの大丈夫なの!?」
月見が悲鳴じみた声をあげ、再び宗佐を追いかけようとする。
しまった、つい口が滑った。あの光景は俺にとっては面白おかしいものだったが、どうやら月見には暴力的で残酷に感じられるようだ。爆笑しながら携帯電話で撮影した写真は絶対に見せられない。
「えぇっと、とにかくだな。いま月見が助けに行っても火に油を注ぐだけだし……。そうだ、宗佐に菓子作るんだろ。あいつがどんなの好きか教えてやるよ」
だからと引き留めれば、宗佐を追いかけようとしていた月見がピクと動きを止めた。
ゆっくりと、ぎこちなく、こちらを向く。
その顔は躊躇いをこれでもかと宿している。『芝浦君を助けなきゃ』という気持ちと、『芝浦君の好きなお菓子を知りたい』という気持ちがせめぎ合っているのだろう。
そうしてしばらく悩んだ後「敷島君が大丈夫って言うなら大丈夫だよね」と乾いた笑いを浮かべ、次いでいそいそと手帳を取り出した。
どうやら月見の中で『芝浦君の好きなお菓子を知りたい』という気持ちが勝ったらしい。
それで良いのか、と言うなかれ。
一見過激に見える男達の嫉妬の爆発だが、これもまた毎度の事なのだ。俺達は既に慣れきっているのだから、月見にだって多少の慣れが出てくるのは当然。
むしろ定期的に爆発してガス抜きするからこそ、良い関係が築けているのかもしれない。となれば月見が助けにいけば均衡を崩しかねない。
俺がすべきことは、宗佐を助けに行くことではない。
月見が助けに行こうとするのを止めることだ。
「これもすべて平穏のため。宗佐は尊い犠牲になるのだ。……というか、犠牲も何もあいつが原因だしな」
そんな事を呟き、瞳を輝かせて待っている月見に向き直る。
先程まで宗佐を助けようとしていたというのに、今の月見の頭の中は宗佐好みの菓子を作ることでいっぱいのようだ。
そんな月見に宗佐の菓子の好みを教えてやっていると、授業が始まる予鈴と共に宗佐達が戻ってきた。
「まだ上着が無いと外は寒いから、次からは外の杉の木じゃなくて体育館のバスケゴールあたりに吊してくれない?」
「体育館の方が冷えないか?」
「午前中なら杉の木も日が当たって暖かいんだろうけどな」
だのと暢気に話しながら戻ってくるのだから、平和で良いと安心すべきか、それとも呆れるべきか分からなくなる。
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