第10話 謎のベルマーク部


 

 宗佐はとにかくもてる。

 目を見張るほどの整った顔付というわけでも無ければ高身長というわけでもないのだが、男臭さを感じさせない爽やかな外見はまさに今風。そのうえ老若男女問わず親切で裏表が無く、親しみやすさから恋に変わる女子生徒はとにかく多い。

 確かに宗佐は取っ付きやすく、人当たりも良い。恋愛絡みの恨み辛みこそ抱かれてはいるが、かといって嫌われているというわけでもない。

 呪詛を吐いてる奴等も、月見や他の女子生徒達がいない場所では宗佐と気兼ねなく雑談して馬鹿笑いしている。


 成長期を利用しおおいにでかくなり、かつ若干強面気味なのか第一印象があまり宜しくない俺とは真逆と言えるだろう。

 ……我ながら悲しくなるが。


「でも宗佐は美点を全てひっくり返すほどの馬鹿だよな」

「え、俺なんで突然暴言はかれてるの」

「お前のせいで貴重な昼休みがつぶれたんだ、暴言くらいはかせろ」

「ぐぬぬ、致し方ない……」


 宗佐が悔しそうに唸る。

 だがそれ以上文句を言ってこないあたり、暴言を受け入れる気があるようだ。

 むしろ暴言を言及するよりさっさとこの場を撤収すべきと考えたのか、作業する手を速める。


 ちなみに何をしているのかと言えば、後日配布される資料の作成である。ページ順にプリントを重ね、ホチキスで端を止め、それを二十部ずつまとめて交互に重ねていく……。

 まさに雑用。本来ならば生徒がやる仕事ではない。

 それをなぜ貴重な昼休みを使って、それも誰もいない技術室でやらされているのかと言えば、宗佐が進路調査のプリントを忘れたせいだ。


「そもそも、なんで俺までやらなきゃならないんだよ。俺はとっくに進路調査出してるからな」

「先生が『芝浦一人じゃ気まずいだろうし、もう一人ぐらい道連れにしろ』って言ってたんだ。その話を聞いてすぐにお前の顔が浮かんだよ。これが友情ってやつだよな、健吾!」

「どうしてそこで満面の笑みを浮かべられる……。ん? 気まずいって何のことだ?」

「後から何人か来るらしい。元々はそっちに頼んでたんだってさ」


 曰く、元々この資料作成は別の生徒達に頼んでいたらしい。

 そこに運よく――俺からしてみれば運悪く――宗佐が進路調査の提出を忘れ、教師達は「こいつにも手伝わせよう」と考えたというわけだ。

 なるほどそういうことか。やはり俺は完全に無関係のとばっちりではないか。


「後から来るのはお前みたいに提出を忘れた奴なのか?」

「いや、なんか手伝いをする部活があるみたいで、そこに依頼したんだって。……なんでも、ベルマークで働く部活とか」

「ベルマークで? なんだそりゃ」


 そんな馬鹿な部活があるものか。

 そう俺が眉根を寄せれば、宗佐も今一つピンとこないと言いたげに「だよなぁ」と首を傾げた。


 蒼坂高校は制服に限らず規則に緩く、部活動に関しても自由度が高い。

 規則を強いるよりまずは生徒の自主性をと考えているようで、教師の忠告や指導が入るのはよっぽどの時だけだ。

 おかげで、活動が月に一度あるか無いかの部活や、部員がたった一人の同好会とすらいえない部活もある。かと思えば大会でも好成績を収めて強豪校と呼ばれる部活もあり、とにかく振り幅が広い。

 そんな高校なのだから、ベルマークを報酬として雑用を担う部活があってもおかしくない。……のだろうか。


 俺と宗佐が顔を見合わせ今一つ理解出来ないと首を傾げれば、それとほぼ同時に「待たせてすまないね」と一人の教師が入ってきた。

 技術担当の小坂先生だ。年は俺達の親と同年代、物腰の穏やかな先生である。常に己の根城である技術室に籠もっているため、印象は薄い。


「お、結構進んでるね。ありがたいなぁ。これなら今日中に終わりそうだ」


 感心と言いたげに小坂先生が俺達を誉め、近くの椅子に座った。指サックを填めるあたりやる気が伺える。

「あと一人来るからね」という先生の言葉に、俺と宗佐はもしやと再び顔を見合わせた。


「小坂先生、もしかして雑用部の顧問なんですか?」

「雑用部? いや違うよ。僕は……」


 言い掛け、小坂先生が言葉を止めた。

 被さるようにノックの音が聞こえたからだ。誰からともなく扉へと視線をやれば、ゆっくりと扉が開かれ……、


「小坂先生、居ますか? 芝浦です……」


 と、恐る恐ると言った様子で珊瑚が顔を出した。

 普段より控えめな声なのは余所行きの態度だからだろうか。表情にも緊張の色が見える。

 だが途端にきょとんと目を丸くさせ「あれ?」と間の抜けた声をあげたのは、小坂先生どころか、見知った顔しか教室内に無かったからだろう。

 そうとは知ってか知らずか、小坂先生が片手をあげて彼女を招く。

 次いで先生はこちらを向くと改めて「雑用部じゃないよ」と告げ、


「僕も彼女も、ベルマーク部だよ」


 と、訂正を入れてきた。



 ◆◆◆



 雑用を受ける代わりにベルマークを貰う。それがベルマーク部ーー通称ベルマー部らしいが、たった一文字を略して何になるのかーーの活動らしい。

 作業の片手間に説明を受けた俺の「やっぱり雑用部だ」という呟きは、珊瑚の些か厳しめな「ベルマーク部!」という叱咤に掻き消された。


「芝浦君が手伝いにくるって聞いて、もしかしてと思ったんだ。芝浦さんは仮入部中でね、もしお兄さんがいるならちょうど良いかなと声を掛けたんだよ」

「妹、帰宅部の俺が言うのもなんだが、もう少し部活は選んだ方がいいぞ」

「あれ、敷島君の妹さん? 芝浦君の妹さんじゃなくて?」


 俺が珊瑚を呼べば、小坂先生が混乱した顔で俺達を交互に見る。

 重ねた用紙を整えていた珊瑚が、パチンとホチキスで止めると同時にまったくと言いたげな表情で顔を上げた。


「健吾先輩の妹じゃありません! それに考えなしの選択でもありません!」

「だからって、ベルマーク部っておまえ……」

「ベルマーク部は去年ベルマークでサッカーゴールのネットを購入したんです。明確な目標、確かな実績、数値で見える成果。やりがいがあると感じての仮入部です!」

「意外にちゃんと考えてたんだな」


 ご立派、と帰宅部の俺は思わず拍手を送ってしまう。

 次いで宗佐を横目に見るのは、兄として妹の入部をどう思っているかだ。

 先程から宗佐は妙に真剣な表情で話を聞いており、小坂先生の説明の最中も、俺と珊瑚が話している最中も、手こそ動かしてはいるが口を挟んではこなかった。

 寝ているとき以外はうるさい宗佐にしては珍しい静けさだ。

 兄として妹の部活選びに思うところがあるのだろうか。

 そうして宗佐はしばし考えを巡らせた後、ゆっくりと立ち上がり……、


「小坂先生、妹をよろしくお願いします」


 真剣な顔つきで小坂先生に握手を求めた。

 どうやら妹を託すに値する部活と判断したらしい。


「報酬があるとはいえ、他人の手伝いを買って出るなんてさすが俺の妹! 俺も一緒に資料作りを手伝えることを誇りに思うよ!」

「ところで、宗にぃと健吾先輩はなんで資料作り手伝ってるの?」

「ぐぇ」


 喜び勇んだ瞬間、珊瑚から的確な一言を貰い、宗佐が何とも言えない呻きをあげる。

 そのままよろよろと椅子に座り直し無言で資料作りを再会するあたり、聞かれたくないのだろう。気持ちは分からなくもない。

 ならばと珊瑚が俺の方へと視線を向けてくる。説明を求むと言いたげなその視線に、俺は肩を竦めて返した。

 というか、珊瑚が若干眉間に皺を寄せているあたり薄々勘付いていそうだけど。


「宗佐が進路調査の提出を忘れただろ。一日延長してもらうかわりに資料作りを命じられたんだ」

「だから家を出る前にちゃんと鞄に入れたか確認してって言ったのに……。健吾先輩も忘れたんですか?」

「いいや、俺は道連れに指名されただけ」

「……ベルマーク、二割で良いですか?」

「いらん」


 兄の失態を詫びるつもりなのか珊瑚が分け前を提案してくる。

 だが分け前といってもベルマークだ。貰ったところでどうしろというのか。ベルマーク部を呼ぶくらいしか思い当たらない。

 だからこそ断われば、珊瑚が「ベルマークを断るんですか!?」と信じられないと言いたげな表情で俺を見てきた。彼女の中でベルマークの価値はなかなか高いようだ。

 もちろん手は動かしつつなので冗談なのだろうけれど。


 何を言ってるんだと呆れて溜息を吐けば、小坂先生が俺達のやりとりに楽しそうに笑った。


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