第4話 「血の繋がらない妹は伴侶も同然」



 月見弥生はモテる。校内に非公認の親衛隊が存在するほどで、彼女を慕う男子生徒は数え切れない。

 聞けばまだ入学して二週間程度の一年生にさえ、既に彼女に骨抜きにされ始めている者がいるというではないか。

 それほどまでに魅力的なのだ。可愛らしい見目に優しく穏和な性格。少しおっちょこちょいで努力家。文句のつけようがない。


 そんな月見は分かりやすく宗佐に想いを寄せている。

 時にじっと見つめ時にチラチラと様子を窺い、声を掛けるときはどこか緊張した様子で、そして声を掛けられるととびきり嬉しそうに微笑む。

 誰が見たって分かるぐらい――宗佐当人だけは気付いていないが――、彼女の瞳は宗佐を見つめている。

 宗佐だけを、見つめている。


 となれば、それを見せつけられる男子生徒はどう思うか……。

 考えるまでもない、嫉妬だ。むしろ嫉妬を拗らせていまや憎悪の域である。

 月見弥生親衛隊の男達は総じて宗佐を恨んでいる。

 正しくは、月見弥生親衛隊の男達"も”というべきなのだが、それはさておき。


「ここまでくると、恨み辛みの呪詛で済んでいると思うべきなのかもしれないな。どうか高校の間は刃傷沙汰には発展しませんように……」

「高校卒業後は刃傷沙汰になってもオッケーという事ですか?」

「俺が巻き込まれなければオッケーだ。取材が来たら『被害者を知る友人』としてこう答えてやろう『宗佐君は恨まれるような人じゃなかったんですけど』ってな。……ん?」


 横から煽るような声が聞こえ、いったい誰だと振り返れば、窓辺に立つのは……珊瑚だ。どうやら校舎裏を見て戻ってきたらしい。

 池はどうだったかと聞けば眉を顰めて「汚かったです」とだけ返してきた。そうだろうな。紹介しておいてなんだが、あれは見ていて気分の良いものではない。

 そのうえザリガニは見つからなかったとまで報告してくる。律儀に探したらしい。


 そんな珊瑚の登場に、月見と話していた宗佐がパッとこちらを向いた。


「珊瑚、良いところに!」

「……珊瑚ちゃんって、さっき芝浦君が言ってた妹さん?」


 宗佐が明るい声で珊瑚を呼び、月見もつられるように視線を向ける。

 二人の視線を受けた珊瑚はと言えば、月見相手にニッコリと笑い……、


「はじめまして、宗にぃと同じ芝浦姓を名乗り幼少時から人生を共にし、生活の七割を一つ屋根の下で過ごす。唯一無二の存在こと芝浦珊瑚と申します」


 と、全力で牽制しながら自己紹介をしてきた。

 月見がきょとんと目を丸くさせる。「えーっと?」という声は少し間が抜けているが、おっとりとした月見らしくて可愛らしい。


「妹、牽制したいのは分かるがややこしくて自己紹介になってないぞ」

「先輩の妹じゃありません!」

「はいはい。その手短さで宗佐の妹だって名乗れよ」

「宗にぃの妹ではありますが血の繋がりは無く、共に過ごした時間は誰よりも長い。衣食住を七割方共に過ごし、一つの布団で眠ったことも数え切れぬ程! そんな唯一無二の存在芝浦珊瑚です! 座右の銘は『血の繋がらない妹は妻と同義語』です!」

「また長くなってる……」


 長ったらしい口上で名乗る珊瑚に、呆れて「少し黙ってろ」と静かにさせた。

 月見はいまだ理解が出来ないのかパチパチと瞬きをしており、珊瑚と宗佐を交互に見やって不思議そうにしている。


「珊瑚ちゃんは芝浦君の妹で……でも、血が繋がってなくて、一つ屋根の下で……。ひ、一つの布団……!?」


 珊瑚の長ったらしい情報を思い出しつつ、月見がぶつぶつと呟き……そして『一つの布団で眠った』のあたりで我に返るや息を呑んだ。

 その言葉だけを聞けば、宗佐と珊瑚の関係を良からぬものと考えるだろう。男女が一つの布団になど、純粋な高校生には刺激的すぎる。

 月見が慌てて宗佐へと視線を向ける。その瞳には困惑と切なさが混ざっており今にも泣きそうだ。

 だが、月見がこんな表情を浮かべるのも仕方ない。想い人が異性と一つの布団となれば、胸中は複雑どころではない。


 だというのに宗佐はと言えば、


「冬場のこたつには抗えないよなぁ」


 と笑っていた。


 ……そういう事か、と思わずガクリと肩を落としてしまう。

 ちなみに俺の横では珊瑚が「こたつと言えども布団は布団です」と訴えているのだが、それは「もう少し黙っておこうな」と制しておく。

 ムグと口を閉じるあたり、言えばきちんと黙る。長く続かないだけだ。

 その間も月見は目を丸くさせており、「布団? こたつ?」と繰り返している。頭上に巨大疑問符が浮かんでいてもおかしくない表情だ。


 だがようやく事態を理解したのか、再び息を呑んだ。


「そんな、兄妹なのに一つのこたつに入るなんて……!」

「月見、落ち着け。どこの家庭もだいたいこたつは一つだ。あえて言うなら、俺も遊びに行った時に宗佐と一つのこたつに入ってる」

「敷島君まで一つのこたつに……!!」


 月見が悲痛な声をあげる。事態を理解したと思ったが、どうやらまだ混乱しているようだ。むしろ混乱を深めている。

 見てわかるほどに慌てふためき俺達を順繰りに見やり、怪訝な表情を浮かべている。

 驚愕の事実を知ってしまったと言いたげな表情。一つのこたつに入った俺達をただれた関係とでも思っているのだろうか。

 想像すると寒気がする。どうか俺を巻き込まないでくれ。


 さすがにこれには言い出した張本人の珊瑚もまずいと思ったのか、「あのぉ……」と控えめに月見に声を掛けた。


「一つの布団って言っても、こたつに入るだけですよ」

「そ、そうなんだね。珊瑚ちゃんは芝浦君と一つのこたつに……。……こたつ?」

「そうです。こたつ、こたつ布団」

「……こたつ布団」


 ようやく思考が冷静になったのか、月見がパチンと目を瞬かせ、もう一度「こたつ」と呟いた。

 次いでぽっと頬を赤くさせ、両手で顔を隠した。ようやく己の勘違いを察したのだろう。そして察すると同時に恥じているのだ。

 その仕草は相変わらず可愛らしい。だが今の俺には月見を愛でるより、寒気がする勘違いからようやく逃れたという安堵の方が勝る。


「やだ、私ってば勘違いしちゃった……!」

「いや、月見が恥じることはない。ややこしい言い回しをした妹と、訂正しない宗佐が悪い」


 恥じる月見をフォローしてやれば、気恥ずかしそうに笑った。その笑みもまた愛らしい。

 対して珊瑚はと言えば、窓枠に張り付いたまま「まさか勘違いするなんて思わなかったんです」と言い訳をしている。

 少し拗ねた表情をしているあたり、月見の暴走は予想外だったのだろう。これはこれで可愛いと言えば可愛いか。


 そして宗佐はと言えば、相変わらずこいつは能天気に笑っている。

 おまけに、


「ただの妹も言いようだな。珊瑚は語彙力がある」


 と、相変わらず妹溺愛しているのだ。

 珊瑚の長ったらしくややこしい牽制をたんなる言葉遊びと捉えたようだ。月見もすっかり翻弄されたと楽しそうに笑い、宗佐もまた屈託なく笑う。

 窓辺に張り付く珊瑚だけが不満そうな表情で、微笑ましく笑い合う目の前の男女を睨みつけていた。


「どうせただの妹ですよ」


 という恨めしい彼女の言葉に、俺は肩を竦めるしかない。


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