第3話 友人の恋愛模様
「さすがに毎朝起こされてるわけじゃないんだ。俺も出来るだけ自力で起きれるように努力はしている。週に二日ぐらいはちゃんと自力で起きてるから!」
「分かったから、何度も言うなって。あとその週に二日ってどうせ土日だろ。お前フォロー入れれば入れるほど墓穴掘ってるからな」
「いや、土日だけじゃない! 祝日も自分で起きてる!」
「お前なんでそれを堂々と言えるんだ?」
うんざりだと言いたげな声で俺が告げたのは、朝のホームルーム後。
宗佐はホームルームが終わるや先程の話題を掘り返し、フォローになっているのか微妙なフォローを繰り返していた。俺が止めてもしつこく「分かってくれよ」と念を押してくるのだから、必死にも程がある。
もっとも、宗佐が必死になるのには理由がある。俺に向かって話してはいるものの、宗佐が真に弁解したい相手は俺ではない。
その真の相手とは、宗佐がチラチラと横目で見る視線の先、そこに居る一人の少女。
彼女は宗佐からの視線に気付くと元より柔らかな表情を更に柔らかくさせ、少し照れくさそうにはにかんだ表情を浮かべた。
次いでそっと立ち上がり、こちらに近付いてくる。
「なんだか楽しそうだね」
彼女が声を掛けてきた瞬間、宗介が「月見さん!」と嬉しそうに彼女を呼んだ。
アイドル顔負けの可愛らしい顔つきと、おっとりとした優しく穏和な性格が魅力の女子生徒だ。ウェーブの掛かった長い髪と品の良い物腰が柔らかな印象を与え、それでいて抜群のスタイルが男達の目を引く……と、まさに『美少女』と呼ばれるにふさわしい人物である。
彼女の魅力は外見だけではなく、内面も完璧。誰にでも親切で家庭的、努力家で人望も厚い。だが少し抜けたところも有り……と、男の理想を具現化したかのような少女だ。
それほどに魅力的なのだから、月見を慕う男子生徒は数多い。
聞けば秘密裏に行動する親衛隊まであるというではないか。
『一介の生徒に対して親衛隊』と聞けば馬鹿な話だと思えるが、実際に月見を間近にすれば誰しも納得するだろう。とにかくそれほどの美少女なのだ。
そんな月見は俺達の隣に立つと「なんの話をしていたの?」と小首を傾げた。その仕草もまた可愛らしく、横目で様子を窺っていた男子生徒達が惚れ惚れとしているのが分かる。
そして誰より惚れ惚れとしているのが宗佐であり、その分かりやすさと言ったらない。
だが惚れ惚れとするあまり返事を忘れているようで、俺はまったくと溜息を吐きたいのを堪えて代わりに返事をしてやった。
「妹の話してたんだよ」
「妹? 敷島君、妹さんがいるんだね」
「いや、妹と言っても俺じゃなくて、宗佐の妹の話だ」
なぁ、と話を振れば、頬を赤くさせた宗佐が勢いよく頷いて返してきた。首を痛めかねないほどの深い頷き。大袈裟すぎる。相変わらず分かりやすい男だ。
もっとも、分かりやすいのは宗佐だけではない。俺の話を聞くや、月見が興味深そうに「芝浦君の妹さん?」と尋ねた。
その表情は嬉しそうで、宗佐についてまた一つ知ることが出来たと言いたげである。先程俺の妹と勘違いした時よりも食いつきが良いのは言うまでもない。
どっちも分かりやすいなぁ、と思わず心の中で呟いてしまう。いっそ口に出してしまおうか。
「芝浦君、妹さんがいるんだね」
「そ、そうなんだ。珊瑚って言って、今年うちの学校に入ったんだ」
「一年生なの? それならいつか会えるかな」
緊張しつつも宗佐が話せば、月見も頬を染めてそれに返す。
漂う空気のなんと甘酸っぱいことか。二人とも話が出来ることが幸せだと顔に書いてある。相手を見つめる瞳は幸せで満ちている。
今の宗佐と月見を見れば、誰だって理解出来るだろう。
色恋沙汰にはてんで疎いと自覚している俺だって、さすがにこれは察するというもの。
宗佐は月見が好きで、そして月見もまた宗佐に想いを寄せている。
つまり両想いというものだ。
だが二人共同じくらいに鈍くて相手からの好意に気付いていない。さすがに嫌われているなんて斜め上な解釈はしないが、あくまで友人止まりだと考えている。
この状況は『両片思い』と呼ぶらしい。なんだか気恥ずかしくてぞわぞわする単語ではないか。ーー知った瞬間、俺は悶え転がりたい気持ちになった――
目の前で繰り広げられると複雑な気分ではあるが、これもまた青春と言えば青春なのかもしれない。
もっとも……。
「見ろ、また月見さんが芝浦と話している……」
「あぁなんて月見さんは可愛らしいんだ……。あの笑顔を正面から見られる芝浦が恨めしい……」
「なぜ奴なんだ……なぜ奴なんだ……」
と、ひそやかに聞こえてくる声は勘弁してほしいところだ。
春の爽やかな陽射しが降り注ぐ高校の教室。そんな青春真っ盛りの場所とは思えない、どろどろと怨嗟を感じさせる男達の声。
耳を澄ませば恨み節どころか呪詛まで聞こえてくる。空気まで澱み始めた気がする。
この声は何か?
心霊現象か?
……違う。
クラスメイトの――今だけはクラスメイトと呼びたくないが――男達の恨み辛みを拗らせた嫉妬の声だ。
「今日も始まったか……」
と、思わず溜息混じりに呟いた。
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