第4話 夢を売る仕事
僕は頭がくらくらした。そりゃあ、この子が悪い。契約書をろくに読まず、いいことしか言っていないパンフレット、それも古いものを鵜呑みにして、最上級のプランを組んだつもりでいるなんて。
(でもこんな行き違い、いままでみたいに丁寧な聞き取り調査をしていれば起きないはずだ)
シフォン少年に体験ツアーのことをどう説明したものだろうか。落胆させてしまう。いや、そうだ、むしろ危険な点を過剰なまでに説明して元の世界に帰りたいと思わせればいい。最初から「こうだとは思わなかった」とがっかりさせるつもりだったんだから、何も変わらない。
少年の発言には驚いたが、それだけだ。
「シフォン様、詳しくは着いてからご説明させていただきますが、シフォン様が申し込まれたのは体験の――」
期待をぶち壊すのは罪悪感があるが、僕のせいじゃない、断じて。
「ボク、ずっと異世界転生が夢だったんです! でも勇者になるみたいなのは向いてなくて、なのにどこのプランも華々しいやつばっかりで……この体験プランは冒険とかないし、めちゃくちゃこういうの待ってたんです!」
「は、はあ」
いや、体験版であることは理解してるようだ。ということは、以前からパンフレットを見て気にしていたが内容が折り合わず、体験ツアーなら戦わなくてもいいと思って申し込んだ、という感じだろうか。
弊社には「平穏な暮らしプラン」もあったが、需要が少ないのでほとんど宣伝していなかった。どうやら彼には届かなかったようだ。
「行った異世界が気に入ったら、そのまま転生を続けられるんですよね? 魔王退治とかしなくてもいいんでしょう?」
「あー……継続していただくには、それなりの職業についていただかないと……お支払いの方が」
「あ、そうか、そうでした。払えないと元の世界に戻されちゃうんでしたね……」
ぎゅ、と胸が痛む。この体験プランの契約は酷いもので、継続となったらそのまま半永久的に異世界で得た報酬の一部を搾り取り続けるものだ。そして、払えなかったら元の世界に戻される――戻してもらうこともできない。ただ見捨てられるだけ。
「頑張ります! そうだ、料理ならまあまあできるんで、創作レシピとか考えます!」
「衛生にはお気をつけください……」
僕はようよう、そうとだけ言った。
いいのだろうか。こんな商売をして。
弊社よりもっとまずいことをしている会社はいくらでもある。
でも、いいのだろうか。
僕は、夢を売る仕事をしていたんじゃないのか?
「――シフォン様! あのですね!」
「何でしょう!」
期待に満ちた瞳。
夢が叶うのだと、みじんも疑っていない笑顔。
「……僕が、お手伝いします。弊社のアフターフォローは、とても評判がいいんですよ」
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