#171 基礎と携帯調理器具

 話は少し巻き戻って……。


「よく勘違いしているヤツがいるんだが、才能が無くても冒険者にはなれるし、街で末端の労働者になるよりもコッチの方が稼げる」

「でも、そのぶん危険、なんですよね」


 今日は鍛冶ギルドの依頼で、キョーヤ様のお手伝い。ようするに雑用なのだが…………こういう時は普段の講習と違い、他愛のない話や、裏事情などの変わった話が聞けて面白い。


「まぁそうなんだが、ポンポン死ぬほど危険ってわけでもない。だから体力に自信が無くても冒険者になるのは、実はありなんだ」

「たしかに……」


 じっさい、今がそうだ。サポーターとしての仕事はそれなりにあるし、比較的安全なエリアのクエストなら私でも出来る。というか収集品が嵩張るとか、無駄に時間だけとられるみたいなクエストに高ランクのフルパーティーは不用。そういった場合、パーティーを組んでいても、賃金の安い私みたいな者を雇ったほうが、かえって効率が良かったりする。(その間に仲間が別の仕事をこなせる)


 しかし三ツ星ウチでは、冒険者になるのを推奨していない。


「だが…………成功している者との接点もあるからな。心理的にその状態を納得して続けるのは、案外難しい」

「それは…………そう、ですね」


 私はもともと奴隷とさほど変わりない底辺の貧乏一家の出なのであまり気にならなかったが、やはり底辺に身を置くのは惨めで、とくに女は噂話や比較が大好き。成功している人の粗を掘り返したり、逆に自分の不幸・弱者アピールをしたり。そしてその状況に耐え切れず、他者の足を引っ張ったり、寄生したりしてしまう。


 ウチから積極的に冒険者をだしたら、まず間違いなく『活躍している男性冒険者に取りいろうとしてトラブルを続出させてしまう』だろう。


「だから冒険者組は、能力よりも性格重視。そういう意味では、お前は問題無いから……(こうして使っている)」

「その、ありがとうございます」

「あと、これは冒険者になろうとするヤツ、共通の問題なんだが…………基礎を疎かにしがちで、実力を過信してアッサリ死ぬ」


 たしかに賢く堅実にやっていける性格なら、そもそも冒険者の道は選ばないだろう。キョーヤ様のように剣も商才もという人は稀で、大抵は何か"道"を選ぶと他が疎かになってしまう。


「そう、ですね。がんばります」

「本当は、魔法使いでも体力はあった方がいいし、剣士だって頭が良いにこしたことはない」

「そうですね」

「あと、中級以上の技能は実戦ではあまり使わないのに、分かりやすい"出来る出来ない"や威力で比較しがちだ」

「あぁ、たしかに」

「じっさい俺も、高度な魔法や剣技は使えないが、いちおうユグドラシルではトップをはっている。俺がつかえない技を使えるヤツは何人もいるが、実戦でそいつらに負ける気はしない。基礎ってのは、極めればそれだけのポテンシャルがあるんだ」

「はい」


 基礎が大事なのは分かったが…………キョーヤ様には別の部分で才能があるので、そこは参考にならないと思う。それは計算の速さと商才がイコールでないのと同じ。そして商才があるからこそ小手先のたくらみに頼らず、実力勝負にでるのが強いのだ。


「まぁなんだ、だからって皆が皆、極める必要も無いんだがな。仕事ってのはそれぞれ必要だからあるわけで、雑用や汚れ仕事でも、誰かが引き受けなければならない」

「はい」

「なんだか話が取っ散らかってしまったな。……よし、問題無し。早く終わったな」

「お疲れ様です」


 ひとまず作業は終了。この程度の作業なら、わざわざキョーヤ様が出向くこともなさそうだが…………そこはブランドというか、依頼する側は"信頼"を買っている部分もあるので疎かにできない。


「さて、さっさと帰るか? それともここでメシ……」

「食事で!」


 今日は長引くことも想定して調理器具も持ってきている。もちろん、施設にかえった方がちゃんとした食事にありつけるのだが、それはあくまで施設の食事。キョーヤ様は、仕事が終わればそれっきりなタイプなので、キョーヤ様が作る食事を食べる機会は非常に貴重なのだ。


「お、おう」

「そ、その、お手伝いします」


 ちょっと食い気味になってしまい、恥ずかしい。これではまるで、私が腹ペコキャラみたいじゃないか。


「いや、手伝いがいるほど複雑なものでもないが、そうだな。簡単な料理だからあとでやってみろ」

「はい、がんばります」


 それはさておき、見慣れない筒状の魔道具をとりだすキョーヤ様。料理もそうだが、調理法からして変わったものが多く、本当に毎回驚かされる。


「これは、加熱機能のついた油壷みたいなものだ。煮たり焼いたりってのは匂いで魔物を引き寄せたり、痕跡が残るからな」

「はぁ……」


 あらかじめ用意したものに加え、現地調達した食材を串にさし、白い液をつけて油に投入。小麦色に揚がったら……。


「こっちは塩で、こっちはタレだ。お好みでどうぞ」

「いただきます。……ハフハフハフ!!!!」

「あぁ、熱いからな」


 焼けているのだから熱いに決まっているのだが、火が出ないのと(お湯などに比べて)変化が地味なので油断してしまった。


 しかしキョーヤ様の料理は、シンプルなのに奥深くて美味しい。なんというか、素材の良さを最大限引き出している感じだ。


「これは何という料理なのでしょうか?」

「あぁ、串揚げだな。茹でたり焼いたりすると肉汁なんかが逃げてしまうが、これは衣で閉じ込めることで旨味を逃がさない」

「なるほど」


 大量に油を使うので高そうな調理方法だが、たしかに美味しいし、野外食として理にかなっていると思う。


「それじゃあ俺は……」




 こうして私は今日も役得にあずかり、いろいろな意味でお腹むねがいっぱいになった。

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