#170 適材適所

 私はキョーヤ様の才能を理解している。そして私が…………特別な"なにか"になれない凡才であることも。しかし物事は、才能だけで決まるものでもない。それは運であったり、特別な需要であったり。そして今回はそれらを見抜く慧眼を持っているキョーヤ様の指導だ。私だって……。


「その、すいません。あれだけ熱心に指導してもらったのに」

「まぁ、予想はしていた」

「ぐふっ!」


 まぁ、その、私の芸は……………………………………いまいちウケなかった。


 あれから三ツ星の作業員は、余暇時間を活用する形で各地の酒場などで余興をおこない、追加の収入と、生甲斐や新たな価値基準を得た。もちろん若輩者の芸なので、本業の吟遊詩人や踊り子には到底及ばないのだが…………それでも中には客に気に入られて結構な金額を集める者や、出会った相手といい雰囲気になりつつある者もいる。


「こういうのは中途半端に上手いと逆にウケない。下手でも頑張っていたり、愛嬌があったりするほうが応援したくなるし、言っては何だが奴隷したを見るのは気持ちいいものだからな」


 作業員の中にあったヒエラルキーは、新たな価値観の追加で壊滅寸前になっている。というのも私や班長たちのような『あるていど要領のいい者たちの芸』はまったくウケなかったのだ。ウケやすいのは(本当に才能がある一部を除き)むしろ肝心なところで失敗する者や、ちょっと癖が強いと言うか、ハッキリ言ってしまえば"変な子"だ。そしてその中でも境遇や才能にもめげず頑張っている者や、失敗や罵倒を笑いにかえる道化師ピエロ気質な者がさらにウケている。


 もちろん余興がウケなかったとしても、それに対してペナルティーは無い。普段の作業の歩合や、これまでどおり施設に残って物販などで稼いでもいい。ハッキリ言ってしまえば余興は基本無償なので、大変なわりに見合った報酬は得られない。(お酌などのサービスが解禁されれば話も変わってくるのだろうが)ほとんど自己満足か、将来の布石としての意味合いが強い。


「その、このまま続けても、私では、ご期待に……」

「あぁ、別に嫌なら辞めればいいぞ。そもそも俺、見ないし」

「「…………」」

「はい、じゃあ辞めます」


 それじゃあ『なんであんなに熱心に指導したんだよ!』と声をあげたくなるところだが、おかげで他の人たちに余興の何たるかを説明できたし、芝居ショーなどは指導無しでは実現しなかっただろう。


 余興で得られる個人収入は微々たるものだが、余興そのものは好評で、とくに芝居は捌ききれないほど公演依頼が集まっている。いちおうユグドラシルには歓楽街もあるのだが、そこに行くよりは遥かに安くすむし、同じような出し物でもコチラは方向性(見て感心するというより、応援する楽しさ)がまったく違うのだ。


「そういえば…………"アイツ"は、どうしてた?」

「アイツ??」

「えっと、り、りり……」

「リオンさんですか?」

「そう、それ!」


 時々不安になるのだが、キョーヤ様は私の名前を憶えてくれているのだろうか?


 普段の言動からは想像もつかないが、あれでキョーヤ様は他人とのコミュニケーションが苦手で、話している相手と視線を合わせることもない。たぶん他者の見分け方も、顔や名前ではなく、骨格や、それこそオーラ的なものを見ているのかもしれない。


 実際私も、視線が合った事はなく、いつも胸やお尻を見られているし。


「えっと…………ちょっと頑張り過ぎというか、いえ、上手くやっているとは思うんですけど、抱え込むというか、頼るのが苦手というか」

「あいかわらず、みたいだな」


 遠い目をするキョーヤ様。やはりリオンさんは、単純な部下とは違うようだ。


「その……」

「……」

「……いえ、何でもないです」


 キョーヤ様が気にかけるほどの相手に興味はあるが、やはり詮索はしないでおく。


「まぁなんだ、俺は好きにやっているから、お前も、アイツも、好きにやればいい」

「……はい」


 ちなみにキョーヤ様の『好きにやれ』は権限を貰える反面、ある種の試練でもある。そのため権限を悪用するような真似をすれば、当然のように解任とばされるので注意だ。


「「…………」」

「ってことで、"副"施設長、よろしくな」

「はい??」

「補佐や代役が居れば、アイツも休みやすいだろ」

「……そう、ですね」


 正直言うと私は下っ端気質で、今の総班長も含めて役職は御免こうむりたいのだが…………何故か今回は、断る気は起きなかった。





「なぁ、今日も一勝負……」

「いや、私、芝居の練習がしたいから」

「菓子はどうだい? 安くしとくよ」

「あぁ、外で買ったから、別に」

「「…………」」


 立ち尽くす班長と取り巻き。あれから賭博は席をうめるのも難しくなり、物販も(外に出る機会が増えた事により)ほとんど売れなくなってしまった。


「どうするんだ、班長。席はともかく、こうも(物販が)売れ残ったら……」

「そ、そんなの…………お前たちも考えろよ!!」

「「…………」」


 賭博は中止にすれば済む話だが、食料は仕入れの出費や消費期限の問題がつきまとう。


「なぁ、もう、潮時なんじゃないか? 私たちも……」

「はぁ!? あんな日銭稼ぎクズどもに小銭をせびるような仕事、私にしろってか!!?」


 班長たちも1度は余興に参加したが、披露した芸はまったくウケず、耐えがたい屈辱を味わった。しかし彼女たちが披露した芸は、他と比べて特別劣っていたわけではない。違いがあるとすればプライドが邪魔をして道化になりきれなかったことと…………冒険者たちを見下す内心。客観的に比べれば、奴隷落ちした班長たちの方が"下"なのだが、それを認めるのはプライドが許さない。


「いや、まぁ、私だって……」

「そもそもさ、娼婦みたいに酔っ払いに尻を振って、人としてどうなんだ? 恥ずかしくないのか??」


 彼女たちは、これまで"下"を見下す事で自分たちを高め、この境遇に折り合いをつけてきた。私は特別なんだ。本当の私はこんなものじゃない。まだ、手遅れではない。それらは相応しい立場にあれば1つの原動力になるものの…………実力が伴わない場合、足枷として行動を鈍らせ、沼の底へとその身をいざなう。


「それじゃあ、どうするんだ? 作業で稼ぐか、それとも……。……」




 数日後、班長たちは窃盗をはたらいたことで…………今度は犯罪者奴隷として再度奴隷商のもとへと送られた。

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