#169 目標の多様化

「その、この格好は……」


 体のラインが出る白のピッチリとした下着に、メイド服を模した黒のタイトドレス。スカートは驚くほど短く、すこし屈めば簡単にパンツが見えてしまう。


「なにって制服だ。似合っているぞ」

「いえ、そんなことは。それに…………こういうのはもっと、相応しい人が」


 こういう服は、私みたいなチンチクリンのスットンツルツルには似合わない。本来はもっと大人っぽくて、出るところがしっかり出ている人向けだ。しかしながら思ったほどエッチには見えない。あしらわれたフリルのおかげもあるだろうが、可愛さや健康的な印象が先行する。


「ちなみにソレはパンツではなくレオタードだから見せても良いのだが、出来るだけ恥じらいをもってほどよく隠すように」

「はぁ……」


 もちろん冒険者でも動きやすさを重視する戦士タイプの人は、もっと際どい装いも全然ある。あるのだが、この制服は下手に隠している分、完全に狙っていると思う。


「あとだな、必ず毎回違う色のパンツ…………じゃなかったレオタードを着るように。それと立場や所属はここの色で……。……!」


 熱く語るキョーヤ様。そういえば最初に会った時も服装には並々ならぬこだわりを見せていた。そしてこの制服、たぶん値段を聞いたら卒倒するくらい高いものなのだろう。


「その、これはつまり…………体を、その……」


 覚悟はしていたが、やはり剣(戦闘の心得)も学もない女が稼ごうと思ったら娼婦になるのが近道。しかし私のような若くて発育の悪い小娘は非常に安く買いたたかれる。単純な魅力もそうだが、病気などのリスクも高い。


 とはいえ、それでも選択肢があるだけマシ。そこは女に生まれて本当に良かったと思う。もし私が男だったら…………身売りして家族を助ける事も出来なかったのだから。


「そうだ。これからお前たちには、夜の酒場で…………歌や踊りを披露してもらう!!」

「……はい????」

「だから、歌って踊るんだよ。ちょっといい酒場には、踊り子や吟遊詩人が芸を披露する舞台があってな、そこで……」

「待ってください! 私、そんな心得は……」


 こう言っては娼婦の人に失礼だが、娼婦ならまだしも吟遊詩人なんて到底つとまるはずがない。あぁいうのは幼い頃から相応しい教育を受け、感性を磨いた者にしか……。


 そうか、リオンさんは準貴族。たぶんその手の心得があるのだろう。


「そんなものは必要ない。若さと勢いで乗り切れ!」

「えぇ??」

「歌や踊り以外でもいい。ただし安易に体を売るのだけはやめろ! ようするに期待に対して、何が提供されるかなんだ。娼婦相手にヤレなければ腹も立つが、男ってのは給仕の揺れる尻を見るだけでも興奮するし、癒されもする。そういう生き物なんだ!!」

「はぁ……」


 キョーヤ様のプランはこうだ。

①、施設での作業は継続する。かりに冒険者になって大金を稼げるようになったとしても、三ツ星の基盤は食品や魔道具などの生産品であり、それらの供給は維持する。


②、余暇の時間を使って歌などの出し物を覚える。しかし目指すのは本格的なそれではなく、あくまで"余興"レベルで、芸の完成度よりも楽し気な雰囲気や少女らしさを重視する。


③、三ツ星が商品を卸している酒場や近隣の広場で演技を披露する。公演は取引先へのサービスであり無償で非営利。しかしそれぞれの演者の名が書かれた支援箱を設置して、『恵まれない少女』に投げ銭を贈れるようにする。出し物は何でもいいが、お触り等の過度なサービスは禁止。


④、施設を卒業する際、公演をとおして知り合った相手に身寄りを引き取って貰える、かも。客と結婚してもいいし、取引先や知り合った商人に売り子として雇ってもらってもいい。それこそ卒業を待たずして身柄を買い取ってもらう手もとれる。


 ちなみに、直接三ツ星が『販売店を用意して、そこで……』ってのは出来ない。(一部例外はあるが)三ツ星は"卸し"であり、直営店を設けて過度に優遇すると、通常の取引先や同業他社との摩擦が大きくなってしまう。そしてなにより、店舗での実作業はトラブルが多いわりに、必要な人員が少ないので三ツ星の基本理念に適さない。



「ようするに価値観や収入源、目標を多様化させるんだ。狭い世界(外の施設内)だと、金とか、価値基準がどうしても限定されてしまう。そこに、たとえばお金は要らないから結婚相手が欲しいとか、没頭できる趣味を作るとか、つまり状況や精神が袋小路にはまらないようにするんだ」

「なるほど……」


 腕がたつのは痛感していたが、やはりキョーヤ様の商才は本物のようだ。もちろん上手くいく保証は無いが、視野が広くアイディアも奇抜。もし失敗しても、それは運の問題であり考えが凄い事実はかわらない。


「それじゃあ、ちょっとやってみようか」

「はい。……はい?」

「とりあえず歌だとこのあたりで、演劇ならヒーローショーってのが……。……」




 その後、演技指導は明け方まで続いた。……つらい。

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