#172 料理人の才能*

「この書類が最後です」

「やっと終わりね。ホント助かるわ、プレシアが居てくれて」

「いえ、私は」


 あれから私は、異例の大出世で外のナンバー2、いきなり副施設長になってしまった。いや、施設長自体が不在のキョーヤ様やリリーサ様の代行なので、ナンバー4ってところか?


「簡単な仕事も多いけど、内容が内容だし、誰にでも気軽に投げられるものではないからね。それに何より…………やっぱり、ちゃんと把握しておきたいし」

「それは、そうですね」


 とはいえ限界はあるので、そこは割り切って仕事を割り振っていかなければならない。ならないのだが、私も自分で抱え込むタイプなので、とやかく言えないと言うか、心が賛同してしまう。


「ヨシッ! これで終わり。まだ間に合うと思うけど、どうする?」


 仕事が長引いた場合、食事は食堂で用意して貰ったものを持ち込んで済ませるものの…………早く終わった時は(施設内の食堂ではなく)、視察も兼ねて外に食べに行くこともある。


「そうですね。その…………よかったら、ユグドラシル内なかで、食べませんか?」

「あぁ……。そうね、たまにはいいか」


 渋々と言った表情のリオンさん。リオンさんやキョーヤ様は、互いに気にかけているフシがあるのに、それと同時に避けている感じもある。そのあたり、複雑な事情があるのだろうが…………そういうの、私は積極的に踏み込むタイプでは無い。





「これが、西風料理ですか」

「何というか、ワイルドで、冒険者受けしそうね」


 ユグドラシル内に移動し、最近できた流行の店に飛び込んでみた。西風ってのが具体的にどういった地域なのかは知らないが…………とりあえず、肉・酒・チーズ・芋、ときどきパンとコーンで、何とも重そうな内容だった。


「ぐっ、かファぃ」

「西は塊肉を惜しみなく使うのが贅沢って認識で、豪快な料理が好まれるみたい」

三ツ星うちとは、真逆ですね」


 リオンさんは貴族家に仕えていた事もあり博識だ。作法もそうだが、高貴な家は使用人のグレードも高く、芸事や食事の知識も求められる。


「パン1つとっても、結構地域で違うわね。固いパンが好まれるところもあれば、ボロボロのパンが好まれるところもある。ウチでいえば柔らかい白パンが最高級だけど、働いている子の中には貧相貧弱。"なにこの歯ごたえの無いパン"って感じる子もいるみたいね」

「あぁ、そうですね」


 私も最初は、キョーヤ様が出してくれた少量の薄切り肉をバカにしてしまった事もあるが…………あとから値段を聞いて、腰を抜かしそうになった。あれこそが肉の味を引き出す最高の食べ方であり、量も、多ければいいというものではなかった。


「このお肉は食べにくいけど、薄くスライスすれば、まだ、何とか食べやすくなるから」

「あっ、すいません」


 見れば固い塊肉に、顔の汚れも気にせず豪快に齧りつく人もいる。さすがにどうかと思ってしまうが、これこそが"本場流"で、こういった"ワイルド感"が西流の魅力なのだろう。


「お気に召さないって顔ね」

「それはその…………正直、顎が」

「フフッ」


 笑われてしまった。食べなれていないのもあるが、やはり西流は私には合わない。至高は今回も更新無し。キョーヤ様の料理が絶対王者として君臨し続けている。


「ウチの料理はシンプルなものが多くて、一見簡単そうに見えるけど、実は! 下処理や、ちょっとした火加減が重要で…………難しいのよね」

「そうですね」

「「はぁ~~」」


 シンクロする溜息。ウチの食材・料理は好評だが、それでもキョーヤ様オリジナルの味は再現できていない。それはコストや生産性の問題などがあるので仕方ないのだが、やはり本来の味が恋しくなるし、再現したいと思ってしまう。


「その、料理人の育成は……」

「ウチの方針に反するけど…………ちょっと余裕が出てきたし、そろそろ考えても、いいかもね」


 ウチは女奴隷を社会復帰させる慈善施設であり、集められた人材的にも"高み"は目指していない。まずは『人並みの幸せを、より多くの人へ』を旨としている。そのため扱う料理も、難易度や採算性が重視されている。


「それじゃあ!」

「でも、誰でも良いわけじゃないからね」

「ぐっ」


 料理の奥は深い。私も『上手いか不味いか』くらいは分かるし、簡単な料理なら作れる。しかし繊細な味の違いは分からないし、新しい料理やその場に合わせた細かい調整はサッパリ分からない。そのあたり、料理のセンスだけでなく、経験や味覚など、選ばれた人にしか極められない希少な技能なのだ。


「まぁ、焦る事でもないし、じっくり考えましょ」

「はい! 頑張りましょう!!」

「アハハハ……」


 気のせいか、リオンさんの表情から『根負けしたよ』みたいな雰囲気が漂ってくる。



 それはともかく、こうして私たちは、本格的な料理人の育成に取り掛かる事となった。

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