#167 バランス

「何か飲むかい?」

「いや、私、お酒は……」


 施設長室でいいのか? 私はリオンさんの仕事部屋に案内された。


「そう」

「「…………」」


 高く積まれた書類の数々。世の"お偉い様"には2種類いて、作業は部下に任せて指示に専念するタイプと、極力自分で出来る事は自分でやろうとするタイプにわかれる。キョーヤ様は前者であり、リオンさんは後者なのだろう。


「施設に来てしばらくたったけど、この施設、どう思う?」

「えっと……」


 理由は分からないが、どうやらお酒をすすめたのは『腹をわった意見が聞きたかった』からのようだ。本来その様な事をする人ではないだろうから、たぶん私がキョーヤ様直属の奴隷ということが影響しているのだと思う。


「別に、気に入らない事を言ったからといって処罰するとかはない。それに…………勝手にそんな事をしたら、私のクビが飛びかねないしね」

「そんなこと……」


 まぁ、無いとも言い切れないか。キョーヤ様は基本的に寛容ではあるものの、決断にかんしては冷徹でハッキリしている。リリーサ様が雇っているであろうリオンさんを解雇できる権利があるかは別にして、必要と思えばバッサリ切り捨てるのがキョーヤ様だ。


「聞いているかい? 私が準貴族だってこと」

「え!?」

「あぁ、畏まらなくてもいい。しょせん妾の子。継承権がないどころか、血をひいている事を公言できない立場だから」

「はぁ……」


 リオンさんは若い。二十歳前くらいか? 混血って可能性もあるが、どちらにせよここまで大きな施設を任せるには若すぎる。


「私を拾ってくれたリリーサ様や、こうして役職を与えてくれたキョーヤ様には感謝している」

「様、ですか」

「あぁ、深い意味は無いよ。そういう人たちに囲まれて育ったからね、癖みたいなもので」


 敬称で無暗に相手を持ち上げるのは厳禁だ。たとえば上司や取引相手であっても様付けで呼ぶことはない。"様"は最上級の敬称であり、貴族や奴隷の主人に向けて使うために常用はさける。


 にもかかわらずキョーヤ様を様付けで呼ぶということは、口にはしないものの、まだ何かあるのだろう。貴族絡みか、奴隷絡みかは知らないが。


「そうですか。それで……」

「ここの感想を聞かせて欲しい。率直な意見をね」

「そうですね。……大胆と言うか、思い切った事をしているなと」


 この施設のやり方は、画期的というか…………そう、言ってしまえば『権力者が考えそうな手段』という印象だ。


「倫理的に問題があるのは理解している。しかし閉鎖的な空間で、やる気と危機感を持ってもらうためには必要だと考えた。まぁ、それも最近は(成果が)右肩下がりだが」


 あまり絡みの無い班もあるが、5班以外の班長もあの手この手で評価を伸ばそうとしている。問題もあるが、たぶんこの班長制は少なからず成果に繋がっていると思う。ただし…………鉱山のように鞭にモノをいわせるスタイルと比べて、どちらが効率的かは分からないが。


「その、難しい話はわかりませんが…………えっと、たぶん前提としては間違ってないんだと思います。一長一短があって、悪いところが目立つというか、農業でいうところの間引きが上手くいっていない感じで」


 娯楽や物販はたしかに労働意欲につながると思うが、ギャンブルで他班の成果を横取りするのはやりすぎだ。少なくとも生産性向上にはつながらないはず。


「そう、か……」


 言うのは簡単だが、実際の加減は思いのほか難しいもの。5班なら問題こそあるもののトータルで見ればプラスだし、必要悪として君臨することで生まれる恩恵もあるだろう。それに生産性こそ低いものの、精神的なケアを重視する班の扱いも難しい。


「その、キョーヤ様に直接訪ねるのはどうでしょう? 何かしらの……」

「それは! ……いや、そうなんだろうが、キョーヤ様は外に出られないし、何よりお手を煩わせるわけには」


 思ったのだが、リオンさんの思考は貴族というより使用人に近いのだろう。献身的というか、とにかく抱え込んで自力で何とかする。


「それじゃ、キョーヤ様なら…………ん~」

「…………」


 キョーヤ様ならどうするか? まずは指示こそ出すものの、継続的に自分で何かするってのは考えにくい。あれで成果は重視しないので、それこそ『このままでよくね?』とか言いそうだ。


「そうだ、いっそ必要悪として、誰か管理できる人に憎まれ役を集中するのはどうでしょう?」

「それは……」


 キョーヤ様は勇者であり凄腕の冒険者なのだが、界隈では尊敬どころか恐れ、憎まれる立場にある。あの状況で平然と活動できる精神は凄いと思うが…………ようするにバランスなのだ。必要な脅威として程よい緊張感を与えつつ、悪に染まらず、過度な善も抑制する。


「誰にでも出来る事で無いのは承知していますが、もし任せられる人材がいれば……」

「…………」

「あの、なにか?」


 リオンさんの鋭い視線が、私を真っすぐ射貫く。


「すぐに手配するから、お願いね」

「ちょ!!?」




 こうして私は、スピード出世で新たな役職・"総班長"に任命された。

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