#166 魔の手

「ん~~~。どりゃあ!」

「「おぉぉ!」」

「よっし! また勝っちゃって、悪いね~」

「そ、そんな……」


 共有スペースに班長達の歓声と悲鳴がこだまする。


 施設では基本的に班単位で行動するのだが、それはあくまで最低単位であって、他の班と交流する機会は思いのほか多い。


「ここぞって時の引き運には、自信があるんだよね~」

「そんな、それがなくなると……」

「ダメダメ。そもそも賭けたのはアンタの意思だろ?」


 ギャンブルというものはどれだけ"公平"に見えても、必ず胴元が勝ち越すように出来ている。一時的な変動こそあるが、つまりは『のめり込んだ時点で負け』であり、班長を肥やす結果に集束してしまう。


 まぁ、その勝ち越すシステムは分からないけど、たぶんそういう風に出来ているはずだ。


「どうする? 私はこのまま終わってもいいんだけど」

「それは…………その、また、頼めるか?」

「ヘケッ、まいどあり~」


 待ってましたとばかりに"手形"をかわす班長。5班の成績が良いのは成果主義なのもあるが、他班から"成果"を巻き上げているのも大きい。


 賭けはとうぜん手持ちが無くなったら終わりなのだが、合意があれば作業成果もチップに利用できる。ようするに『給料の前借り』のようなものなのだが、単純な支払いと違ってこの場合は、本来その人・班にカウントされるはずだった作業成果が他者・他班に流れてしまう。結果的に班長や5班の評価があがり、より班長が好き勝手出来るようになると同時に、他者・他班の評価も下がるのでそこでもさらに評価が(相対的に)あがる仕組みだ。


「まったく、荒稼ぎしやがって」

「5班は物販でも稼いでいるんだろ? まったく」

「金のためなら平気で同僚なかまを踏み台にする。ああはなりたくないね~」

「ほんとほんと」


 周囲から愚痴が漏れ聞こえるが、その人たちの顔には『羨ましい』の文字が浮かび上がっている。物販でもギャンブルでも、けっきょく班長の手腕があってこそであり、嫌なら自分で仕入れるなり、賭けにのらなければいい話。そこに何かしらのトリックがあったとしても『自由意思で誘いに乗った事実』はかわらない。


「よっし!! また勝っちまった。なんか悪いね~」

「そ、そんな、あ、あんまりだ~。う、うぅ、これじゃあ、明日から……」

「まぁまぁ、こんな日もあるさ。これ、あげるから元気出せよ」


 そういって泣き崩れる敗者カモに見覚えのある果実酒と菓子を手渡す。あれで班長も匙加減は分かっているようで、それ以上の追撃はしないどころかフォローを入れる。いくら班長でも、本気で周囲を敵にまわせば勝ち目は無い。仕入れのツテやギャンブルの才能ばかりに目が行きがちだが、上手くいっている本質はそういう部分にあるのだろう。


「あっ、プレシア、戻ってきたんだ!」

「しまっ……」

「ちょうど卓に空きが出来たんだ、アナタも……」


 何かと理由をつけて断っているのだが、班長は私もギャンブル沼に突き落とすつもりのようだ。私は酒やギャンブルに良い思い出が無いどころか、身を滅びした人を何人も見てきたので拒絶したいし、正直何が良いのか分からない。


「いえ、私は……」

「まぁまぁ、そういわず。というかプレシアは絶対才能あるから」

「そ、そんなことは」


 まぁ、最初にマグレ勝ちしたあと、そのまま勝ち抜けしたのが悪かったのだろう。勝ちといっても少額だったのだが…………最初に無理やり参加させられた時に『どんなに少額でも1回勝ったらやめる』と決めていた。ギャンブルの怖いところは『なんの苦労もなしに大金が手に入ってしまう』ところだ。


 詐欺やスリもそうだと思うが、人は簡単に大金を手に入れてしまうと、それ以降コツコツ働くことが出来なくなってしまう。失敗例を数えきれないほど見てきたので『私は大丈夫だ』と思う気持ちはあるが…………酒と同じで正常な判断ができなくなってしまうらしいので、私は私も信用しない事にしている。


「すまない、プレシアはいるか?」

「し、施設長!?」

「どどど、どうしてここに、珍しいですね」


 そうこうしているとリオンさんが訪ねてきた。彼女はそうとう多忙らしく、基本的に作業員との接点は無い。


「だからプレシアに用事があってな。あぁ、ほかの者は私にかまわず続けてくれ」


 ギャンブルの場を見られて挙動不審になる班長。たぶんだが『当初のお目こぼし範囲』を逸脱しているのだろう。しかしリオンさんがそれらを気にする様子は無い。まぁあれだけ好き勝手やっているのだ、隠せているわけがない。


「えっと、御用でしょうか?」

「すこし聞きたい事があってな。今、出られるか?」

「…………」

「大丈夫です! ささ、どうぞどうぞ」


 班長に目くばせをしたら、快く見送ってくれた。今後ギャンブルのお誘いを断る時は、リオンさんの名を使えるよう頼んでみるのも良いかもしれない。




 そんなこんなで私は、今宵もギャンブルの魔の手を躱していた。

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