#165 腹積もり
話は少しさかのぼる。
「……大丈夫なのでしょうか、その、なにか無礼があったら」
「そういうのは大丈夫。あれでも軍事系で、下々の者とのやり取りも多いからな。無駄に威張りちらすとか、生意気な口をきいただけで処刑ってのは無いから」
三ツ星商会の権利者は、てっきりキョーヤ様だと思っていたのだが、実はそうでは無いらしい。正式な権利者は準貴族のリリーサ様で、パルトドン家の縁者となる。
準貴族にも色々あるそうだが、リリーサ様はパルトドン家の直系ではあるものの、兄に家督相続が決まっており、リリーサ様本人に直接パルトドン家の貴族特権を行使する権利はない。例えるなら、家業(農地)を継げない農家の末娘だろうか。その場合他の貴族家に嫁ぐか、なんらかの功績をあげて国に新たな貴族(枠)として認めてもらうしかない。
「大丈夫ですよ、リリーサ様は…………女性限定ではありますが非常に寛容な方で、あと、そもそも普段は会えませんから」
「ハハッ、何度か殺されそうになったな」
「プっ、そうですね」
「えぇ……」
本当に面白そうに笑い飛ばすキョーヤ様。
ちなみに紛らわしい話だが、三ツ星でも中と外で実は権利者が違う。中は鍛冶ギルドの施設で、その余ったスペースを新人の初期教育や冒険者志望の宿舎として借りている。キョーヤ様の立ち位置はどちらかと言えば鍛冶ギルド寄りで、新型魔道具の開発などに協力しているが、それらは三ツ星"商会"の事業でもなければ商品でもない。
そして外の施設や商会としての三ツ星を仕切っているのがリリーサ様であり、その後ろにパルトドン家が控えている。リリーサ様自体は商会の用事や奴隷の買い付けで不在がちらしく、私もまだ会ったことはない。
「まぁ、
「基礎講習は基本的に中でおこなわれますからね」
「あぁ……」
「まぁ別に特別何かしろって話じゃないんだ。いつもの講習の延長だと思ってほどほどに頑張ってくれ」
そのわりにはキョーヤ様に限らず、何か企てている雰囲気を感じる。秘密裏に私に何かさせようとしているのか、あるいはただの囮か。
「その、普通に働いてくればいいんですよね?」
「そうだ。"いつもどおり"でいい」
「そう、ですか」
引っかかるものはあるが、それならいつもどおりマイペースにやらせてもらうだけだ。
*
「頑張って成果をあげれば、それだけ上は評価してくれるわ。なによりここでの頑張りは、将来、きっと役に立つはずよ!!」
「はい」
「そこ! 手が止まっているよ。何してんのー!」
「す、すいません」
「「…………」」
口はよく回るが、班長はほとんど作業にくわわらない。いちおう彼女は5班の監督役なのでそれでもいいのだろうが、やはり釈然としないものがある。
とはいえ、それが5班の方針なら従うまで。ぶっちゃけ、そういうのを指摘するのは苦手だし、指摘したあとの雰囲気もそれはそれでストレス。とりあえず派遣期間が終わるまで我慢して…………終わったらキョーヤ様に甘いものをご馳走してもらう方針だ。
「 ……無理しなくていいから。心に余裕がなくなると、ミスも増えちゃうよ」
「はい、すいません」
「ほら、リラックスリラックス。自然体でいこ~ぉ」
むしろ5班の方が、無心で作業に専念できる分やりやすいまである。作業場では他の班も作業しているのだが、私としては無駄にフレンドリーで過剰な仲間意識を押しつけてくる班(班長)のほうが苦手だ。
「時間です。4~6班は交代で……。……」
そうこうしていると、ようやく本日の作業が終わった。班長は直接作業に貢献していないものの、5班のトータルの成績は良いらしく、班長のあの態度が許されているのもその成果あってこそらしい。まぁ、そのせいでストレスをため込んでいる班員もいるようだが…………私としてはもっと過酷な環境で育ったこともあり、そこまで気にならない。
「プレシア、ちょっといい」
「え? あ、はい」
仕事終わりに班長に声をかけられた。これから夕食なので、出来れば手短にお願いしたいのだが。
「アナタ、手を抜いていたわよね?」
「え、そんなことは」
とくにミスをした覚えは無いし、流れにも乗れていた。さすがにベテランの人たちほどでは無いが、怒られるほど遅かったとは思えない。
「でも、アナタならもっとできたはずよ! 実際、ミスはしていないみたいだしね」
「あぁ、それは……」
「ミスはミスで困るけど、そうやって安全なところで無難にやっていると、成長できないと思わない?」
「そう、ですね」
あぁ、やっぱり5班は無理かも。いちおう申請して(正規)職員に許可を貰うか、班長同士の合意をえると班を交代できるらしい。
「まぁまぁ、班長、お小言はそれくらいにして。もたもたしていると~、好きなメニューが無くなっちゃいますよ~」
「あぁ、そうね。プレシアも、慣れない作業で大変だったでしょう」
「え? あぁ、その、すいません」
あっさり引き下がる班長に拍子抜けしてしまう。もしかしたら、この一連の流れは示し合せ。反感を買いやすい発破をかけつつ、仲間にフォローさせて班に残ってもらう。あれでなかなか、班長は考えているようだ。
そんなこんなで班長に感心しつつも、私は外での作業を淡々とこなしていた。
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