#164 生きがい

「ごはん、イマイチだったんじゃない?」

「いや、その……」


 反射的に言葉を濁したが、たしかに味はイマイチだった。しかし別に不味いわけではない、むしろ美味しい方だ。中の食事が、美味しすぎただけで。


「大丈夫、ここに居るのは全員同じ立場(の人たち)だから。たしょう愚痴を漏らしてもお咎めなしよ」

「え? あぁそうですね」


 単純に我儘だと思っただけなのだが…………それはさておき、女性が集まる施設なので陰口や噂話は盛んであり、あるていど黙認されているようだ。そういった部分は中の施設でもあったが、施設の利用時間の問題で『班ごとの団体行動』が多く、環境がそれを後押しする形になっている。


「それより、物販! どうする? お勧めは……」

「いや、私は……」

「もしかして手持ちがないの? よければ貸そうか? もちろん利子は取るけどね~」


 共有スペースには物販もあり、日用品以外だとお酒なども販売されている。我々は解放に向けて働いているので、出来るだけ余計な出費は避けるべきなのだが…………閉鎖的な空間で同じ作業を繰り返すのは精神的負担が大きく、くわえて短期的な目標というか、手短な原動力となるものが必要なのだ。


「ど~したの、浮かない顔して」

「あぁ、"班長"ぉ。プレシアったら、お金が無いみたいで」

「いや、そういうわけでは」


 やってきたのは私が所属する5班の班長。班長は食事好きなのか…………ハッキリ言ってしまえば太っている。いや、稼いだお金を何に使おうが個人の自由だが、ここは労働施設であり、しかもお酒や菓子は割高。通常の稼ぎだけでここまでいくのは物理的に難しい。


「来たばかりだし、仕方ないわね。それならコレ、お近づきの印ってことで、どぉ~ぞ!」

「あぁ、プレシアだけ、ずる~ぃ」

「え、いや、その……」


 渡されたのは小瓶に入った果実酒とケーキ(硬いパウンドケーキのようなもの)。本来ならこういった行為は遠慮してしまう私だが……。


「ささ、遠慮しないで、ほらほら」

「え、ちょ……」


 強引に押し付けられるが、(お酒はともかく)甘味となれば私も強くは断れない。とくにココは三ツ星の施設。貴族向けでも通用する極上の菓子も取り扱っている。


「どう、美味しいでしょ?」

「え、あ、はい」


 ぶっちゃけ微妙だった。


 いや、これだって貴重な糖分なのだが、質や甘さがまったく足りていない。多分これは(三ツ星ではなく)近隣の商店で買い付けた安物。昔の私からすれば、これでも充分ご馳走だったが、キョーヤ様にいただいた至高の甘味に比べたら子供だまし。というか本当に子供だましの品なのだろう。


「5班に入れて良かったわね。班長はちょっとしたコネがあって、他じゃこうはいかないんだから」

「そうなんですか?」

「買い付けもそうだけど、施設長(リオン)がお堅くて」


 施設の作業員は大半が奴隷であり、自由に外へは出られない。そのため物販のラインナップにないものが欲しい場合は、その都度申請しなくてはならないし、却下される可能性もある。


 その点、中の施設は冒険者志望の人たちもいるのでわりと外のものも買えたし、閉塞感もそこまで感じなかった。まぁ、わりと自由に外出できた私が(正式な)中の施設の人たちの感覚を代弁するのはおこがましい話なのだろうが。


「あぁ、そんな感じですよね。リオンさん」


 リオンさんは真面目で成果主義、そして他人に無関心で、堅苦しくも冷たく感じる人もいるだろうが…………正直にいうと割と嫌いでは無い。私もどちらかといえば真面目なほうだし、(女性特有の)仲間意識を強要しないところが気楽で助かる。


「そうなのよ~。ほんとうに、困っちゃうわよね」

「でもまぁあれで寛容と言うか、お目こぼししてくれる部分もあるから、助かってるけどね~」

「「フフフフフ……」」

「????」

「よかったら、プレシアもどう?」

「はい?」

菓子あれじゃあ足りないでしょ? 簡単に、稼げる方法があるのよ」


 何となく話が見えてきた。冒険者もそうだが、ようするにギャンブルだ。冒険者ギルドにも居たが、日銭を稼いだら、その貴重な稼ぎを酒や賭博につぎ込んでしまう。冒険者は命がけであり、娯楽ついでに他の方法(死なない)で稼ぎを増やそうとする思考は理解できるが…………この人たちは、そもそも真面目に働くことを馬鹿馬鹿しいと思っているタイプ。いちおう真面目に働いて成果をあげれば歩合給も伸びるのだが、女性は何かと奢られる立場にまわる機会が多く、真面目に働く人を軽視する傾向がある。


「ルールは簡単。卓を囲んで順番に、この3つのサイコロをふるだけ。その……。……」




 こうして外の施設で働く事になったわけだが…………思いのほか空気感というか、汚い女の欲望が渦巻いていて、すでに辟易していた。

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