#163 潜入調査

「……で、ご主人様、最近業績が落ちているそうで」

「どこかで限界はくると思うが、そういう話ではないんだな?」


 基本的に通常業務は担当職員を配置しているので俺の出番はないのだが…………それでも役員であり責任者なので、何かしらの問題や決断が必要な場合は俺のところまで話が回ってくる。


「要するに! 環境が良すぎるのですよ。1度奴隷落ちして心を入れ替えても、本質はそうそう変わるものではありません」

「それ、ご主人様の受け売りですよね」

「ぐっ!?」

「その、問題はそういう事ではなく……。……」


 俺は没頭するタイプなので仕事は早いほうだが、好きで(気になった)やっているだけで基本的にはマイペースで気分屋。得意分野以外は不真面目であり、『やることさえやっていればマイペース大いに結構』な価値観だ。


「ようするに向上心。もっと頑張って稼ごうって"雰囲気"がほしいんだな?」

「そうなんだと思います」


 じゃっかん他人事気分だが、そこは組織が大きいので仕方ない。とくに今回の問題の発端は(ユグドラシルの)外の施設からあがった案件なので余計にだ。ぶっちゃけ個人的には『トータルで黒字ならよくね?』って考えだったりする。


「歩合給は、でているんだよな?」

「はい、むしろ多いほうですね」


 この世界でよくあるのは『上は対策しているけど、中抜きが横行して現場まで届いていない』パターンだが、さすがにそこまで大きな組織でもないので大丈夫だと思いたい。


「これ以上あげるのは本人のためになりません! いま必要なのは鞭! 飴ではなく、鞭が必要なんだと思います」

「ですがそれは……」


 鞭にかんしては、すでにそれなりにある。というかダメなやつは娼館なり鉱山なりに飛ばしているし、作業員は奴隷商で奴隷教育を叩き込まれた連中。それはトラウマものであり、危機感が持てないってのは考えにくい。もちろん、中には死ななきゃ治らないってヤツも一定数居るだろうが。


「まぁ、考えすぎな気もするが、探りを入れてみるか」

「探りですか?」

「あまりこういうやり方は好きではないが、上からでは見えない場所もあるだろう」


 アイツなら体格的にもナメられやすいし、クソ真面目なので問題人物が居るなら釣れるはず。というかすでに1人、いや2人釣り上げた実績があるので適任だろう。





「ごめんなさいね、私のせいで」

「え? そうなんですか??」

「"人手不足"の話、私が(ユグドラシルの)中に持ち込んじゃったの」

「あぁ…………まぁ、もともとそういう役回りなので」


 私はセレスさんの案内で、ユグドラシルの外にある三ツ星の施設に来ていた。私の担当はいまだに明確に決まっておらず、というか、その流れで"補充要員"として各所に駆り出されるポジションに落ち着いている。今回の派遣も、つまりそういうことだ。


「補充や対策が決まったら、また中に戻ってもらうと思うけど、それまでは、お願いね」

「はい、気にしないでください。いつもの事ですし」


 本音を言えば、役得が多いキョーヤ様周りの仕事が良いのだが、本業の冒険者業はレベルが高過ぎてサポーターとしても出番が無い。


 というか! (ダンジョンに出現する魔物は定期的に変動するらしいのだが)今はスイートベアなどの甘いものをドロップする魔物の出現率があがっているらしく、キョーヤ様には少しでも冒険者業に集中してもらいたい。下っ端の私に出来ることなど限られるが、それでも私に片付けられる問題があるのなら喜んで協力したい。


「紹介しますね。彼女が"リオン"、こっちの現場を仕切る監督役ね」

「プレシアです。その、至らぬ点もあるとは思いますが、ご指導ご鞭撻のほどを」

「そう…………まあ、足を引っ張らないよう、頑張ってちょうだい」


 現場監督のリオンさんは、なんというか真面目でサバサバした感じだ。セレスさんはフレンドリーで助けられているが、管理職というのは肩入れしても際限がない。その点割り切った考えのリオンさんの方が適任なのかもしれない。


「はい、頑張ります」

「まぁ、私もちょくちょく様子を見に来るし…………その、えっと、まぁ、頑張ってね」

「「????」」


 何となく察していたが、やはりセレスさんの挙動がおかしい。私としては普段の延長のお手伝いだと思っていたのだが、もしかしたら『言いにくい何か』があるのかもしれない。




 こうして私は、ユグドラシルの外にある施設の補充要員として、しばらく駆り出される事となった。

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