#161 並の冒険者の実情

「魔物と動物の大きな違いは、何か分かるかい?」

「えっと、魔法がつかえるとか?」

「間違っちゃいないが、ようするに体を形作るのに魔力を使っているかどうかって事だね」

「あぁ……」


 ユグドラシルダンジョンでは、三ツ星商会が食品に力をいれている事もあって、食用可能な魔物の討伐や、その下処理の需要が高い。


「ハッキリ言って、魔物の肉は不味い。それはお前さんたちも知ってるだろ?」

「まぁ……」


 血の臭いが立ち込める個室で、私をはじめとする数名が解体されていく魔物を眺めつつ、講師の話に耳をかたむける。


「その理由は、魔力が抜けて肉がスカスカになるからさ。おかげで肉質が驚くほどすぐに悪くなるし、スジも残りやすい。じゃあどうしたらいいかって話だが…………分かるかい?」

「えっと、血抜きと、余分なところを切り離して残す部位を選別する、とかですか?」


 参加しているのはいつもの冒険者向け講習会なのだが、今回は出資元が三ツ星となっている。三ツ星商会における魔物食材の仕入れは冒険者ギルドが窓口となっているのだが…………この講習会や認定試験をクリアすると、買い取りの際の審査が簡略化、ようするに手早く買い取って貰えるのだ。


「自分で食うだけならそれでもいいが、卸しとなればもっと頑張ってもらいたいね」

「それは……」

「食材専門でやっていくなら、手っ取り早いのはカートを買っちまうことだね。保管の魔法がかかっているから、とりあえずぶち込んで魔力を流しておけばいい。幸い、ダンジョンここは買取所も近いからね」


 ダンジョン外では難しいが、ユグドラシルでは管理された道・エリアも多いことから"カート"と呼ばれる運搬用魔道具が活躍している。これには保存や血の臭いを遮断する魔法などがかけられており、最小限の劣化で生肉を所定の場所まで運べる。もちろん……。


「しかしあれって、高いし、完璧じゃないんだろ? そもそも戦闘の邪魔だし…………その、やっぱり高いし」


 カートは高価と言う欠点があるわりに、下処理としても完璧ではないらしく、他にも運用上の問題を数多く抱えている。それでも素人が下手に解体するよりはマシなのだが…………やはり躊躇してしまうと言うか、実のところカートは少し無理をすれば充分買える。しかしながらここに集まった冒険者は、この仕事をあくまで"足がかり"としか考えていない。彼らの最終目的は『最前線で華々しく活躍するのに必要な装備を購入するため』であり、出来るだけお金をかけたくないのだ。


「言い訳するのは簡単だ。たしかにカートは完璧じゃないし、コッチとしても上等な肉が手に入るのは願ったり。難しい技術テクだって喜んで教えてやるよ。しかしそれを習得するには、それなりの努力や才能、なにより(習得に)時間が必要さね。しかしアンタラは、別にそういうのを目指しているわけじゃないんだろ? 解体に限らず、どんな仕事でも投資リスクや地道な積み重ねは必要だ。それを良いとこだけ都合よくつまもうなんて。そんな甘っちょろい考えのヤツに、冒険者が勤まるとは思えないけどね」

「なっ! そんなこと!!」


 実際のところ冒険者は、真面目に働くのが嫌で逃げて(流されて)きた人が大半だ。もちろん、最前線で活躍する人は才能だけでなく、日々の努力も欠かしていないのだが…………少なくともこういう場には、成り行きと言うか、何かと文句をつけてやらない(やらなかった)タイプの人が集まってしまう。


「もちろん冒険者は自由だ。いきなり難しい技術に挑戦したいってんなら止めないよ。その間冒険者業は休止して、解体場で下働きでもしながら仕事を覚えてもらうのが手っ取り早いかね?」

「そ、それは……」

「アンタら冒険者が、地道な作業が苦手なのはわかる。しかし今は下積み時代だ。上を夢見るのも良いが、今しか体験できない事だってある。……違うかい?」 

「………………」


 講師の人の意見は本当にもっともだと思う。しかし…………これじゃあ講義じゃなくて説教だ。私は解体の話を聞きに来ているので、早く本題に戻ってほしい。


「まぁあれだ。やらない理由を探す前に、まずは動いて自分の無力さを知りな。やらなければ、やればできるって言い訳が出来るかもしれないが…………それってつまり今は何も出来ないって事だろ? いっちょ前に身の丈に合わない夢を語るより、まずは出来ない事を知り、出来る事を見つけな。そこでもし手伝えることがあるのなら、全力で手伝ってやるからさ」

「「おぉ……」」


 なんか感動する雰囲気だけど、厳しい環境で地道に働いてきた私には、ビックリするほど何も響かない。




 そんなこんなで講習会は脱線続き、結局私は半日を無駄にしてしまった。

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