#160 義理

「動物系の魔物は、肉などもそうですが、毛皮に価値があります。出来るだけ傷つけずに捕獲したいのですが…………相手も生きるのに必死なので、簡単にはいきません」

「「…………」」


 今日は施設ではなく、定期的にひらかれている冒険者ギルドの講習会に参加していた。


 冒険者ギルドはとうぜん冒険者を管理しているのだが、ユグドラシルは例外で、本来は滅多にないものらしい。もちろん講習会をひらくのにお金や人員が必要になるのは理解できるが、それで冒険者の質が向上すればギルドにもメリットはある。


「出来るだけ傷つけないよう、矢や、剣でも突きでシトめると良いでしょう」


 問題は冒険者側にあって、大半は参加しない。義務化しても結局"自己流"を通そうとしてしまうそうだ。それは、まぁ何となく分かる。冒険者を目指す人たちは、我が強いというか、そんな雰囲気の人たちばかりだ。


「へっ! 俺なら口に剣を突き立て(毛皮は)無傷で倒しちまうけどな」

「もちろん、それが出来るのならそうしてください。でも、相手は生きています。貴方も、口に剣を向けられたら必死で避けるでしょ?」

「それは……」


 それではなぜ、効果の薄いことをやっているかと言えば…………このユグドラシルダンジョンには、聖光同盟という冒険者の組合があり、そこの協力もあってのことなのだとか。


「身体能力だけ見たら、大抵は魔物の方が上です。過信はせず、まずは安全第一で勝つことを目指してください」

「「…………」」


 冒険者は高収入だが、その分リスクも高い。あっさり死ぬ分にはまだいいが、財産と言えるほどの高価な装備を失ったり、場合によっては仲間や手足を失ったりすることもある。冒険者ギルドへの貢献とは別に…………聖光同盟に貢献すると、そういった損失も補てんしてくれるのだとか。


「それでは皆さん座学は飽きてきたと思いますので…………次は第一線で活躍するベテラン冒険者の方々と、模擬戦をしてもらいます」

「よっし! 待ってたぜ」

「ふっ、べつに倒してしまってもかまわんのだろ?」


 あらわれた白い装備の人たちを前に、他の参加者が根拠の無い自信をみなぎらせる。どう考えても勝てるわけないのだが…………冒険者はこのくらい威勢が良くないとダメなのだろう。いや、もしかしたらあの2人のように別格の可能性もあるかもだけど。





「ぐふ……。ま、まいりました」

「みなさん、なかなかスジが良かったですね。これなら追い越されるのも、時間の問題かもしれませんね」


 案の定、挑戦者はあっさり返り討ちにされた。しかしベテランも口が上手いと言うか、妙に褒めて場を盛り上げる。


「才能はあるのですが…………敗因をあげるとすれば、やはり"連携"と"知識"ですね。せっかくの才能をいかせていない。だから……。……」


 私から見て、この中に特別な才能を有する人は居ない。しかしだからといって、それで冒険者を辞められてしまってはダンジョンや組織はまわらない。私もそうだが、底辺には底辺の仕事がある。時には前線であっけなく死ぬ事だって、誰かがやらなければならない重要な役回りしごとなのだ。


「しかし大丈夫! 聖光同盟に加入すれば、君も! もちろんそちらの君も!!」

「我々は人種や財力で人を見捨てません。もちろん、加入して……。……」


 話が一気にきな臭くなってきた。この聖光同盟、たしかに掲げる理想は崇高なのかもしれないが…………どうも宗教じみているというか、詐欺っぽい。


「それでは、手続きをしますので順番に並んでください」

「さぁ、アナタも」

「いや、私は……」


 分かり切った話だが、"全員"を救うなんて不可能だ。もちろん例外があることは分かったうえで言っているのだろうが…………だからって、例外を無視して全員とか絶対なんて軽々しく口にする人たちは信用に価しない。


 それでも昔の私は、同じように流され、搾取される側にいただろう。しかし今は違う。三ツ星の後ろ盾を得て、安定した生活と多少の教養を得た。おかげで聖光同盟に不信感を抱けたし……。


「皆さんも登録していますよ。安心してください」

「いえ、私は"三ツ星"に所属しているので」

「チッ!」


 三ツ星の名前を出しただけでこの効果。使っていいと言われていたので出したが、そうでなくても私は断固拒否しただろう。


 今の私には、いくらか"選ぶ"権利と余裕がある。世の中には受けいれなければならない理不尽もあるものの…………避けられるものも存在する。そのために必要なものは、力であったり、地位であったりと様々だが。




 こうして私は、新興宗教の勧誘を回避して、一応、冒険者としての義理(講義の参加)を果たした。

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