#159 試食会
「それじゃあ"コレ"に感想を書いて提出してほしいんだけど…………文字は、まだ無理か」
「その、すいません」
今日は試食会。施設で考えられた新しい料理を振る舞い、商品化に向けて改良する為のイベントだ。開発担当の人たちは気が気じゃないのだろうが…………食べるだけの私としては嬉しいばかりのイベントである。
「べつに良いけど、出来るだけ読み書きは早く覚えた方がいいわよ。とくに、
「はい、がんばります」
「さて! それじゃあ何から食べようかしら。楽しみね」
「はい!!」
食事がこれほど楽しいとは、ここに来るまで知らなかった。貧しい家に生まれ、飢えは慢性的な悩みだったけど、食事はあくまで"補給"であって"娯楽"ではなかった。
そんな生活が、この三ツ星の施設に来て一変した。一時的にお腹がすくことはあっても、決められた時間に食堂に行けば充分な食事が貰えるし、メニューは日替わりで知らない食べ物を見る機会も多い。施設に所属する人たちの話題が食事にかんするものばかりなのも納得だ。
「これ、食べたことある?」
「なんですかこの…………黒っぽいの」
「シースネークのカバ焼きって言うの。美味しいのよ」
「かば?」
「まぁ、食べてみて」
セレスさんのテンションを見るに、美味しいものなのは間違いないんだろうけど…………やっぱり見た目がイマイチだ。
シースネークは水中に住む蛇の魔物だったはずだが、これはほぼ原形を残していない茶色の板。蛇は臭みが強いので、ここまでしないと食べられないのだろうが…………施設で考案される料理は、ふだん我々(非冒険者)が口にすることのない魔物料理ばかりで、まれに開発初期のハズレも出てくるそうだ。
「うぅ、それじゃあいただきます。…………あれ!? おいしい??」
「でしょ? このフワフワな食感と、甘辛いタレが。ん~~~」
これは本当に発明であり革命だ。もしこれが普通の蛇で再現出来たら、幼少期の私はどれほど救われただろう。
「これ! 普通の蛇でも再現……」
「出来ないみたい。というか、名前こそ似ているけど、別物らしいのよね。シースネーク」
「そう、ですか……」
残念だが仕方ない。というかコレ、蛇の部分が美味しいと言うより、調理方法や味付けが決めてになっている。たとえ普通の蛇に応用できたとしても、そのあたりの問題を解決できるとは思えない。
「でも、ここまで美味しいと…………仕入れ値、あがっちゃいそうよね」
「たしかに。調味料などもそうですが、安定供給が難しそうですね」
「そうそう。勉強、役に立つでしょ?」
「はい!」
施設では読み書きに算術だけでなく、経済学も教えてもらえる。もちろん商人になるつもりは無いのだが…………普段生活していて商人を相手にしない日は無い。そんな相手の考えや裏事情を知るのは、本当に価値のある事なのだ。
「この料理、味はいいんだけど…………見た目と、何より作るのに手間がかかるらしいの。だから売るなら、けっこう高くなっちゃうみたい」
「ですよね。うぅ、商品化したら、食べられなくなっちゃうんですね」
ちなみにこの施設、ダンジョンの外にもいくつかあるものの、外は生産メインで、中は開発メイン。そのためこういった試食会に参加できるのも中の特権で…………べつに上下関係はないのだが、やはり中での勤務を希望する人が多いそうだ。
「それじゃあ次はアレ! ゴート料理! あれならまだ手が出る値段になるはずよ」
「おぉ~」
ハッキリ言って私はバカ舌だ。繊細な違いを判断する舌は無いし、どうしたら良くなるか考える知識もない。しかし美味しいかどうかは分かるし、こんな凄い料理を考えられる人たちを尊敬する気持ちも持っている。そして……。
なぜ、こんな凄い仕事にかかわっていたリンダさんが、その仕事に誇りを持てなかったのか、疑問がわいてしまう。もちろん、下積みの仕事が合わなかったのだろうけど…………私でもここまで感動できるのに、本当に勿体ない。少なくとも、料理担当に選ばれるだけの経験と才能は、あったはずなのに。
「すごい、スジ肉がほろほろ~」
「落ち着く味ですね。でもこれ、作るの、大変そうです」
「まぁ、大変は大変だけど、煮込むのは纏めて一気にできるし、技術もそんなに必要ないんだって」
「なるほど」
「まぁ、全部キョーヤさんの受け売りだけど」
「え?」
「あれ、知らなかった? ここにある料理、大半はキョーヤさんが考えたものなのよ」
「えぇぇ!!?」
本当に、凄い人に買われたものだ。考えてみれば、魔物料理なのだから冒険者が考えているのは納得だが、だからって多才すぎる。
そんなこんなで私は、この幸運に感謝しつつも…………また、食べ過ぎてしまった。
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