番外編エピソード

#145 番外編 勇者と魔王の再挑戦

「……それと、本日、例のご令嬢が到着するそうなので…………その、お願いします」

「あぁ。まぁ、上手くやるさ」


 微妙な表情のイリーナの報告を受け、俺は改めて書状を確認する。


 話は逸れるが、貴族社会において子供の進路は悩ましい問題だ。家督を継げるのは一人であり、それ以外は爵位を失う事になる。もちろん他の家に嫁いだりと回避方法はあるが、それにも膨大な手間暇がかかる。


「ボス! ソイツ強いんだろ? 戦ってもいいか!?」

「だ、ダメに決まっているでしょ!」

「相手次第だな。武闘派らしいから、むしろ向こうから挑んでくるかも」


 基本的に子女は政略結婚も兼ねて嫁ぐ事になるのだが、他の選択肢となると軍人や諜報員になって家や国に貢献する道があげられる。身近なところでいうと(男だが)ニラレバ様が該当する。ダンジョンの監視のために身分を隠して冒険者をやっている。つまり諜報員って事になるのだが、もちろん国から報酬や特権を得ており、そのあと家を継ぐなり、報酬として一代限りの爵位を貰うなどの選択肢がある。


 まぁ、中にはリリーサ様のように問題があって完全に貴族の道を外れる者も居るが…………基本的に明確に平民落ちする者はおらず、表向きは『地方での事業・活動を任せた』事にして社交の場から切り離し、親戚扱いで間接的に貴族特権を持たせ続ける場合が多いようだ。


「ハハハッ! それは楽しみだな!!」

「はぁ~。相手は嫁入り前のご令嬢です。怪我、特に顔に傷をつけるのだけは避けてくださいね」

「おう! 任せろ!!」

「「…………」」


 不安は残るが、俺はレバニラ様の紹介で問題児を引き取る事となった。





「ちょ、"マオ"様! 馬車が……」

「ハハッ! ちょっとしたサプライズだ。気にするな! それよりも"ユーキ"、もう屋敷の者は居ないのだ、様付けは止めい!!」


 貴族用の無駄に派手な馬車が、2人を置いて出発する。


「はぁ~。マオ、まだユグドラシルまで結構あるんだぞ? ここからどうするつもりだよ??」

「そんなもの、歩けば済む話だ。なんなら適当な馬車に乗せてもらってもいい」

「相変わらず、無駄にアグレッシブだよな…………このお貴族様は」


 華やかな装いの女性の名は、マオ・レ・エルドローサ。エルドローサ家の末の娘にして、現在14歳。この歳ですでに"騎士"の称号を獲得した武闘派のお嬢様だが、その姿は驚くほど女性らしく…………髪は炎鉄を思わせる鮮やかな赤。体は充分過ぎるほどの発育を見せており、目つきは悪いもののコレはコレで(主に同性に)需要がありそうな容姿をしている。


「そう褒めるな。照れるであろう」

「誉めてねぇよ。って! さっそくドレスに泥が!!」

「道を歩けば泥くらいつくだろう。なんだ、洗う手間を気にしているのか?」

「そういう問だ……」

「ならば、こうすればいい!!」

「ちょっ!!」


 高価なドレスを躊躇なく引き裂くマオ。このドレスは家が見栄で着させた挨拶用の正装であり、馬車を見送った2人には不釣り合いな代物だが……。


「ハハッ! 動きやすくなったな!!」

「はぁ~。売れば、けっこうな額になったのに」


 スカート部分が大胆に引き裂かれ、その眩しい太ももが見え隠れする。


「軟弱者! 冒険者になるのなら、冒険たびの資金は自分の稼ぎで賄え!!」

「素人が、語ってんじゃねぇよ」


 マオの振る舞いもさることながら、貴族に対して馴れ馴れしく振る舞う従者の名はユーキ。彼は平民ではあるものの、とある事情もあって肩を並べて旅する事となった。


「しかし、ようやく自由になれるのだな」

「まだだよ。これから行くダンジョンで、成人まで"勇者"に訓練を受ける。それが当主様の出した条件だっただろ?」

「相変わらず細かいヤツだ…………なっ!!」

「ちょ、やめろ、胸が!?」


 ユーキの頭を羽交絞めにする破天荒なお嬢様。その光景はカップルのソレと言うよりは、悪友のじゃれ合いを思わせる雰囲気があった。


「しかし、勇者と言うのは気に入らんな。我が認めた勇者は、生涯でただ一人、お前だけだ」

「その生涯は終わっただろ? 今の時代はアレが勇者だって言うんだから」


 2人には前世の記憶がある。その記憶で2人は、勇者と魔王として殺し合った。


「フッ! まぁ、判断するのは見てからでも遅くないか」

「つか、もう前世かつての力は無いんだから、余裕ブッこいていると足元をすくわれるぞ」


 転生により殆どの力を失った2人だが、それでも一度は世界の頂点に君臨した身。前世の経験を頼りに成長し、すでに故郷では敵なしと謳われるだけの実力を身に付けていた。


「なんだユーキ。マガイ物の人工勇者に、後れを取るつもりか?」

「ハァ! まさか! 人工勇者なんて所詮踏み台。こうして同じ人類サイドに転生したんだ。天下を取りに行くぞ!!」

「よく言った! それでこそ我が永遠のライバルだ!!」


 こうして元勇者と元魔王が、ユグドラシルダンジョンに挑む事となった。




 しかしその歩みは遅く、結局到着したのは3日後となってしまった。

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