#144 理想の生活

「すいません。起こしてしまいましたか?」

「いや…………まぁ、そうかもな」

「ZZzzz……」


 夜明け前、俺はイリーナにつられて目を覚ます。


「まだ、時間に余裕はあると思いますので……」

「普段なら既に起きている時間だから、気にしなくてもイイさ」

「はい」


 ローブを羽織り、部屋を出ていくイリーナ。察するにトイレだろう。


 俺は今でもダンジョンでの野宿を続けているが、改築に合わせて自室を整えた事もあり、定期的にコッチでも休むようにしている。まぁ…………自室で就寝する事が"休養"になっているかは微妙なところだが。


「ん~、さむいぞ……」

「よしよし」


 寝ぼけたルビーが抱き着いてきた。


 ルビーも寝起きはそれほど悪くは無いのだが、これもある意味『勘が良い』と言うべきか、何かしらの差し迫った状態でないなら起きないタイプだ。とくに昨晩はお互い頑張ったので、余計にギリギリまで起きないだろう。


「ご主人様。お茶の用意を持ってきましたけど、飲みますか?」

「あぁ、頂こう」


 戻ってきたイリーナが、魔道具に水をセットする。これはいわゆる電気ケトルの魔力版であり、電気配線無しでもお湯を沸かせる代物だ。


「えっと、すいません。せっかくなので、シャワーを使ってもよろしいでしょうか?」

「あぁ、そうだな。気にしないで使ってくれ」


 魔道具に魔力を充填したところで、体の違和感に気づきシャワーに向かう。


 地球だと水の取り扱いには気を遣うが、魔法で生成した水はすぐに消えてしまうので、部屋の中にシャワールーム兼、大型のランドリーを設置するのも容易だ。この部屋にも、金にモノを言わせて大型のものを設置したので、部屋で休んだ後は毎回ベッドごと丸洗いしている。


 まぁ、さすがに水音はするので明け方に使用するのは気を遣うが。


「ん~、いっぱい、出たな~。もう1かい~」

「夢の中の俺も、頑張れよ」


 しかし一見便利な魔道具も、魔力量や金額の問題があるので一概に『どちらが上』とは言い難い。それでもザックリとしたイメージで言えば、本体価格はこの世界の方が上だけど、設置や施工の手間は少ないので『じゃっかん割高』くらいの差に納まっている。


「ふ~、ご主人様も使いますか?」

「いや、俺は後でイイや」

「そうですか。それではお湯も沸いたので、お茶をご用意しますね」

「あぁ、頼む」


 ルビーにしがみ付かれて動けないだけなのだが…………それとは別に、たまに起きた後にも汚れて繰り返しシャワーを浴びるはめになるので、急ぐ必要は無いだろう。


「ん~、またソッチでするのか~。イリーナは、ほんとうにソッチでするの、好きだな~」

「べべべ、別にそこまでわ!」

「寝言だから、気にするな」

「は、はい」


 そういう事は、気づいていても言わないのが優しさ。俺は寝言を連発するルビーの頭を撫でてなだめる。


 ルビーは半獣人なので、耳と尻尾いがいに(外見的な)猫要素は無い。すこし残念な気もするが、話によると獣人は抜け毛の処理が大変らしく、そう考えるとコレで良かったのかもしれない。


「よっと……」

「はい、まだ熱いので気をつけてくださいね」

「あぁ、ありがとう」


 身を起こし、イリーナが淹れてくれたお茶を受け取る。すると傍らにイリーナも腰を落ち着け、同じお茶の香りと、温かさを楽しむ。


 時が心地よく流れていく。しかし、イリーナの表情は次第に渋みをおびる。


「その…………ご主人様が望むなら、私たちの事は気にせず、他の方とも、その、共にしてもらってもイイのですよ?」

「ん? もしかして、リリーサ様の事か?」


 この世界は、財力が許すなら重婚は可能だ。と言うか、国が戸籍を管理していない事もあって(平民の場合だと)事実婚制となっている。簡単に言えば『同棲=結婚』なのだ。


 リリーサ様に関しては、夫婦として認知はしているものの、寝起きしている建物(旧宿屋)は別であり、肉体的な関係は無い。ただし客観的に見ると、互いに認め合っており、趣味や話も合う。つまり見方によっては『最初に結ばれたイリーナとルビーに気を使っている』ようにも見えるわけだ。


「はい。他の方も含めてですけど」

「まぁ、将来的にもっと接近する可能性はあるが、今のところは"無い"な。別に嫌な訳でも無いけど、利害が一致していると言うか…………俺にとっては、今の距離感が心地いいんだ。そしてその心地よさは、触れあえるだけの距離まで近づいてしまえば失われてしまう」


 リリーサ様が、異性として魅力的なのは否定しようのない事実。ちょっとベタな気もするが、それでも外見は王道な金髪ツインテールで、容姿やスタイルも完璧ときている。まぁ、贅沢を言えば目鼻立ちが確りしすぎているところだろうか? 個人的には素朴な親しみやすさがあるイリーナやルビーが"ど真ん中"って感じだ。


「ん~」

「おっとと」


 体を起こした俺を追って、ルビーが抱き着いてきた。


「まったく、何度言ったらその癖を治してくれるのやら」

「まぁ、イイじゃないか。それに、ちょっと肌寒かったから丁度イイ」


 お茶が飲みにくくなったが、それでも美少女に抱き着かれて嫌な思いなど感じるわけもない。


 俺は程よい柔らかさを感じながら、露わになったルビーの背中を肴にお茶を堪能する。


「……。わ、私は、お茶をいただいて少し暑くなってしまいました」

「そうか」


 そう言ってお茶を置き、ローブを脱ぎ捨てるイリーナ。


 それはまさに二次元美少女の立体化であり、完璧な肢体が露わになっている。本当に、非の打ちどころのない可愛さ。理想のツルペタだ。


「ん~、ボス~。またスルのか~」

「「…………」」




 こうして俺は、今日も異世界で充実した日々を送っている。

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