#142 肩書夫婦

「……で、この件はコッチの事務所で処理する」

「はい、畏まりました。それでは……。……」


 新工房の改装も一段落し、本格稼働に向けての調整が重ねられている。


「キョーヤ様、コチラの書類にサインをお願いします」

「あ、あぁ……」


 大量の書類を前に、軽い眩暈をおぼえる。


 それはさて置き、現在いるのが道具屋の2階に設けられた事務所であり、合わせて"本部"とした。そして旧・新工房は"研究棟"として、研究と一部の加工作業を割り当てている。


 問題だった隣の宿屋は、一旦、冒険者ギルドに買い取ってもらい、それを三ツ星商会が丸ごと借りる形で"宿舎"にした。初期投資こそ少なくできるが、長い目で見るとお徳とは言えない契約だ。しかしそれでも、冒険者ギルドとのコネはあって損は無いし、何より(厳密に言うと別組織だが)鍛冶師ギルド系列の三ツ星が割り当てをこえる敷地を占有するのは問題があるので、その回避策となる。


「お茶をお持ちしました」

「おぉ、それでは休憩にするか!」

「「!!」」


 やってきたのはルリエスさん。書類上は、貴族権を剥奪されているリリーサ様だが、それでも『イイところのお嬢様』であることに変わりはなく『相応しい嗜み』として休憩はそれなりに豪華で…………あと、見ることは無いがダンスや詩などの心得もあるらしい。


「本日のお茶は……。……」


 他の事務員も含めて席を囲い、お茶や茶菓子の説明を受ける。リリーサ様が居ないときは流石に普通だが、それでもマナーの類は覚えておいて損は無い。その為、お茶に関してはそれなりにお金をかけていたりする。


「そう言えば、新入りはどうしておる? エイコとミレイなら、間違いは無いと思うが」

「お二人なら……。……」


 相変わらずAとBに絶大な信頼をおいているリリーサ様。


 宿舎は"勇者厳禁"の対象外であり、逆に男性である俺が立ち入り禁止になっている。中が覗けないのは残念だが、リリーサ様は毎晩そこでABと共に過ごしているらしく…………何と言うか、凄くイイ。


「そ、それで…………オマエの目から見て、2人はどうだ?」

「そうですね…………やる気は認めますが、戦力としてはあまり期待できないかと」

「そうか」


 しぶしぶ俺に意見を求めるリリーサ様。冒険者志望の管理を担当しているのはAとBだが、それでも本格的な部分は俺が居ないと始まらない。


「でも、双子の人柄は信頼できますし、基礎や指導面を重点的に育てていって…………ゆくゆくは指導員にしてしまう方向で考えています」

「おぉ、それはイイな!」


 技術指導をしているのは、俺やクッコロになる訳だが…………クッコロも含めて、ランクの問題で新人連中と共に狩りに参加する事が難しくなっている。一応、AとBはランクポイントを稼いでいないのでその点は問題無いが、基本となる"剣"を扱う知識が無いのは致命的だ。


 指導だけでなく、普通の狩り・クエストもこなしていきたいので『低ランクの指導員』は必要な人材と言えよう。


「すいませんキョーヤさん。何から何まで」

「いえ、これは好きでやっている事ですし」


 俺を気遣ってくれるルリエスさん。ある程度担当を決めて仕事を割り振っているが、たしかに事務から冒険まで仕事は何でもこなし、休みが無いのは事実。


「その、出来るだけ休める時間が作れるよう、私もお手伝いしますので…………その、何でも言ってくださいね」


 メイドに、頬を赤らめながら『何でも……』なんて言われたら、ソッチ方面のご奉仕を想像してしまう。


「おい! ルリエスが私の"側付き"であることを、忘れるなよ」

「はい、分かっていますよ」


 やましい想像を見抜かれたのか、すかさずリリーサ様がクギをさす。


「まったく、隙あらば……。お前は、その…………わ、私のだだだ…………なんだから、もっと自覚をもって、その、だ。……」


 最近、リリーサ様の説教が要領をえない。


 男性嫌いのリリーサ様だが、(恐怖症でもなければアレルギーでも無いので)距離感さえ確り守っていれば意外になんとかなる。基本的には、話は合うし、共に役に立てているので、性別意外に問題は無いのだ。


 だから実際、ともに移動する際などは、日に日に、本当に僅かではあるが少しずつ距離をつめてくれている。流石に、視線を合わせての会話はないが、それでも全くの別方向だったのが、袖や手を見ながら話してくれるところまでは来れたのだ。あとは、共に過ごす時間をもっと積み重ねて、性別の垣根をこえて自然体で何でも話せる関係になれたら…………っと思っている。




 こうして俺とリリーサ様の、形ばかりの夫婦生活は、なんとか安定していた。

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