#140 新工房改装計画
「リリーサ様、言ってくれればお出迎えくらいしたのに」
「ふん! だから言わなかったのだ」
その日、狩りを終えてウチに帰ると…………リリーサ様が普通に事務所で仕事をこなしていた。
「キョーヤさん、リリーサ様は照れているので、顔を覘くのはお控えください」
「「…………」」
ワザとなのかは判断できないが、核心部分を踏み抜くルリエスさん。
本人が嫌がるのは分かっているので、俺もどうこうするつもりは無いが…………俺とリリーサ様は既に結婚した事になっている。しかし、大々的にその事実を公表してしまうと、貴族としての"箔"が失われ三ツ星商会の利益にも影響が出てしまう。(元貴族でも充分使えるが)ゆえに、結婚の事実は一般公表しておらず、皆もリリーサ様の事は、これまで通りの扱いを通す事になった。
「そう言えば、ユグドラシルを出る訳にもいかないですけど…………挨拶とかって、しなくてもいいんですか?」
「そこはニーラレイバ様への挨拶で、既に済んだことになっています」
「あぁ……」
この国の"結婚"は、成人した男女が付き合い、親がその関係を認めればそれで終わり。それが叶わない場合は、当人同士の合意だけで終わってしまう。地域によって独自の追加規則はあるようだが、日本生まれの俺から見れば驚くほどあっけない。まぁ地球でも、インフラが整っていない国は似たようなものなのだろうけど。
「「…………」」
言葉が見つからない。話す話題が全くない訳でも無いのだが…………相手が"嫁"だと思うと、どう接していいか分からなくなる。とりあえず、俺も当初の目的である事務仕事に向き合う。
「そういえば…………エイコとミレイは、相変わらず出禁なのか?」
「そうですね」
AとBは、とっくに勇者寮の連中とも縁が切れているので出禁を解除しても良いのだが…………あのノリもあってズルズルと現状維持を続けている。
「そうか」
「「…………」」
てっきり『出禁を解除しろ』って話なのかと思ったが、そうでも無い様だ。
リリーサ様はAとBに懐いており、2人もリリーサ様を好意的に思っている。しかしその感情には"温度差"を感じてしまう。
「その、よければ、部分的に解禁しましょうか? 応接室や、一部の区画に限る形で」
「それは…………いや、しかし……」
複雑な表情を見せるリリーサ様。
2人は大らかなのでリリーサ様を受け入れこそするが…………他に思い人が居る。そんな状況で、ウチへの出入りを許してしまえば2人の行動は大体予想がつく。
「「…………」」
「その…………改装計画が持ち上がっていまして、それで、正式に女子寮を作ろうって話が……」
「それは! いや、続けろ」
改装計画は、金銭的な無駄が多いので立ち消えになった計画だ。しかし、リリーサ様が本格的にウチに腰を据えるとなれば、それを機会にやってしまうのもイイかもしれない。
現在の新工房とその関連施設は、
①、鍛冶師ギルド直轄の道具屋。現在の店舗が手狭になってきたので、増改築や移転の話が出ている。
②、L字型の多目的工房。研究や様々なものを生産する工房、そして倉庫に居住用の部屋など、節操なく使っている。定員や防犯の問題もあり、これを用途ごとに分割する話は、かなり前からでていた。
③、試し屋。特に問題は無いが、中庭を半分占領して屋外に装備を並べている。改装するなら、ついでに室内に納めてしまいたい。
④、中庭。冒険者組がトレーニングに使っている場所。特に問題無し。
⑤、隣の宿屋。所有権は部外者にあるが、買い取る話が持ちかけられている。ウチとしては正直欲しいのだが、なかなか素直に了承できない金額を提示され保留状態になっている。
これらを纏めて、4つの棟と中庭の5ブロックの構成に大規模改築する計画が…………持ち上がって金銭的な理由から立ち消えになってしまった。もちろん、高いと言っても俺の貯えも使えば出来る額だが、だからと言って採算の取れないところに出資するほど、俺の金銭感覚は麻痺していない。
「隣の宿屋をウチで買い取って、そこを女子寮にして、ついでにアチコチ纏めて改装しようかって話です。それで、よければその女子寮を…………三ツ星商会の管轄にしますか?」
一番厄介な宿屋の買取費用が、三ツ星商会の財布からでるなら話は大きく変わる。新工房は、居住に使っているエリアが丸々空くので、そこを生産関係専用にして、あとは道具屋と試し屋を連結店舗の形で増築すれば済む。
「うむ。それなら土地の所有権でモメずに済むな。詳しく、話を聞かせろ」
「はい。……。……」
新工房は、鍛冶師ギルドに割り当てられた土地に建っている。この敷地内で建物に手を加えるのは何も問題無いのだが、隣接する土地と連結するとなると、そこには各ギルドの取り決め、つまり"特権"の問題が出てしまう。
因みに、宿屋が提示した金額は…………なんと4億。建物と土地込みと言っても、流石に吹っ掛け過ぎで話にならない額だった。最初は5億だったので、交渉を本格的にすすめれば更に下がる可能性はあるが、それでもその時点で俺は『交渉する価値の無い相手』と切り捨ててしまった。
「なるほどな。それなら幾らかやりようはありそうだ……。ルリエス!」
「はい。直ちに"調査"させます」
「うむ」
階級社会で、(元)貴族を敵に回すのは命取りだ。俺も、調査の具体的な内容については、聞かない様にしなくては。
「あと、言っておくが、いくら…………その、だだだだだ」
「旦那?」
「そう、その、け、けけけけけけ」
「結婚?」
「そう、その、アレがソレだからと言っても! 女子寮の管理は、このリリーサと! 三ツ星商会が管理する。だから、オヌシの立ち入りは……」
「分かっています。俺はリリーサ様を応援したいだけなので、安心してください」
「うむ。分かればいいのだ」
すでに何度も結婚して慣れているはずだが、やはり同性愛に理解がある相手(男)となると勝手が違うのだろう。
ぶっちゃけ俺はもう、AやBに対して悪い感情は持っていない。出禁の話も、なにか切っ掛けがあれば解除していただろう。しかしそれ以上に、頑張っているリリーサ様には幸せになって欲しい。そしてその幸せに"男"は必要ない。俺はリリーサ様と形だけ"結婚"する事で、リリーサ様の純血を守るのだ。
そのためにAとBの恋が…………実らずに終わったとしても。
こうして俺は、『尊い』の為に同胞を
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