#138 崩壊する勇者神話③
「和人! 魔物だ!!」
「うそっ!? 気配なんて!!」
木の陰から、不敵な笑みを見せているのはアサシン型のレッドパンツ。オーガに比べればランクは落ちるものの、短剣を持つレッドパンツは隠密行動を得意としており、油断した相手を背後から襲う習性をもっている。
「早く止血! いや、回復薬を使え! 首を斬られているぞ!!」
「クソッ! なんでこんなところに!?」
身をひるがえし、ギフトを発動しながら回復薬を頭から浴びる和人。傷口が深い場合、手持ちの回復薬では完全に治療する事は出来ない。しかしそれでも、傷口を塞ぐ効果は期待できる。
「ちょっ! 下りてきなさいよ!!」
「未姫! 和人を頼む!!」
「ちょ、コレ、ヤバいんじゃ……」
負傷した和人を守る形ですぐさま陣形を立て直す。しかし、レッドパンツは仕掛ける事無く、木の上で嘲笑うばかりであった。
「クソッ! そうやって俺たちを分断するつもりだな!? しかし、攻めてこないなら好都合だ。未姫、和人はどうだ!?」
「とりあえず、傷口は塞いだけど…………傷が深すぎるわ。それに、出血も」
下位回復薬に、深い傷を正しく繋ぎ直す効果は無い。繋ぎきれなかった血管から血液が流れだし、重度の内出血を引き起こす。
「俺は、大丈夫だ…………このまま、撤たっ…………いっ!」
「無理しないで和人! 傷口が開いたらどうするの!!?」
フラつきながらも立ち上がる和人。彼は運良く回復薬を手にしていたため、最小限の出血で済み、意識も失わずに済んだ。しかし、この状態で戦闘に参加するのは不可能。いち早くキャンプ地に戻り、輸血と中位回復薬による治療が必要になる。
「未姫、和人は任せた。このままユックリ撤退する。道を阻む魔物は全て! 俺が斬る!!」
決意を言葉にする光彦。節約してきたとはいえ、残り魔力は心もとない。しかしそんな窮地でこそ、彼は言葉に出来ない高揚感を感じていた。
「嘘でしょ…………なんでこんな時に」
「そんな…………バカな……」
レッドパンツの笑い声が響く森で、彼らの行くてを阻むのは…………ひと際巨大なオーガ。その髪は赤く逆立ち、両手を掲げた姿勢で光彦たちの行くてを阻む。
「間違いない、"オーガヒーロー"だ」
「このタイミングでボス!? 冗談は顔だけにしてほしいわね!!」
オーガヒーローは、暫定的に『この階のボス』と認定された特殊上位個体だ。なぜその様な曖昧な状態かと言えば…………本来ボスがもつ<眷属召喚>などのスキルを一切使わない事が理由となる。
オーガヒーローは、純粋に"個"としての強さを極めた魔物であり、現在まで、この魔物を打ち破った者はいない。その対処法は『全力で逃げる』以外になく、好奇心と野心を抱き挑んだ者は死に、欲をかいてカートや重装備を捨てられなかった者も死した。
「皆、和人は任せる」
「ちょっ! 光彦、まさか挑む気じゃ!?」
「今、和人に全力疾走は無理だろ? それじゃあ、その分の時間を誰かが稼がなくちゃな」
光彦が、奥の手の<限界突破>を発動させる。これにより、ボス格とも互角に渡り合えるだけの身体能力を得る反面、その反動で数日間…………いや、安全なキャンプ地まで行く時間を考えると、数十日では済まない期間、身体能力に大きな制限を受ける。
しかし、だからと言って仲間を見捨てられないのが光彦だ。そして彼は、この様な危機的状況下で、幾度となく奇跡を起こし、仲間を救ってきた実績をもつ。
「光彦…………俺はお前を信じている。だから、止めない」
「「…………」」
和人が、光彦を信じ、その背中に語りかける。
この場に『いいからサッサと行け!』というツッコミを入れる者はいない。
「本当は、俺を捨てて全員逃げて欲しい。だが! 光彦にとって、それが何よりも辛い事なのは理解している。だから! 俺は…………」
「「…………」」
「「!!!!??」」
その時、突然光彦の体が宙を舞った。
オーガヒーローが、和人の長台詞を待てなかったのもあるが…………その1撃は、覚醒状態の光彦の反射速度を上回るものであった。
股間をすくい上げるように放たれた一撃は、とっさの防御で突き出された剣をへし折り、そのままクズ籠にゴミを投げ捨てるかの様に、綺麗な弧を描いて光彦を舞い上げた。
「ぐはっ!!!!」
「「み、光彦!!?」」
体を木に叩き付けられ、常人なら即死するような衝撃を受ける光彦。しかし彼を打撃技で倒すのは不可能。仲間の声援がある限り、彼は何度でも立ち上がるのだ。
「大丈夫だ。問題ない…………って事も無いか。せっかく新調した剣が、真っ二つだ」
「ちょ、今はそんな事……」
折れた剣を片手にお道化て見せる光彦。即死まで行かなくとも、座骨の粉砕骨折や、睾丸を破裂させていても不思議は無い攻撃であったが…………それでも彼は当然の様に立ち上がる。
「このお礼は…………!!!!」
オーガヒーローが、お道化る光彦に追撃を叩き込む。その腕は鉄球よりも固く、重い。光彦を再度木に叩き付け、木ごとへし折ってのける。
「「光彦!!?」」
「だ、大丈夫だ…………このく…………!!!!」
立ち上がろうとする光彦の頭を片手で掴み、次の木に叩き付ける。それで生きているようなら、次の木。生きていなくとも次。その頭が潰れるまで、オーガヒーローの攻撃は止まらない。
「不味い! このままじゃ光彦が!!」
「クソ! 光彦ばかり狙って、俺たちなんて眼中に無いってか!?」
「オーガヒーローは、誇り高い戦士だ。弱い者を優先する事は無い」
突然、今まで描写も無かった雑多な仲間の声が響く。
「それなら、俺の生き様を見せてやるしかないな!」
「おいおい、お前だけカッコつけるきか?」
「それじゃあ、一緒に行くか?」
「おうよ!」
「ちょ、アンタたち!!」
雑多な仲間が、無謀にもオーガヒーローに剣を向ける。
「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」
しかし、その攻撃は届かない。背後から迫る気配を察知し、オーガヒーローの拳が彼らの頭を纏めて刈り取ったからだ。
「み、みんな……。う……………………うぉぉぉぉぉぉ!!」
仲間の死を受け、光彦はよく分からない衝撃波を放って脱出する。
「未姫、頼みがある」
「なによ和人。こんな時に!?」
「俺が時間を稼ぐ。だから…………光彦を担いで、逃げてくれないか?」
「なっ!? そんな事!!?」
「俺はどうせ逃げ切れない。それに、このままじゃ…………光彦が死んでしまう」
「…………」
光彦が命懸けて時間を稼いでいる状況下で、逃げもせず声援を送っていた2人が、続いてオーガヒーローに立ちはだかる。
「や、やめろ…………敵う、相手じゃ……」
「分かってる! 未姫!!」
「おう!!」
「なっ!!?」
突然、光彦に向けて突進する未姫。彼女はそのまま光彦を担ぎ上げ、全力で走る。
「光彦、お前と過ごす毎日、楽しかったぜ!」
「放せ未姫、このままじゃ! 和人が!!」
未姫に抱えられ、暴れる光彦。しかし、その腕を振りほどく事は出来ない。光彦の<限界突破>はとうに解除されていたからだ。
「和人の!!」
「!?」
「和人の事を思うなら…………今は逃げて。ここで光彦まで死んだら…………皆が…………」
「くぅ……」
涙でボヤける視界が、親友の死に様をもボカしていく。しかし、その記憶に刻まれた惨劇は、決して霞む事は無い。
そして彼の脳裏には、恭弥の言葉が蘇った。彼はロマンを追い求めながらも、どこまでも現実主義を貫いていた。自分の甘さや自惚れを知った彼は……。
こうして光彦は、仲間を連れてダンジョンに出る事は無くなった。ただひたすらに、辛い現実から目を背けるため、寝る間も惜しんで戦い続けた。
この悪い夢が、覚めるその日を夢見て……。
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