#136 崩壊する勇者神話①

「光彦、そろそろ切り上げないか?」

「いや、まだ行ける。もう少し粘ろう」


 光彦率いるパーティーが第六階層の攻略をすすめる。


「でも、もう魔力だって……」

「大丈夫だ、問題無い。体は動くから!」

「「…………」」


 光彦のスキルは、どれも燃費が悪い。断続的に続く普段の狩りでは、どうしても途中で魔力切れを起こしてしまう。


 しかし、今、それは問題ではない。光彦は焦っていた。第七階層に挑戦し、次々に死んでいく冒険者仲間。いつの間にか自分を追い越し、強力な仲間を得てユグドラシルの頂点で活躍する交。そして…………思うように収入を伸ばせない自分。


 光彦の仲間思いな方針は、金銭効率や単純な戦力を求めるには適さない。それまでは持ち前の豪運と、ギルドの介入によるベテラン冒険者の助力によりなんとか形になっていた。しかし、その介入も緩み、自由にパーティーを組めるようになって…………その重要性と、自身の考えの甘さを痛感するようになった。


「どこが問題ないんだ? 足だってフラついているじゃないか」

「どこが!?」

「ほら、よく"周り"を見てみろよ」

「あっ……」


 自分の事しか考えていなかった光彦が、ようやく仲間の"疲労"に気づく。そして、自身の疲労にも……。


 最近光彦は『運が悪くなった』と感じるようになっていた。それでも他者から見れば充分、幸運にみえるのだが…………これまで数々の苦難を、精神論と"奇跡"に頼って解決していた光彦にとって、その力の弱まりは死活問題だ。


 今は、非戦闘員である勇者寮の女性たちとの交流を断ち、ダンジョンに潜る時間を多くとる事で、なんとかトップでは無いものの"上位陣"と呼べるような収入を維持しているが…………このまま交たちの様に第七階層で安定して狩りが出来るパーティーが増えれば、その座には居られない。


「焦る気持ちもわかるけど、ちょっと肩の力を抜かないと、取り返しのつかない事になっちゃうよ」

「連携とか、エモノの選別で改善できる点はある。とりあえず帰って、また作戦を立て直そう!」

「あ、あぁ……」


 渋々、キャンプ地へと向かう光彦。


 光彦は、最初から戦力不足や行動の甘さを理解していた。しかし、強ければイイ、高収入ならイイと言う問題でも無いのも事実であり、これまでならその短所は無視・納得できる程度のものであった。


 しかし今は違う。第七階層に限らず、それまで活動していた実力者が上へと移動し、そして死んでいく中で、全ての階層で予期せぬ魔物溜まりが増え、事故死する割合が上昇しているのだ。加えて、少なからず"注目の的"でなくなったことに対する焦りもあった。





「あらぁ~、光彦ちゃん。待っていたわよ~」

「こ、交……」


 精算のためギルドに立ち寄ると、そこにはすっかりオネエ言葉が板についた交が待ち構えていた。交は、第七階層で活動しているものの、キャンプ地の施設が充実していない事もあって、生活の基盤は第六階層のキャンプ地を活用していた。


「さぁ、疲れたでしょ? みんなぁ、席は予約してあるから。確り食べて、英気を養いましょ~」

「「あ、あぁ……」」


 交たちは、光彦たちをライバルだとは思っていない。それどころか、貴重な装備・素材を融通してくれる掛け替えのない協力者となっている。本心では、交との関りを拒んでいる面々だが…………すでに何度も、装備や回復薬の融通で頭を下げており、いまさら無下にも出来ない状態なのだ。


「そうだ! 和人ちゃん」

「ちゃ、ちゃん付けは止めてくれ」

「"ビースト"と"バラライカ"が、また……」

「ヒィぃぃ! ふ、2人とは、もう会わないって、言っただろ!!」

「「…………」」


 ひどく怯える和人を見て、光彦たちの表情が曇る。


 ビーストとバラライカとは、交とパーティーを組んでいるベテラン冒険者だ。その実力は申し分ないものの、立場や収入を利用して数々の同業者(男性限定)に手を出す素行の問題を抱えている。


 和人は先日、装備を融通してもらう為に『食事だけなら』と誘いに乗り…………そのまま強引に奪われてしまった。加えて光彦も、公言はしていないものの、すでに何度も仲間の為に"朝帰り"を繰り返している。


「まぁ、それならそれでいいわ。ワタシは、ちゃんと伝えたから。それじゃあ、精算を済ませて~、食事にしましょ!」

「あ、あぁ……」

「「…………」」


 光彦の友達理論は、とうの昔に崩壊している。しかしそれでも、好意を持ち、協力してくれる仲間に対し、全力で拒絶する事は出来ない。




 光彦は、ただ帰りたかった。暖かく、信頼できる友達に囲まれ、何もかも上手くいっていた…………故郷に。

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