#130 仇討ち②
「さぁ、そろそろ始めましょうか」
「
力なきバロットが、剣ではなく、言葉を放つ。
「そうですね。ですが、被害者である事は変わりません。貴方は覚えていないかも、しれませんが」
「あぁ、そうか。あの時の……」
「意外ですね。素直に認めるとは」
バロットの言葉は、1年前の事件を認めたようにとれる。一応、状況証拠は『バロットが犯人』と告げているが、そこに本人の証言や、謝罪などが加わるなら、話を聞く価値はあるだろう。
「あの時は、たしか…………他の"商人"に頼まれて、お前の一家を襲ったんだ」
「でしょうね」
奴隷目的なら、少人数は襲わない。奴隷狩りは、どうしても何人かは殺してしまう。ゆえに、少人数が相手だと全滅させてしまい、儲けが無くなるリスクがあるのだ。それでも襲ったとなれば、奴隷はあくまでオマケ。他に確実な利益を保証してくれる"出資者"が居たと見るべきだ。
この事はイリーナも予想していたが、その裏付けが取れたのは1つの成果と言えよう。
「依頼主が誰なのか、知りたくないか?」
「……いいえ」
「なんでだ? 俺を恨むのは、まぁイイとして、依頼主も殺さないと、復讐は終わらないだろ??」
「もちろん、報いを受けてもらいたい気持ちはありますが…………それでは、キリがないじゃないですか」
イリーナは、恭弥と共に過ごす中で当初の『純粋な復讐心』を失っていた。今回、バロットと対峙したのは、その『機会が巡ってきた』からであり、今の幸せな生活を捨てまで『犯人を追いたい』と思える熱意は失われている。
加えて、バロットの証言だけでは判断できない部分がどうしても生まれる。例えば『気の弱い依頼主をバロットが唆した』だけの可能性もあるし、『依頼主は既に殺しており、居もしない真犯人を追わせる』魂胆の可能性もある。
「そうかい。まぁいいや。さっきの
「そうですか。それは、助かります」
言葉を交わし、僅かながらに覇気を取り戻すバロット。確かにイリーナは、体格に恵まれておらず、片腕も失っている。幼少期から研鑽をつんできたミネルバに比べると、"剣技"が劣るのは必然だ。
「余裕だな。それとも何か? さっきのガキより、自分の方が強いってか?」
「はい」
「「…………」」
短い返答に、バロットの視線が険しくなる。十中八九"ハッタリ"だと思われるが、それでももう"負け"は許されない。
「それでは、お手並み拝見と、行かせてもらうか」
「どうぞ」
そう言ってバロットは、イリーナの左手側、盾を構える方へと回り込む。彼女は左腕を失っており、ゆえに武器は右手に持つメイスだけ…………に、見える。
「そこだ!!」
「予想通りですね」
次の瞬間、盾が爆発し、飛び出した無数の金属片がバロットを襲う。
「グハッ!? な、なんて無茶なマネを……。反動だってバカに出来ないだろうに」
「捨て身の攻撃"も"理解できないのですか?」
「チッ! 減らず口を」
そう言いながらも距離を取るバロット。
イリーナの盾は[ランタンシールド]と呼ばれる、各種ギミックを仕込むための特殊盾。本来は、ランタンや短剣などを収納して使うが、その気になれば爆薬だって仕込める。
「仕掛けてこないなら、コチラから行かせてもらいます」
「そう言えば、魔法も使えるんだったな」
イリーナの左腕に仕込まれたマジックシューターが土魔法を放つ。苦し紛れにバロットは、隠し持っていた投げナイフを放つが…………軽いナイフでは、防御を重視したイリーナにダメージを負わせる事はできない。
「魔法だけでは、ありませんよ?」
「なっ!!?」
盾から"筒"が生え、再び爆ぜる。距離があるので先ほどに比べればダメージは少ないが、それでも拡散する金属片を全て回避するのは不可能。着実に、ダメージが蓄積していく。
「この散弾は、魔力を消費しないので弾が続く限り使えます」
そういってイリーナが、盾に新たな弾を込める。
「ふざけんな! そんなの反則だろ!!?」
「冒険者の戦いとは、そう言うものです」
そう、イリーナの装備は、恭弥と立花が面白半分で作った採算度外視の試作装備が無数に組み込まれている。むろん運用には、危険と出費が伴うが…………この様な局面で、出し惜しむ意味は無い。
「それなら!!」
今後はイリーナの右手側へと回り込むバロット。しかしイリーナは、メイスを手放し、バロットの剣を素手で受け止める。
「っ!! なんとか、掴めましたね」
「無茶苦茶すぎんだろ! 放せ!!」
特殊繊維で作られたグローブが、斬撃の摩擦と衝撃を吸収する。それでも手に伝わる衝撃は凄まじいが、"今の"イリーナには些細な問題だ。
「…………」
「う、動かない? なんて力だ!!?」
「フン!!」
<狂化>を発動させたイリーナが、力任せにバロットの剣を奪い取り、そのまま剣の柄で攻撃する。
「ぐはっ! なんだよコイツ、捨て身すぎだろ? こんな無茶苦茶な戦法で……」
「復讐とは、そういうもの、でしょう?」
「ごもっとも。それなら…………"コレ"はどうだ!!」
イリーナが突然、炎に包まれる。バロットが使ったのは、他でもない、道具屋で売られているマジックポットであった。
「ぐはっ!」
「あれを喰らっても、その程度か。どんだけ装備に金かけてんだよ」
見るからにダメージを負ったイリーナだが、それでも魔法の炎は"魔法抵抗"で軽減できる。恭弥ほどでは無いが、彼女はタンク役としてダメージを引き受けるポジションにあり、物理のみならず、魔法防御も上げていた。
「油断しました。ですが、おかげで少し、頭が冷えました」
「なっ! ズルいぞ!!」
<狂化>を解除したイリーナが、おもむろに懐から回復薬を取り出し、一口。さらにもう一本取り出し、体にかける。
「何がズルいのですか?」
「「…………」」
離れて見守るギャラリーも、同じく『ズルい』と思っていたが、それは誰も指摘しない。これはあくまで"自己満足"の為の戦いであり、イリーナがルールなのだ。
「チッ! それなら!!」
「同じ手は、通じません!」
続けて放たれるマジックポットを、魔法障壁で強制起爆させる。イリーナの使う魔法障壁は、非常に効力の低いものだが…………マジックポットは着弾位置に燃焼ダメージを与える特性があり、当たりさえすれば何でもいいのだ。
「くそっ! こうなったら、本当に、最後の手段を使うしか、無いようだな……」
「まだ、何かあるのですか? では、どうぞ」
「「…………」」
「喰らえ!」
「また…………しま!?」
再度マジックポットを投げたと思わせ、バロットが投げたのはただの"煙玉"。そう、バロットは逃げ出したのだ。
*
「(あぁ、くそっ!! 全身傷だらけなのに、なんで必死に走らなきゃいけないんだ!!?)」
無数の金属片を受け、満身創痍のバロットだが、幸いな事に足は無傷。出血と興奮のため意識はもうろうとしているが…………それでも煙幕の不意打ちは見事に決まった。
「おっと!?」
突然、バロットの視界が回転する。
「いててて……。ん??」
痛む下半身を摩りながら立ち上がろうとするバロットだが…………その手が、空しく地面をなぞる。
「まだ生きているみたいだけど、誰か、トドメをさしたいヤツ、居るか?」
「うっ、臭いです」
「お願いですから、爆薬の量は……」
「いや、……。……?」
薄れゆく意識の中でバロットは、自分の臀部が無くなっていた事を悟る。
こうして、3つの事件は一応の解決を見た。しかし、黒幕であるカースマルツや奴隷商が裁かれる事は無い。それは、彼女たちを取り纏める勇者・恭弥の決断であり、本来、勇者が取るべき行動では無かった。
しかし、権力と上手く付き合い…………時には折れ、時には権力を振るう。そんな彼のやり方に、一同は納得していた。
第四章、完。
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