#129 仇討ち①

「ひぃ……」

「キョーヤさん。爆薬の量は、加減してください」

「いや、俺に言われても」


 魔法障壁が解除され、飛び散ったトンスルの下半身(だったもの)がボトボトと地面に落ちる。しかし、守られていなかったバロットは、その中にあったものをかぶり、全身を赤黒く染めていた。


「やはり、見ていて気持ちのいいものではありませんね」

「そうだな。でも、ちょっとスッキリしたかも」


 その光景を見た女性陣の反応は、意外にも落ち着いていた。それもそのはず彼女たちには、近しい人が魔物に喰い殺される地獄を目の当たりした経験がある。


「そ、そうだ! トンスルは死んだ! それなら、俺は……」


 当初『事件の容疑者』として死ぬ者を決めるべく争っていた2人だが、片方が自害した事により、決闘の勝敗はついた事になる。


「それで許してもらえると、本当にお思いですか?」

「自殺出来ないって言うのなら、仕方ないよな?」


 そう言って前に出たのは、イリーナとミネルバ。2人は共に武闘派であり、仇との対峙を"条件"付きで望んだ者たちだ。


「待て! ここで俺を殺しても、何も解決しない! 冷静になって考えろ。俺たちは奴隷商に雇われた捨て駒で、そんな末端を恨んでも、何の意味も無いんだ!!」

「「…………」」

「お前ら、親を殺されて、親を殺した"剣"を恨むのか? 違うだろ? 恨むなら、組織や奴隷商だ!!」

「呆れて、モノが言えませんね」

「私利私欲のために大勢の人を不幸にして、自分に"非"が無いなんて思える思考回路は、全く理解できないな」


 当然ではあるが、正常な思考回路を持ち合わせた者に"犯罪者"は務まらない。加えて、勇者殺しと、商人の一家を襲った事件はカースマルツとは無関係であり、そこでも正当化する理由には足りない。


「俺は…………奴隷商を如何にかしようとは思っていない」

「「…………」」


 恭弥の言葉に、皆の視線が集まる。彼の行動は『正義のため』に見える場合もあるが、その"行動原理"に過剰な理想論は存在しない。


「行き場を無くした者を"無"犯罪奴隷として有効活用するシステムは合理的だと思うし…………弱者が強者に虐げられるのも、多かれ少なかれ必ず起こる事だ。俺は、この世界の"理不尽"に抗おうだなんて、大それた事はハナから思っていない」

「それなら……」

「ただし! 大切な人たちを傷つけられて、ハイそうですかと言えるほど…………俺は弱くは無いし、腐ってもいない」


 恭弥にはこの度の3人の行いに対して、抗うだけの権力と戦闘力、そして"理由"があった。勇者として、社会の闇に挑むような"正義感"は持ち合わせていない彼ではあるが…………それでも愛する人たちの不幸を共に悲しみ、救おうとする意志はある。


「さぁ、剣を取りなさい。今更、自害など興ざめです」

「ガキが…………俺に、勝てるとでも?」


 ゆっくり立ち上がるバロット。彼には、万年中堅止まりとは言え、ベテラン冒険者としてのプライドがあった。そんな彼が、冒険者歴1年にも満たない若造に負けるわけにはいかない。


「もちろん見込みが無いとは思っていませんが…………ここで剣を交えるのは、ただの"自己満足"です」

「そうそう。せっかくのチャンスなのに、一太刀も浴びせず見逃したなんて言ったら、村の皆に顔向け出来ないだろ?」

「 ……いいだろう」


 静かに剣をかまえるバロット。その光景を、恭弥は一歩引いて見守る。


「まずは、私から!」

「はぁっ!?」


 最初に仕掛けたのは警備隊の娘であるミネルバ。そしてイリーナは、動かない。同時に仕掛けてくるものだと思っていたバロットは、怒り交じりにその剣を弾いてのける。


「流石に、あれくらいは見切ってくるか」

「舐めやがって。ケツの青いガキに負けるほど、俺は落ちぶれてはいないぞ!」

「そうかもな! しかし、コレは他でもない、自分の為の戦いだ。勇者や権力に、丸投げなんて出来るか…………よ!!」


 この勝負、勝ち負けで言えば既に勝敗は決まっている。しかし、与えられた"勝利"に納得できるかは人それぞれであり、2人は、納得できなかった。


「甘い!」

「クっ!?」

「確かにある程度戦えるようだが、まだまだ若い。それになにより、剣筋が綺麗すぎる」


 ミネルバの腹部が、浅く切り裂かれ、白い肌が血に染まる。


「そういうアンタは、想像通りの汚い剣で、ちょっと安心したよ」

「減らず口を……」

「すこし、慣れてきた。次は相打ちくらいには、持ち込めるかな?」

「言ってろ!」


 ミネルバは、確かに冒険者としては素人だ。しかし、幼い頃から警備隊である父に"剣"を教わり…………バロットと互角以上に戦えるだけの実力は待ち合わせている。しかし、殺人と、血と糞尿を纏う彼に対する嫌悪感が、彼女の剣を鈍らせていた。


 度重なる斬り合いの末、互いに傷を負い、脚運びも重さを増す。


「ハハッ。やっぱり、仕込みがないと、汚い剣にも限度があるみたいだな」

「まったくだ。調教師の俺に直接戦闘を挑んで、恥ずかしく無いのか?」

「代わりに、1対1で挑んでやっているだろ?」

「「…………」」


 突然の無言。呼吸を整え、必殺の一撃を放つべくタメに入ったミネルバを見て、バロットもそれに応じる。





 落ち着け。冷静になって、ガキの考えを読むんだ。


 確かにアイツの剣は、お綺麗だが…………基本的には"速さ"を重視しており、加えて、浅いアタリを恐れる素振りが無い。これは、幼い頃から"人"相手に剣技を磨いた者のスタイルだ。


 そこから導き出されるのは…………最速! 相打ち覚悟で最速の"突き"で急所を貫こうとするはず。仇討ちを目的にしている以上、それは間違いないだろう。そうなれば、狙うのは"カウンター"だ。





「行きます!!」

「ふっ」


 私の突進を見て、不敵な笑みを浮かべるバロット。


 しかし、それは関係ない。ココまで来たら自分を信じて、最高の一撃を放つまで。今さら、小手先の読みあいで剣を曇らせるのは、愚行中の愚行だ。


 切っ先が、バロットの胸元に引き込まれる。しかし彼は、ソレを後ろに飛びながらイナそうとする。


 切っ先が、バロットの剣に弾かれ、斜め上へと軌道を変える。


 私の肘が曲がり、切っ先が鞭となってバロットの腕を…………絡み取る。


「勝負、ありましたね」

「なっ!? なんで、この期に及んで腕を!!??」


 剣を落とし、膝をつくバロット。命に別状は無いが、利き手を負傷しては勝敗は決まったも同然だ。


「何を言っているんですか?」

「どこまで半端なんだ! 殺す覚悟もな……」

「いや、今殺してしまったら、イリーナさんの出番が無くなってしまうじゃないですか」

「はぁ!?」


 一騎打ちを望むのは2人。しかし、残った相手は1人だけ。それなら…………ジャンケンでもして、順番に相対するしかない。


「それでは、回復薬をどうぞ。つぎは、私と勝負です」

「…………」


 最低限の手当てをして、イリーナさんと交代する。すでにバロットのプライドと精神力は砕けかけており、それは申し訳ないと思うが…………そこはトドメを譲るので勘弁してほしい。




 こうして私は、砕けかけた魔物使いをイリーナさんに託す。

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