#128 ケジメ

「おいおい、決闘に水を差すのは野暮なんじゃないか?」

「「!!??」」

「お前! いつからそこに!?」


 草生えるローブを投げ捨てながら現れたのは、勇者の恭弥。


「いつって、アジトを出たところから?」

「最初からじゃねぇか!?」

「そうかもな。……それで、続きはまだ?」

「「…………」」


 殺し合いの続きを催促する勇者。彼の故郷では"決闘"は認められていないが、この国では了承さえあれば殺人罪は適用されない。もちろん、この状況はソレとは違うが、命を懸けて戦うという意味では、近い状況と言えよう。


「えっと、ギルドの応援の方ですか?」

「あ、あぁ! お疲れ様です! どうぞ、あとはお願いします!!」

「おい、テメーら!!」


 適当な事を言って引き下がる警備兵。もちろん、恭弥はギルド員では無いが、これまでのやり取りを見られていた以上、『勇者に合わせる』以外の選択肢は無い。


「ほら、早くしないと、本物の対応班が来るぞ? まぁ、来ないんだけど」

「「はぁ!?」」

「なにせ、真っ先に俺が通報したから。……奴隷商に」


 ホンフェイの死は、すでに『無かった事』になっている。


 そう、恭弥はホンフェイの死を早々に奴隷商に報告したのだ。これにより『ホンフェイは失踪した』事になり、商人の殺害騒動は『冒険者同士の悪ふざけ』として処理される事となった。


「なんで! お前にそんなことが出来るんだ!!?」

「勇者殺しの真犯人が事件に巻き込まれたんだ。誰が通報しても、闇に葬るしかないだろ?」

「「…………」」


 そう、最初から3人は、誰がどう死んでも事が表沙汰になる事は無いのだ。


 恭弥は、貴族経由で真っ先に奴隷商に承諾を得ていた。はした金に目がくらみ、勇者を暗殺し、さらには組織を危険にさらした3人を『穏便に始末するので、黙認してくれ』と。


「アナタが、村を襲った犯人だったんですね」

「あっ、あの人、この前ナンパされましたわ!」

「「なっ!?」」


 イリーナが、村出身の者たち数名を連れて現れる。彼女たちは、『仇の死を望んだ』者たちだ。


「わざわざ観客を集めて、悪趣味な連中だぜ!」

「ふっ、村を襲ったお前たちが、ソレを言うのか?」

「まぁ、皆が皆、復讐を望んだ訳でもないけど…………まさか、見事に全員釣れるとはな」

「な、何の事だ!?」

「貴方たちが、素直に手形をもってユグドラシルを出ていれば…………我々"は"手を出さないつもりでした」

「「なん、だと!?」」


 恭弥は最初に、被害者全員に"3つ"の選択肢を提示した。それは……。

①、許す。ただし、後から奴隷商に消される可能性が高い。


②、自身の手で仇を討つ。勝負を挑みたいと希望する者が居れば、そのお膳立てに務めると恭弥は約束した。


③、試す。同士討ちを誘う状況を作り、その判断を見極める。試練を乗り越えれば、その者の処分は①と同様になる。


 結果としては、①を選ぶ者は居なかった。しかし、仇とは言え、自らの手を汚す②の選択もまた誰もが躊躇ためらったのだ。もちろん、これが事件の直後であれば違った結果になっていたかもしれないが…………新天地で、新たな生活に馴染んだ彼女たちにとって"殺人"は、それだけ重いものであった。最終的に彼女たちは相談し、『"誰か"が犯人を殺してくれればそれでいい』との意見で纏まった。



「俺の世界では……」

「「??」」

「お前たちみたいな犯罪者は、殺す価値も無い、生きて、罪を償いなさいって言うんだ」

「だったら!!」

「しかし! 死んでくれた方が、よほど精神衛生に貢献してくれると思わないか?」

「チッ! 結局、やるしかないんじゃねぇか!!」

「自分の手を血で染める覚悟も無いヤツが、いっちょ前に"復讐"なんて、語るんじゃねぇよ!!」

「ごもっとも」

「お前、人を殺したこと、無いだろ?」


 そう言って、バロットとトンスルが…………恭弥に剣を向ける。


「いくら強くても、覚悟を伴わない剣では、何も変えられないぜ!」

「ドヤ顔で"正解"を導き出した、みたいな顔してるとこ悪いけど。冒険者にも、殺し屋にもなり切れない半端なお前たちが…………俺を如何にかできると、本気で思っているのか?」

「「…………」」


 2人の体が、脂汗に包まれる。確かに、恭弥は"殺人"を経験していない。しかし、そこで怖気づくようなら、ボスと単身で切り結んではいられない。


「あぁ、そうか。お前たち、アレだ!」

「「??」」

「"都合よく"力を隠していて、本当は無茶苦茶強いんだろ? いいぞ、重りでも、変身でも、好きにして」

「「…………」」


 恭弥が、悠然とした態度で2人の前に立ちはだかる。


「す、すいませんでした! 許してください、何でもしますから!!」

「「!!?」」

「なっ!? トンスル、テメー!!」


 突然、地に伏し、謝罪するトンスル。その態度は誰もを驚かせるものであったが…………この絶望的な状況では、ある意味"最善"と言えるかもしれない。


「ん? そうか。じゃあ、コレをやろう」

「「??」」


 恭弥はトンスルの目の前に、1本の"クナイ"を突き立てる。


クナイソレを尻に刺せ。そしたら…………"許してやる"よ」

「これ、これって、くぅ…………そう言う事なんだよな?」

「俺は約束を守る。それだけは、信じていいぞ」

「「…………」」


 彼に対して並々ならぬ恨みを持つ女性たちでさえ、今のトンスルには何も言えない。


 ユグドラシルで、恭弥の使うクナイの特性を知らない者は居ない。もちろん、何の変哲もないクナイである可能性も残されているが…………『尻に刺して使うクナイ』なら、それは間違いなく"爆発"する。ゲートキーパーであるYマンティコアにすら充分なダメージを負わせたその攻撃を、トンスルの肛門が耐えられる保証は万に一つも無い。


「あぁぁぁぁぁああああああ!! ク”ソ”ッだれぇぇぇ!!!!!」


 トンスルは『起爆しない可能性』に賭け、クナイを地面に突き立て、そこに勢いよく腰を下ろす。




 こうしてトンスルは、自ら肛門を切り裂き、腹を破裂させて死んだ。

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