#127 逃走③
「バカなヤツだ。これが、罠とも知らずに……」
坂を下り終え、俺はそのまま真っすぐ出口に向かう。背後には、距離を置いてローブで顔を隠すバロットが付いてきている。
バロットは、『出るところを確認して、それから自分も』と考えているようだが、それは筋書き通り。この手形、見た目通りの本物で、出ようと思えばいつでも出られる。しかし俺が『アイツ、さっき商人を襲っていました!』と"早めに"言ったらどうなる? 当然、バロットは逃げるだろう。しかし、その先にはキョーヤが待ち構えており、『大人しく捕まって処刑されるか、キョーヤを倒して逃げ切るか』の二択をせまる。
そう、俺は容疑を晴らすためにバロット(村の容疑者)とホンフェイ(勇者殺しの容疑者)を売った。2人は状況証拠だけで決定的な証拠が無い状態であり、法的に裁くことはできない。まぁ、警備隊に金を渡して事情聴取まで持ち込めば『記憶の照合』で証明も可能だが…………そんな事をすれば(カースマルツの情報が洩れる事を恐れた)奴隷商が介入して『無かった事』にされてしまう。
だから俺は、合法的に『2人を殺すチャンス』をキョーヤたちに売ったのだ。今回は、バロットが先にホンフェイを殺したが…………ホンフェイがバロットを殺す筋書きもあった。
ホンフェイは、泥船であるバロットを裏切り、キョーヤに『俺とバロットの命』を差し出した。そこまでは俺と同じだが、ホンフェイは勇者を殺している。そうなると『バロットとホンフェイの命』を差し出した俺の提案に乗るのが、一番"見返り"が大きくなる。
まぁ、キョーヤは間違いなく俺も怪しんでおり、あわよくば俺も殺そうとするだろうが…………残念ながら俺は"詐欺師"。事前に『警備兵には話をつけてある』ので、キョーヤたちがバロットを仕留めている間に、正規の手続きを経て検問を通らせてもらう。
「 ……。列を乱すな!」
「事前に、手形を……。……からな!」
商人の往来で賑わう出口。犯罪者もそうだが、国力を左右する魔力素材の管理は重要で、ユグドラシルの(出口での)検問は、王都並みに厳しかったりする。
しかし、それはあくまで商人の話で、手荷物だけの冒険者は『手形と身体検査』だけ。よって、検査を担当している"女性"の警備兵1人を抱き込めば済んでしまうのだ。
「…………」
俺の足が、違和感を覚えてひとりでに止まる。
自分で言うのも何だが、俺は普段、実力を悟られない様、無能を装っている。そんな俺の勘が"何か"を警告している。作戦では、ここで声をあげて『バロットを殺人犯に仕立て上げる』シナリオなのだが……。
「アイツ! さっき坂のところで、商人を襲っていました!!」
「「!!!!」」
大声で叫ぶ俺に、検問に居合わせた連中の視線が俺へ、そして俺が指さすバロットへと集まる。
「誰か! 協力してください! アイツを取り押さえましょう!!」
「クソッ! 最初から、これが狙いだったのか!!?」
当初は、バロットの事は警備兵やキョーヤたちに丸投げするつもりだった。しかし、バロットが言うように、筋書き通りに動いては相手の思うつぼ。実際に俺は、ホンフェイの殺害現場に居合わせているので"共犯者"にされてしまう可能性がある。
しかし、一時的にでも捕り物に混じって移動すればどうだ? 俺を罠にかけるべく検問に配置された"誰か"は、多くても2人まで。そいつ等に『危険を察知して逃げた』と思わせる。あとは、適当なところで理由をつけて再度検問に戻ればいい。たとえ片方が残っていても、時間差が出来れば(俺をハメる論理に)辻褄が合わない部分が出てくるはず。そうなれば、詐欺師の俺が口論で負けるはずがない。
「そこのお前! 止まれ!!」
「すぐに応援が来る! もう逃げられないぞ!!」
「諦めろ、この人殺し!!」
作戦を変更して、警備兵と共にバロットを追う。基本的に警備兵は、ダンジョン内で権力を行使する事は出来ないので、このまま追跡だけして、応援に集まった冒険者ギルドの者に現場をゆだねる形になるはずだ。
*
「ふっ。兄弟、やはりお前は、裏切ると思っていたよ」
「!!?」
検問から離れ、早々にバロットが足を止めて、振り返る。
「今回の"出費"は痛かったが、兄弟、いや、トンスル。お前には…………ホンフェイ殺しの犯人として、死んでもらう」
「「…………」」
「チッ! そう言う事か」
無言で俺を取り囲む"兵士"。どうやら警備兵に金を渡していたのは、俺だけでは無かったようだ。
3対1、いや、警備兵は規則もあるので積極的に仕掛けてはこないだろう。せいぜい、逃げないように立ちはだかるだけで、剣を交えるのはバロットだけでいいはずだ。
「そこ!」
「甘いな、バロット! 所詮お前は、魔物の力を借りないと戦えない、三流止まりなんだよ!!」
「詐欺師が何を!!」
ギリギリのところでバロットの刺突を躱し、返しの一撃を叩き込む。しかし、バロットもギリギリのところで躱し、踏みとどまる。
「なぁ、ここは全てを水に流して、2人で逃げないか?」
「バカが! 今さら、殺しの件は誤解ですなんて、誰が信じるんだよ!!」
「だろうな!!」
このままダンジョンに逃げれば、そこにはキョーヤが待ち構えている。
だからと言って2人で引き返しても、死体が見つかり、2人そろって捜査され、奴隷商に消されてしまう。無事にユグドラシルを出られるのは、正当防衛という形で"犯人"を殺した者、1人だけなのだ。
「おい! 何をやっている! ここで俺が死んだら、後金は無くなるんだぞ!!?」
「「し、しかし……」」
「斬りかかる必要は無い! 足をかけるとか、出来る事はいくらでもあるだろ!!?」
「「…………」」
まずい状況だ。1対1でも勝てるか怪しい相手なのに、すこしでも兵士が加勢するとなれば、俺に勝ち目は無い。
「仕方ない。少しだけ……」
「おいおい、決闘に水を差すのは野暮なんじゃないか?」
「「!!??」」
その声は、驚くほど近くから、突然響いた。
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