#126 逃走②
「手形は…………本物のようだな」
「流石はホンフェイ。恩にきる」
「まぁ、後金だって貰わなくちゃだしね」
早朝、私たちは商人のフリをして1Fに向かう。私は馭者として、2人は姿を見られないよう積み荷に身を潜める。
「それで
「今さらね。まぁ、キョーヤは(勇者)仲間の死には興味ないようだし…………なにより、村に関わっていた事は感づかれていない様だから。これで逃げたら、逆に不自然じゃない?」
確かに私はカースマルツの一員で、勇者も1人殺している。キョーヤも、その可能性があることは理解しているだろう。しかし、肝心の『村に関わっていた証拠がない』限りは安全だ。
いや、確実では無いが、逃走は今である必要は無い。まずはバロットとトンスルに死んでもらう。その後は、キョーヤの反応次第。今回は敵対してしまったが、アイツ自身に過剰な正義感はなく、『裏のトッププレイヤー』として今後も活躍が期待できる。上手くいけば、新たな金づるになってくれるかもしれないのだ。
「そろそろ、良いんじゃないか?」
「そうね。じゃあ、そこの"退避所"に入るわよ」
階層を繋ぐ道は2つの選択肢がある。1つは有料の昇降機で、もう1つは無料の坂道だ。毎日通っている商会は、昇降機の利用権を期間購入しているので、早朝は逆に坂道の方が空いていたりする。
そして坂道には、すれ違いや馬を休ませるのに使う退避所が幾つもある。私はソコに馬車を止め、2人を降ろす。
「じゃあ、世話になったな」
「はいはい。人が来る前に……」
「ところでホンフェイ」
「ん?」
周囲を確認している私の背中に、バロットが語り掛ける。
「お前、なんで肛門に"会っていない"って、嘘をついたんだ?」
「はっ? 何の事よ。私は…………!!」
背中に、冷たくて固いものが入ってくる。
「肛門がホテルに入っていくところを見たヤツが居たんだよ。わざわざ"他の店"の娼婦を連れ込んで擬装しても、俺の目は誤魔化せないぜ」
「あ、あんた、たち……」
私の背中から、熱いものが流れ落ちる。
「おまえ、俺たちの事をキョーヤに売ったんだろ?」
「まぁ、事実はどうあれ、お前が死ねば後金は払わなくて済む。俺たちから見れば、得しかないんだよ」
「なる、ほど、、ね……」
「「??」」
キョーヤは、最初から私を見逃すつもりは無かったのだ。だから、わざと目立つ振る舞いをしてホテルにやってきた。酒場を情報源にしているバロットもそうだが、多分、トンスルにもさり気なく私を怪しむ情報を流していたのだろう。
そして2人は、最後の最後で、用済みになった私を切り捨てた。
限りなく怪しくても、証拠が無かった私だが…………仲間内で勝手に殺し合って死ぬ分には何の問題も無いし、カースマルツに睨まれる心配も無い。あとは、証拠が揃って組織からも切り捨てられた2人を、堂々と殺せば(ユグドラシルでの)復讐は完了となるわけだ。
*
「こんなもんか」
「まったく、手間取らせやがって」
素早くホンフェイの死体を魔法で埋める。馬車が残っているのは不自然だが、商人が搬入時間まで時間を潰すのは、よくある事。即座に問題になる事は無いだろう。
「さぁ、さっさとオサラバしようぜ。手形は本物なんだ。恐れる事は無い!」
「おまえ、何を言っているんだ?」
「はぁ、何ってなんだよ?」
質問の意図を理解していない様子のトンスル。
念のためホンフェイは殺したが、本当にホンフェイが裏切者なら、ここからが俺たちをハメる作戦の本番であり、シナリオ通りに行動するのは間違いだ。
「時間をずらす。これが肛門の策略なら、出口でも何かあるはずだ」
「なんだ、警備兵を抱き込んでいるって考えているのか? それは無いだろ? まぁ残りたいって言うのなら止はしないけど…………俺は、先に行かせてもらうぜ」
そう言って1人坂を下っていくトンスル。この調子なら、本当に1人で外に出ようとしそうな勢いだ。
確かに、警備兵が協力しているなら、俺たちの動きを把握する方法はいくらでもある。その上で、わざわざ手形まで用意するのは、手が込み過ぎている。
それこそ、ホンフェイが本当に裏切っているなら、人目の多い出口に着くまで待たずに、
「…………」
ふっ。俺としたことが、焦って冷静な判断が出来なくなっていた。そうだ。トンスルが勝手に行くと言うのなら、俺はソレを離れたところから観察すればいい。
それで普通にトンスルが検問を通れば、俺もソレを追う。通れなければ、引き返す。それだけの話なのだ。いったい、何のためにトンスルを今まで生かしておいたのか。うっかり忘れるところだった。
こうして俺は、冷静さを取り戻し、トンスルの行動を注視する。
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