#124 ホンフェイ

「だから、なんで女連れなのよ!!?」

「いや、ホテルは男1人で入るものじゃないだろ?」

「そういう問題じゃ!」


 怒りを露わにしているのは、娼婦のホンフェイ。


「それに、俺が1人で入った事をバロットに知られたら、不味いんじゃないのか?」

「そ、それは……」


 何を隠そう、彼女が『バロットを差し出す』と手紙をよこした差出人であり…………バカを殺した美人局だと思われる人物だ。


「あの、私、帰った方が……」

「あぁ、今帰ると消されちゃうかもだから、一緒に居てね」

「け、消さないわよ!」

「どうだか……」


 俺は、『落とし前』の件で交渉するため、人目を気にせず密会できる(ラブ)ホテルに呼び出された。まぁ、俺も殺される可能性もあったが、だからと言って虎穴に入らずに解決できる問題で無いのも事実。


 因みに、ユノさんを巻き込んだのは、別の意図があっての事であって…………けっして、下心ありきで誘った訳ではない。多少、ノリノリでやっている様に見えたかもしれないが、すべて演技だ。


「丸腰なのは、見てわかるでしょ? 体術でも、貴方に勝てるなんて思っていないし」

「別に、凶器は常に携帯しておく必要は無いし、武術は本来、非力な者が強者を御するためにある」

「それは、そうだけど……」


 ホンフェイは、一言で言えば『南国の踊り子』だ。褐色の肌に、豊満な胸。衣服は、零れんばかりに際どいビキニを、透ける衣で包んでいる。確かに、これなら凶器を隠すのは難しいだろうが…………その肉体は、細身ながら引き締まっており、なにより手が剣を握る者の形になっている。


 推測するに、"ソードダンサー"と呼ばれる特殊職だろう。これは剣士の中でも暗殺者よりで、(本来は二刀流だが)油断していると髪飾りや、その辺の装飾品も凶器にしてしまう。


「それで、バロットの件だが……」

「私が言うのも何だけど、ユノそのこに聞かれちゃってもイイの?」

「わ、私は、何も聞きません! やっぱり、危ない手紙だったんですね」


 そう言ってベッドに飛び込み、耳を塞ぐユノさん。


「俺は気にしない。それに……」

「「??」」

「"ただの"目撃者になる方が、よほど危険だろ? 彼女の身柄は、この"俺"が保証する」

「「…………」」


 もちろん、相手が本気になれば戦闘力皆無のユノさんを殺すのは簡単だ。それこそ、事が終われば"念のため"(手紙の内容を知られているかもしれない)殺されかねないほどに。しかし、こうして庇護下に加えてしまえば、殺すにも殺せない。それこそ、俺と全面戦争をする覚悟が無い限りは。


「分かったわ。それで、貴方は何が望みなの? あぁ、それと、最初にもちょっと言ったけど、私は組織とは無関係だからね。あくまで、商売として"やり取り"があるだけ」


 本人談ではあるがホンフェイは、カースマルツに所属している訳では無いそうだ。情報屋と同じように、必要に応じて情報や仲介をする。まさに今のコレが、その仕事となる。


「まぁ、そう言う事にしておいてやる。それで…………把握している(クッコロ)村の襲撃に参加したメンバーのうち、ユグドラシルに来たのは2人。バロットとトンスルだ」

「なんだ、そこまで把握してるんだ」


 実はもう1人、構成員に心当たりがあるのだが、それはあえて言わない。


「それでキミには、その2人を暗殺してもらいたい」

「それは……。でも、アイツラは仇なんでしょ? 自分の手で、殺さなくてもイイの??」


 渋るホンフェイ。それも当然で、秘かに2人を殺せば、それは完全に"裏切者"であり、他の(クッコロ村に関わっていない)構成員に命を狙われる可能性がある。そして当然、失敗しようものなら2人にも命を狙われてしまう。『バロットは呼び出すから、あとは自力で何とかしてよね』って作戦に比べると、格段にリスクが高くなる。


 本来ホンフェイは、バロットに協力しないで、問題解決をカースマルツ(奴隷商)に委ねればよかったのだ。そうすれば、カースマルツを巻き込む形で事を大きくせずに済んだ。あくまで、『バロットと言う悪党が、殺し屋をやっていた』と言うだけの事件に納まったはずなのだ。


「俺は当事者では無いからな。事件が解決するなら、手を汚さずに済むにこしたことは無い。もちろん料金は払うし、すでに警備隊や冒険者ギルドには、2人の行動をマークしてもらっているから、そこまで難しくは無いはずだ。」

「ヒュ~。流石は貴族のお気に入りね。でも1つ肝心な事を忘れていない?」

「なんだ?」

「私には、そこまでする義理が無いのよ。私はバロットに、"後始末"を依頼されただけ。けれど、ゲートキーパーを倒した勇者が相手じゃ、報酬が全然見合わないじゃない? だから、バロットじゃなくて、貴方に協力しただけ」


 もっともな言い分だ。いや、少なくとも連続殺人に関しては思いっきり容疑者なのだが…………証拠は無いのでシラを切るつもりなのだろう。


「 ……分かった。それなら"誘導"だけでいい」

「あら案外、話が分かるじゃない」

「ただし、協力するフリをして2人を逃がされても困る。"手形"(転属受諾書)は用意するから、2人を指定した時間に(ユグドラシルの出口へ)案内してくれ」



 作戦はこうだ。

①、ホンフェイが『手形を用意した』事にして、2人をユグドラシルから逃がす手伝いをする。


②、しかしその手形がニセモノである事を(1F出口の)警備兵が看破してしまう。キャンプ地に戻る事も出来ない2人は、警備兵から逃れる形で1Fの外周を目指す。


③、待ち構えていた俺が、2人を殺す。



「その作戦だと、私も追われちゃうんじゃない?」

「付き添うのは、途中まで充分だろ?」

「それもそうね」

「それじゃあ、コレ」

「え?」


 そう言って2通の手形を手渡す。そこには、冒険者ギルドが『近隣の村に所属を移す』事を承認する旨が書かれている。


「いちいち会って調整するのも面倒だろ? 何より、時間をかけると作戦を2人に感づかれる可能性がある」

「用意周到。商才も、その慧眼あってのものなのかしら?」

「どうだろうな。それで明日、俺がダンジョンに出るバロットをこれ見よがしに尾行する。そうすれば、ヤツは警戒して雲隠れするはずだ。ついでにトンスルも追い回すから……」

「そうなると、2人は私のところに逃げ込んでくるはずね」

「トンスルの交友関係から、犯人(バロット)を特定したって筋書きだ。あとは、余裕の無い2人に手形を……。……」


 仕込みは上々。あとは、どう動くか……。




 こうして俺は、イリーナとクッコロ村の仇に、王手をかける。

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