#123 兼業娼婦

「おぉ~ぃ、ユノちゃん、ご指名だよ」

「え? 私ですか??」

「こっちは大分落ち着いてきたから大丈夫。ユノちゃん、仕送りしたいんだろ? 頑張んなよ!」

「は、はい…………頑張ります」


 夕食の慌ただしさが徐々に落ち着きを取り戻す時間帯、厨房を手伝う少女がフロアに呼ばれる。





「え? キョーヤさん??」

「昨日ぶり。折角だから、遊びに来たよ」

「あ、はい。ご指名、ありがとうございまヒュ!」


 久しぶりの指名に、呂律が伴わないユノ。


 この店は、冒険者向けとしてはありきたりな、食堂と宿屋を兼業するタイプの複合店だ。そしてこのタイプの店には大抵、露出度の高い服装の店員が居る。普段彼女たちは、給仕として他の従業員と同じように働いている。しかし、客が追加料金を払う事で、様々な追加サービスを"要求"できる。


 彼の隣に座り、慣れない手つきで接客するユノ。


「あぁ、ごめん。お酒は飲めないんだ。でも、飲みたかったら、好きなものを注文してもいいよ?」

「あの、実は私も苦手で……」

「「!!」」


 バックヤードから、ユノの背中に怒りの視線が集まる。


 当然ながらユノの注文は、全て指名した彼の支払いとなる。たとえ飲めなくとも、注文さえあれば店の利益に繋がり、そこからユノの歩合にも繋がる。


「それじゃあ、注文をお願いします」

「あ、はぁ~ぃ」


 即座に他の給仕が集まる。指名などの追加サービスは、給仕の歩合に大きく貢献する。よって、指名されていない給仕も、金回の良い上客には、気に入られるようと我先にと群がる。


「とりあえず、コレと、コレ。あと…………」

「「??」」

「すべてのテーブルに、"飲み物"をサービスして貰えますか?」

「「!!!!」」


 周囲が一斉に沸き立つ。席数はそれほど多くないものの、それでも飲み物の値段や量に指定は無い。流石に何杯も頼むのはマナー違反だが、それでも『ボトル1本程度』までなら許容される。


 即座に注文が殺到し、店のお酒が高い順に無くなっていく。


「えっと、本当にいいんですか?」

「ん? 飲み物の事なら気にしなくてもいいよ。これでも俺は、五指に入るくらい稼いでいるからね」


 実は五指どころか、1・2を争うほどなのだが…………その事実を知るものは少ない。なにせ彼の収入は、組織の権利者としての役員報酬であり、はたから見れば『多分、そこそこ稼いでいる』程度にしか見えない。


「冗談だよ。でも、冒険者はレア運次第だから、今日はそのお裾分け」

「あぁ、そうなんですね。おめでとうございます」

「それで、実は俺、"追加サービス"を利用したことが無くて。できれば、仕組みとかマナーについて、教えて欲しいんだけど」

「そそそそ、それってやっぱり、"休憩"の事も、ですよね……」


 顔を赤らめながら追加サービスについて解説するユノ。


 露出の高い給仕は、俗に"兼業娼婦"と呼ばれる娼婦で、一般的な娼館(娼婦)との違いは『値段設定の融通と拒否権の有無』が挙げられる。単純に行為を求めるなら娼館を訪ねるのが確実であり、金銭効率も優れている。


 対して兼業娼婦は、ホステスよりの立ち位置であり、お酌や接待などの利用に適している。そして何より、兼業娼婦は娼館の決まりや価格設定に縛られる必要が無いので、追加サービスの価格交渉や拒否する権利がある。


 つまり、追加サービスはあくまで個人的なサービスであり、提供される行為は自由恋愛の延長なのだ。そのあたりは、お店の営業形態(娼館ではない)と税金の問題が起因している。


「なるほどね。やっぱり安いんだなぁ……」

「そうですか? ダンジョン内なので、結構"高い"部類なんですけど」

「ユノさんって、商売に向いていないって、言われるでしょ?」

「はぅうう!」


 店と言わず、ユグドラシル内で売られているモノは、大抵高めの価格設定になっている。よって、地方の物価と比べれば当然高いが…………相手が安いと思っているのに、それを店の者が否定する必要は無い。


 しかし、だからこそ彼はユノを気に入り、話に花が咲く。


「へぇ、それじゃあ、ユグドラシルには出稼ぎにきてるんだ」

「そ、そんな大そうなものじゃ。そもそも私、仕送りが出来るほど、稼げていませんし」


 娼婦としては不釣り合いな性格である、ユノの身の上話を聞く彼。


「ユグドラシルには、小型種の人たちが少ないからね」

「そうなんですよ……」

「ユノさんは、手先を活かした仕事には、就かないの?」

「ウチ(の家系)は純血では無いので…………細工師などの仕事についていけるほど器用でも無いんです。あくまで、雑用が得意なだけって感じで」

「そっか」

「正直なところ、来る場所を間違えたのは、分かっているんです。でも、引っ越した先で上手くいく保証は無いし、今なら、お皿洗いや皮むきで、食べていくだけは稼げていますから」

「引っ越しするのも、お金がかかるしね」

「そうなんですよ!」


 いくら適性があったとしても『求人がある』とは限らない。ユノはもともと、娼婦になるつもりなど無かった。しかし、生活の為、ずるずると妥協を重ね、流され、今の兼業娼婦の立場に落ち着いた。


「まぁ、行く場所に困ったら、いつでもウチに来てね。ユノさんなら、いつでも歓迎だよ」

「えっ?」


 ユノには"自信"が無い。だから、彼に気に入られている自覚は無く、今日の事は単なる"気まぐれ"だと思っていた。


「こう見えて、新工房ウチは慢性的な人手不足だからね。一芸は無くとも、真面目に働いてくれる人なら、いつでも大歓迎だよ」

「あぁ、そうですよね。大変なお仕事をしているって、聞いています」


 酒場勤めと言う事もあり、ユノは彼の活動や噂を聞いていた。横取り屋だの、肛門の破壊者だのと悪い噂も多いが…………奴隷の社会復帰や、冒険者として腕がたつ事など、良い噂も沢山あった。


「まぁ、手切れ金とかが要るって言うなら、払えるだけの財力はあるから。じっくり、考えてみて」

「はい。その…………考えさせてもらいます」

「それで、ユノさんさえ良ければ…………"個室"で、ゆっくり話の続きがしたいんだけど」

「えっ、それって、その、そう言う事ですよね? でも私、そういうサービスは……」

「大丈夫、"お話"するだけだから。酷い事はしないから、安心して」

「その、私、まだ……。……」




 彼は言葉巧みに、少女を連れ出す。

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